電柱に備えられた外灯の光が暗い夜道を
照らし出している。


壊れかけてでもいるのだろうか。


その外灯は不規則な明滅を繰り返し、
時折完全な闇を作り出していた…



























それは、ある夏の日のことだった…










美緒

ごめん!
すっかり待たせちゃったね

放課後、校門の前でスマホを見ながら待っていた俺に、自転車を押しながら先輩が呼びかける。

先輩…一瀬美緒(いちのせ みお)先輩は俺のひとつ上の高校2年生。
放課後は町に繰り出すアクティブな帰宅部だ。

まあ、そういう俺はクラブ活動に青春を賭ける気もない無精な帰宅部な訳だが…

遙斗

ノープロブレムっすよ!

遙斗

この佐上遙斗(さがみ はると)
美緒先輩の為なら、いつまでも
待ってますから!

美緒

あはは。
佐上君っておもしろいね

そう言って明るく笑う先輩の顔に思わず見とれた。

ゲーセンでナンパをしたのが美緒先輩で、お互いに同じ学校だと知って、つきあい始めるようになった。
それが先週の週末のこと。

同じく週末の今日は遊びに行くのは最適の日…などということもないが、先輩が土日に用があるというのだから仕方ない。

美緒

今日はどこに行こうか?

遙斗

とりあえず何か食いに行く
ってのはどうっすか?

美緒

お腹空いちゃったか。
男子はそうだよね

遙斗

サーセン

美緒

いいよ。
私もお茶したかったし

遙斗

んじゃ、駅前のプリンスバーガー
っすかね

美緒

そうね

遙斗

じゃ、行きますか

美緒

ええ

遙斗

あ、自転車持ちますよ

美緒

ありがと、佐上君

先輩の手から自転車を受け取り、俺はそれを押しながら先輩と学校を後にした。












夕暮れ前の住宅街には暑いせいか、あまり人の姿はなかった。

美緒

で、その先生が面白くてね

美緒

居眠りしてる子の横に行って
「お疲れですねぇ…」なんて
言うものだから皆笑っちゃって

遙斗

うは。
マジっすか?

緩やかな坂道、先輩の自転車を押しながら俺は突っ込みを入れた。
家が学校の近所にある俺と違い、美緒先輩は自転車通学をしている。
ちなみに俺が今の学校を選んだのも家から近いからという、いい加減な理由があったからなのだが今は関係ないので割愛しておく。

美緒

それがマジなのよ!

美緒先輩は友達や先生の話を楽しそうに話す。
初めて会った時からそうだったが、本当に楽しそうに話す人だ。

遙斗

やべー。
俺も寝てる時あるから
気をつけないと

美緒

ダメよ。
ちゃんと勉強しないと

遙斗

美緒先輩、意外と
真面目なんっすね

美緒

だって授業料がもったいないでしょ?
せっかく高いお金払ってるんだから

遙斗

そっちか!?

美緒

あはは

美緒

あら?

笑っていた先輩がふと前を見た。

美緒

あれって、うちの学校の制服よね?

遙斗

えっ?

先輩の指さす方を見てみると、ヤケに古い感じのする洋館みたいな建物の前にいる二人組が見えた。

黒っぽい服を着たパツキンの長髪と、うちの学校の制服を着た男子生徒。
もしや、DQNな方々かと注意しながら近づいてみると、それが間違っていたことがわかった。











フェリス

……

……

俺達が見ていることに気づいたのか、2人組がこっちを見る。

遙斗

何だ外人か…

何でこんな所に外人が…と思わないでもなかったが、よく見てみれば建物にはでっかい十字架がついているし、どうやらここは教会らしい。
そう思って見てみれば外人の着てる服が神父だか牧師だかが着る服だとわかる。

佐上…

遙斗

へ…?

妙な感心なんかしていると男子生徒の方が俺の名前を呼んだ。

遙斗

あっと…

その時になって、ようやく気づく。
こいつは確か俺のクラスにいた奴だったはず。
名前は確か…

遙斗

加賀…だっけ?

久我だ。
久我 光(くが ひかり)

もう3ヶ月以上経つのに
クラスメイトの名前も
覚えてないのか?

美緒

ちょ…
佐上君ってば

遙斗

自慢じゃねーけど覚えてるのは
女子の名前だけっすよ!

力いっぱい言うことか?

遙斗

やかましい

本当のことを言うと、こいつのことは顔だけはしっかり覚えていたりする。
高校の入学式の時、どストライクのタイプの子が同じクラスにいると思って、早速声をかけに近づいてみた時、その子が男子の制服を着ていたりしたからだ。
女子並みの背の低さと、その女顔は卑怯だろ…とは思ったが勘違いした俺も悪い。
ゆえに、その記憶を脳内削除していた訳なのだが…

今から先輩とデートだというのに幸先が悪い。

フェリス

お友達でしたら中に入って
いただいては如何ですか、光?

フェリス…

俺達が言い合っているのを見て外人が声をかけてきた。
お互いに名前で呼んでるとなると神父と信者ってよりは知り合いなのかもしれない。
にしても、外人の神父といえばカタカナを話すような感じの片言の日本語を使うというイメージだったが、意外にも流暢な上に丁寧な日本語だった。

友達じゃねぇし。
ただのクラスメイトってだけで…

遙斗

そうそう。
気遣い無用っすよ。
マジでクラス同じだけなんで

なんて、とっさに言ったのは今から美緒先輩とのデートの時間だからだ。
下手に教会なんて入って、ありがたい話のひとつでもされたりしたら無駄な時間を食ってしまう。

美緒

もう。
佐上君ってば…

美緒

すみません、神父様。
これから予定があるものですから

フェリス

でしたらまたお時間のある時にでも教会にいらして下さい。
お茶くらいでしたらお出し致しますので

美緒

はい。
ありがとうございます

先輩、気のせいか嬉しそうじゃないか?

まあ外人な上にイケメンで言葉遣いも丁寧ときたら、女子がそういう反応になるのは無理なからぬことなのかもしれないが…

遙斗

外人てだけで2割り増しだよな。
ずりぃよなぁ…

遙斗

………

遙斗

そういえば、久我。
お前、教会なんか通ってんの?

なんかって何だよ?
うちは代々クリスチャンだぞ

遙斗

そんな風には見えねーな

美緒

佐上君、失礼よ

美緒

それに、うちの学校
ミッション系だから
クリスチャンの子は
珍しくないわよ?

遙斗

あれ?
そうでしたっけ

美緒

そうですよ。
学校の名前にも”聖”が
ついてるでしょ?

遙斗

言われてみれば、
そうだったような…

美緒

クラスメイトだけじゃなくて
学校の名前も覚えてなかったか…

遙斗

ノープロブレムっすよ!

美緒

あははは

何でもいいけど用がないなら
行ったらどうだ?

遙斗

はいはい。
物覚えの悪いクラスメイトは
失礼しますですよ

美緒

お騒がせしました、神父様

適当に手を振って立ち去ろうとすると美緒先輩が律儀に、そう言って頭を下げた。

フェリス

いえいえ

ヤケに丁寧な言葉遣いの神父とクラスメイトに見送られ、俺と先輩は教会を後にした。
















それから、しばらく先輩が友達の話など話すのを聞きながら歩いた。

駅の近くなってくると、流石に人通りも多くなる。
同じ学校の奴らもチラホラと見かけた。

美緒

それにしても、さっきの神父様
ちょっと格好良かったわね

友達の話が終わった所で、ふと思い出すように美緒先輩が言った。

遙斗

そうすか?

てか、あの外人の神父と話をしてる時に先輩が嬉しそうだったのって、やっぱり気になってたからなのか。

付き合ってまだ数日つっても他の男の話題とか、軽く凹むぞ…

遙斗

……

美緒

……

美緒

佐上君

遙斗

何すか?

美緒

もしかして妬いてる?

遙斗

はっ!?
何すか、唐突に?

遙斗

てか俺、顔に出てた?

美緒

大丈夫よ。
神父様は女の人と、おつきあい
できないんだから

遙斗

へ?

美緒

神父様って結婚しちゃダメなのよ。
だから、女の人ともおつきあい
できないの

遙斗

けど、結婚してる人いますよね?

美緒

それは牧師様

遙斗

どう違うんすか?

美緒

宗派が違うのよ。
だから決まり事も違うのね

美緒

あの教会はカトリックだから神父様

遙斗

マジそうなら拷問じゃないっすか?

遙斗

女の子とおつきあいできなくて、
何が楽しくて生きてんだ?
…みたいな

美緒

大げね、佐上君ってば

遙斗

いや、マジっすよ

美緒

あははは

美緒

あ、もうお店に着くわよ

遙斗

本当だ

遙斗

俺、自転車置いてくるんで、
先輩は先に店入ってて下さい

美緒

ええ。
ありがとう

美緒先輩の返事を聞き、俺は押していた自転車を停めるべく店の前の自転車置き場へと向かった。















美緒

すっかり遅くなっちゃったね

遙斗

そうっすね

住宅街の薄暗い道を俺は美緒先輩と一緒に先輩の自転車を押しながら歩いていた。
日は完全に暮れ、所々に立った外灯の光が暗い夜道を照らし出している。

美緒

それにしても、いっぱい遊んだね

美緒

プリンスバーガー食べて、
店でお買い物して、
ゲームセンター行って、
それにお茶して…

遙斗

ファミレスで飯も食いました。
いや、マジ遊んだ遊んだ

美緒

うん。
疲れるまで遊んだのは久しぶり

美緒

でも楽しかったなぁ…

遙斗

俺もマジで楽しかったっす

そんなことを言って笑い合う。
本当は晩飯までには帰ろうかという話もしたのだが、先輩のお母さんの帰りが遅くなるということで外で夕食を済ませた。
どうせ、うちも両親共に出張でいないし、一人きりの味気ない食事をするよりずっといい。
いや、むしろ先輩と一緒に晩飯まで食えるなんてラッキー過ぎるくらいにラッキーだ。

美緒

佐上君のお家って、こっちの方
じゃないんでしょ?

美緒

私は慣れてるから大丈夫だったのに…

遙斗

いやいや、
それはないっすよ

遙斗

ちゃんと先輩を家に送り
届けるまでが遠足っす

美緒

遠足だったんだ…

遙斗

まあ、家もそんなに離れてる訳
じゃないんで送るくらいさせて
下さいよ

美緒

ありがと。
そう言ってもらえるのって
何だか嬉しいわね

遙斗

いやー、照れますなぁ

笑顔で言った先輩の方を見た時、不意に辺りが暗くなった。

遙斗

ん?











電柱に備えられた外灯の光が暗い夜道を
照らし出している。


壊れかけてでもいるのだろうか。


その外灯は不規則な明滅を繰り返し、
時折完全な闇を作り出していた…













遙斗

電球切れかけてんのか?

下から見上げてみると、外灯はチカチカと点滅し急に消えてはしばらくして、また点くということを繰り返していた。

美緒

この外灯…

立ち止まって外灯を見ていると美緒先輩が小さな声で呟く。

美緒

何だか気味が悪いのよね

遙斗

前から、こうなんすか?

美緒

ええ

美緒

たまに帰りが遅くなる時があるんだけど
しばらく前から消えたり点いたりしているの

美緒

何だか気持ち悪いでしょ?

遙斗

まあ、あんまり気持ちのいい
もんじゃないっすね

美緒

前に友達から聞いた話なんだけどね…

囁くように言った先輩が、そっと俺に近づいた。

美緒

明滅している外灯の下を
通ってはならない。

美緒

消えたり点いたりしている光が
消えた時、そこは別の世界へと
通じているから…

遙斗

怪談っすか?

美緒

光が消えて完全な闇となった時、
その下を通ってはならない

美緒

その闇を通った者は別の世界へと
足を踏み入れ、二度と戻って来る
ことはないだろう…

遙斗

先輩…?

相変わらずの笑顔ではあったが、低い声で語る美緒先輩に不穏なものを感じて呼びかけた時…

美緒

怖かった?

遙斗

は?

遙斗

えと…

美緒

友達から聞いた話よ。
何かの都市伝説か怪談だったかな

遙斗

何だ、そうだったんすか。
急にマジで語り出すから
何かと思いました

美緒

あは。
ごめんなさい

美緒

やっぱり男子は怖がらないね

遙斗

そりゃまあ…

もしかして俺が怖がると思って言ったとか?

しまった。
ここは「怖いっ!」とか言っておく場面だったか。

美緒

私も話を聞いた時は何とも思って
なかったんだけど、こんな風に
点滅してる外灯を見ると思い出して
しまうのよね

美緒

怖いって程でもないのだけど
何か気味が悪い…なんてね

あれ…?
もしかして先輩、怖くないとか言ってるけど怖がってたりする?

それって可愛すぎるだろ。

遙斗

あの、先輩…

美緒

何、佐上君?

遙斗

もし良かったら、先輩の帰りが
遅くなる日は今日みたいに俺が
送りますよ

美緒

え?

遙斗

俺の親、いつも仕事で残業だ
出張だって家にいないし、
先輩さえ良ければいつでも
駆けつけますよ

半分以上本気で言った俺に先輩は優しい笑顔で笑った。

美緒

ありがとう、佐上君

美緒

でも、それじゃ佐上君に悪いわ

遙斗

ちっとも悪くなんかないっすよ。
どうせ暇してるし

美緒

別に怖い訳ではないのよ

美緒

それに優花(ゆうか)達と一緒で
遅くなる時もあるから、いつも佐上君を
呼ぶのは無理だし

美緒

あ、優花って同じクラスの子ね

遙斗

ああ、はい

たぶん気を遣って優しく断ってくれたんだろう。
つい先輩が可愛くて無茶を言ってしまった。
それに俺だって、いつでも駆けつけるは無理だ。
せめて空いてる時は…くらいだろう。

美緒

ごめんね。
変なこと言ちゃって

美緒

行こうか?

遙斗

そうっすね

ここは先輩の優しさに乗っておくことにして、俺は自転車を押すと、点いたり消えたりしている外灯の下を歩き出した。

もちろん消えている時に通ったからといって何か起こるようなことはなかった。














美緒

ありがとう、佐上君

美緒先輩を家まで送り、自転車を返した所で先輩が俺にそう言った。

美緒

今日は楽しかったわ

遙斗

俺もスゲー楽しかったっす!

美緒

それじゃ、また月曜日に学校で
会いましょうね

遙斗

はい

遙斗

また校門の所でお待ちしてます!

美緒

うふふ

俺に微笑んで先輩は家に入って行った。

遙斗

さて、俺も帰るとするか…

先輩が家に入り玄関の扉が閉まるのを見届け、俺は先輩の家に背を向けた。














電柱に備えられた外灯の光が暗い夜道を
照らし出している。


壊れかけてでもいるのだろうか。


その外灯は不規則な明滅を繰り返し、
時折完全な闇を作り出していた…













何か夢を見ていたような気がする…
ベッドに横になったまま、ぼんやりと考える。

確か、あれは美緒先輩の家の近くで見た壊れかけた街灯だった。

それにしては妙にリアルな夢だった。
電球が点滅する時の低い音、点滅する度に明るくなったり暗くなったりする際の嫌な感じもはっきりと覚えている。
先輩が気持ち悪いと言っていたから、うっかり気になってしまっていたのかもしれない。

まあ、そんなことはどうでもいい。
今日は散々歩いたし、しっかり眠ることにする。

そう考えて俺は、もう一度目を閉じた。













その時の俺はただ眠くて、その不気味な夢が何を意味するのかに全く気がついてはいなかった…



それは、ある夏の日のこと

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