知ってるのも当然だろう。
ここは、私が何年も通ってる病院の個室だ。
今年から、私が入院してる部屋。
この部屋の中が、私の日常になった。
ん………
ここ……知ってる
知ってるのも当然だろう。
ここは、私が何年も通ってる病院の個室だ。
今年から、私が入院してる部屋。
この部屋の中が、私の日常になった。
うっ………!
同時に、忘れかけていた頭痛が動き始める。
意識が揺らぎそうな激痛の中で、私は必死に耐える。
ベッドの傍のボタンを強く握る。
数分経てば誰か来てくれるだろう。
頭を抱えながら、ゆっくり呼吸を落ち着かせようとする。
夢の中では痛くなかったのに……
膨張する痛みが、逆に今が現実だと教えてくれる。
所詮、夢は夢なのだ。
どうやっても、私は病気から逃げられない。
病気と向き合うことこそが、私の日常だった。
やぁ、愛理さん。気分はどう?
宇居先生?どうして……?
所用があってナースセンターにいたんだ。帰る直前に君の部屋からナースコールがあったから、来てみたんだ
宇居和隆先生。
私が初めて手術をした時からお世話になっている先生だ。
まる1日寝ていたけど、体はどう?
ダルイのと……あとは頭痛が
………まる1日?
体には何の異常もなかったし、昨日から薬を替えたから、副作用が強いからだと思ったけど。ともかく、目が覚めてよかったよ
あの先生、まる1日寝てたって……
まぁ寝てたから記憶もないよね。昨日の夜からずっと眠っていたんだよ、愛理さん
やっぱり………
何がやっぱりなんだい?
……先生、私変な夢を見たんです
私は先生に全部話した。
気づいたら知らないところにいたこと。
知らない人の家の前にいて、その人についていったこと。
私の存在が認識されていなかったこと。
全部話した。
……その現象は、前に起こったことは?
いいえ。全くありません
僕も初めて聞いた現象だ。睡眠が深すぎて夢の中で他の人の日常を疑似体験したのか?けど、話を聞いた限りだと時間は綺麗にシンクロしているようだし………
あの、先生
ああ、ごめんね。何だい?
アルバイトって大変なの?
……え?
さっき言った笛吹くんがコンビニで大変そうに働いてたんです。学生なのに。時々笑いながら真面目に働いてるところはすごいと思ったけど、やっぱり大変そうだなって
……そうだね。なにせお金を稼がないといけないから、大変でも働かないと。生活もできなくなっちゃうし
そうなんですね……
……楽しそうだね
楽しそうでしたから♪
起きたばかりだと思うけど、横になった方がいい。また頭痛がひどくなるよ
はい
起きれそうだったら朝に診察に来るよ。じゃあ、お休み
おやすみなさい
…………っ
頭痛。
それが、数年前からの私の日常。
脳に腫瘍がみつかり、通院から入院へ切り替わっても、この頭痛はずっと止まらない。
常に一定に私の頭の中を同じ力で叩くのではなく、痛みが和らいだと思った次の瞬間には強烈な痛みがやってくる。
人の睡眠のように、浅い痛みと強い痛みが交互に来る。
壊れてしまうくらい痛くて、起きるのが怖かったこともある。
けど――――
笛吹くん……か
今日の夢は特別だった。
痛みが起こらない世界で、彼の――普通の人間の――生活を感じることができて。
とっても楽しかった。
夢の中では、私は誰にも触れないし、見られないけど、それさえ差し引けば理想の日常のようだった。
どうか、またあの夢を見られますように――――
そう願いを込めて、私はもう一度目を閉じた。