あら?どうかしたの?

はっとして少女の方へ振り返る。
少女はティーカップを弄りながら、まるで何もなかったかのようで
まるで私がおかしいのかと思ってしまう。

ふふ、お客さんったら。いくらお茶も時間も余る程あるからって・・・
あまり私を焦らさないで頂戴!

あぁ、そうだ。これは夢だ。そう胸の中で繰り返し落ち着きを取り戻す。
少女に気づかれない様に息を吐き出して、ティーカップを手に取る。
少女は満足そうに微笑むと語りだした。

あぁ、どうしよう、どうしよう?!

竜宮に住む幼い人魚の泡沫は臆病で小心者でした。
しかし、大勢いる人魚の中で好奇心は人一倍・・・いえ、魚一倍旺盛でした。
他の人魚の姉妹は、人を惑わす歌を練習したり誘惑するため魅力ある所作を学んだりしてましたが、歌あ方は人になんてちっとも興味ありませんでした。
彼女は地上の景色に魅せられていたのです。
たまたま人間の落とした写真集を読んでから彼女は地上に行ってみたくて仕方ない、ふやけて滲んでもう本だったか分からないものを抱きしめ悩みます。
・・・彼女は地上に行く方法を手に入れていたのでした。

叔母様が私のために用意してくれた薬・・・
空気が吸えて、ヒレが足になって・・・そしてみんなに会えなくなる・・・

泡沫はめに涙を溜めます。
あぁ地上に行けるけど、大好きなみんなに会えなくなるなんて!
瞬きとともに涙は泡になって水面に向かって登って行きます。
きらきらと輝く水面を見て、泡沫はひらめきました。

そうよ、毎日海に行けばいいの。お姉様は毎日必ず人間を誘惑するために波打ち際の岩に来るから、私が会いに行けばお話できる!

泡沫は喜びました。これで全て解決!
叔母様は昔人間に捕まってしまい、ボロボロになるまで傷つけられて海へ返されました。
傷だらけで声もかすれた叔母様は一人暮らすようになって、ほかの人魚と関わりを断ちましたが、泡沫だけは可愛がっていました。
叔母様には会えなくなるかも、と少し寂しくなりましたが、叔母様が地上に行くチャンスをくださったのだから、もう迷う必要はありません。
泡沫は小瓶を開け決断しました。
一気に小瓶の中身を飲み干し、波打ち際へ向かいます。
しかし、何かおかしいのです。

おかしいわ・・・ちっとも上手く泳げない・・・

上手くヒレが動きません。
どんどん動かなくなる上にじくじくと鈍く痛んできます。
薬のせいかな?と思っていると遠くから声が聞こえてきました。

泡沫、アタシのためによく騙されてくれたね!

声が出ない?!それに今のは私の声?!

アタシよ、貴女の大好きな叔母さんの

叔母様・・・?どうして?騙され・・・嘘でしょ?嘘と言って叔母様!!

哀れな泡沫はどんなに叫ぼうとしても、その喉からは泡しか出ません。
腕もヒレもどんどん泡になって、骨が変形していっているのか腰から下がズキズキ痛みます。
泡沫は口を懸命に動かして叔母に訴えますが、叔母には何も届きません。
だって声が出ませんから。

あぁ、可哀想に。もう何も聞こえないわ、泡沫。
あの薬はね、貴女の声とヒレを奪うための薬だったのよ。
だからアタシは貴女の声で話しているの。今アタシが泳げているのは貴女のおかげよ。

嘘、嘘嘘嘘!!
どうして、なんで、なんで・・・
どうして!?!?

ごめんね、泡沫・・・
あぁ・・・これでアタシは人間に復讐できる。
もうアタシも貴方も人魚じゃない、居場所はない。
泡沫、貴方が望んだものじゃないけど、今まで行けなかった所へ行けるわ。見たことないものも見れるはずよ。
アタシはすぐに死んじゃうから、貴方を一人にさせちゃうわね・・・ごめんね、さよなら泡沫。

死ぬ・・・?叔母様待って!ちゃんと聞かせてよ!あぁ声が出ない!泳げない!待って!どうして!どうして!!!!

泡沫は泡になりつつある腕を伸ばしました。
魔女はもういません。
胸を焦がすほどに眩しい水面はどんどん遠のきます。
そして泡沫は飲み込まれるかのように深海へ沈んでいきました。

やがて竜宮のそばで、色鮮やかなヒレの不気味な魚が見られるようになりました。
魚は寂しそうに竜宮を見つめて、しばらくすると深海へ潜っていきました。
その魚はしばしば竜宮と深海を行き来していて、そのヌラヌラと輝く魚を海に住まうもの、そして人はこう呼んだのです。
そう、もう人魚でなくなった彼女を、哀れな人魚を・・・別の名で呼んだのです!

竜宮の目印。リュウグウノツカイという名前で。

どこかで声にならない慟哭が上がった気がしたが、潮風が強く吹きそれを隠そうとした。

私は!違う!なんで!どうして!!!!

あら、やだ生臭いわね。

シアンが手で空を扇ぐとティーポットの湯気が大きく膨らむ。
周りが白く煙り、しばらくすると潮の香りが消えて湯気が落ち着く頃にはそこはもう崖も海もない。
毒々しい不気味な森だった。

あら、お話の前にお茶を淹れ直さなきゃ

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