病院で聞いた水音

中学生ぐらいの時、病院に入院していたことがあります。

私が入っていたのは小児病棟で、大人が入っている病棟とも違い、それほど広くはない空間に子供ばかりで軟禁されるような感じでした(売店にも行けません)。

病を治すためとはいえ、異様な環境だったように思います。



一ヶ月ぐらい入っていて、来週退院ということになりました。

佳純

わ~い。ようやく普通の生活に戻れる~

そう喜んだ覚えがあります。



けれど、それからすぐ……。

佳純

ん?

消灯時間も過ぎ、夜中の2時に目が覚めました。

4人部屋に2人で、私は窓側のベッドにいて、もう一人はその対角の廊下側で寝ています。以前はもう一人、窓際に女の子がいたのですが、その子が退院したので、そういう配置になりました。

もう一人の子はすやすや寝ていました。
私の方がお姉さんだったので、起こしてはいけないと思い、ベッドの頭側にある個人用の電気をつけるのをためらいました。

佳純

なんだろう。
まったく眠れない……

眠気が完全になくなっていました。
目がぱっちりと冴えてしまっています。

部屋は暗く、廊下はナースステーションの明かりがこちらまで漏れてくる程度で、それほど明るくありません。

窓はカーテンが閉まっていました。

すると……

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

という、水がしたたり落ちるどころの話ではない水音が、窓の外から聞こえてきました。

佳純

いったいどんな大雨が降ってきたんだ?

という勢いの音です。
まさに、バケツをひっくり返したという表現が似合います。

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

それが全体に降ってくるのではなく、窓の外にある屋根だけで壁のない通路を移動しています。

屋根に水が当たっているようにも聞こえました。

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

ボタボタボタボタボタボタ

水のしたたる音が、こちらから向こうに移動しているのがわかります。

佳純

雨の音じゃないよね?

屋根に当たる水音にも聞こえますが、そんな音量ではありませんでした。
雨が降っていたとしても、いつもならもっとおとなしく降っています。

雨なら移動はしません。
ホースで水をまく感じだったとしても、時間が夜中の2時です。

それに、ホースでまくようなまとまった水ではなく、「ぽたぽた」と同じ種類の音のように思いました。

粒が大音量で大量に降っている感じです。




生きた心地がしませんでした。

もちろん、カーテンを開けるなどということは考えもしません。

佳純

病室にいられない……

そう思い、廊下に出ました。


廊下も真っ暗でしたが、ナースステーションだけは明かりが灯っていました。

佳純

ほっ……

とした気持ちで、そちらに行きます。

佳純

あの……

あら……

私が苦手な怖い看護婦さんでした。
ここの看護婦さんには、とってもよく怒られていました。

佳純

雨……、降ってますか?

今日は降ってないわよ

佳純

いま、降ってませんか?

降ってないと思うけど

こちらではその音は聞こえてきません。
看護婦さんは、普通の顔をしていました。

佳純

今、私、とっても奇妙な質問をしているよね。ねえ、お願い。それで気づいて

佳純

とっても怖い体験をしてきたんですけど……

と、念じましたが、苦手な看護婦さんと、意思疎通はできませんでした。



いつも怒る怖い看護婦さんでしたが、それでも生きている人間と話すことができて、少し落ち着きました。
いつもなら

早く寝なさい

と言われることがわかっていたので、言われる前に部屋に戻りました。

佳純

音、しなくなってる……

特に変わったことはないように思えました。

急いでベッドに戻り、眠くなかったので個人用の電気を点け、1時間くらい本を読んで寝ました。

次の日、窓の外を見ましたが、水の跡はどこにもありませんでした。
コンクリートの地面はカラッと乾いていました。

古株の小児病棟の主のような男の子にその話をしました。
すると、

この病院、出るぞ

と言いました。

そこの倉庫、あるだろ


ナースセンターの隣の部屋です。

あの部屋から水音がしてさ、みんなでその音を止めようと、水源を探したんだよ

ぴちゃ~ん。ぴちゃ~ん
っていう音。

佳純

私が聞いたのは、そんなかわいいもんじゃなくて、ボタボタボタボタボタボタボタボタだったよ


主くんは私の話には興味がないようで、話を続けました。

水道もあったんだけど、蛇口から水は垂れてなかったんだよ。そこ、きっちり閉めたし。

それで、どこにも水が垂れていないことを確認して電気を消すと、またぴちゃ~ん、ぴちゃ~んって聞こえてくるんだ

佳純

…………

今、思うと、その部屋は物置にするには不自然な場所でした。物置に水道があるのもおかしい気がします。

所狭しと医療品が積まれていましたが、そこは元々病室だったのではないでしょうか。

ナースステーションの横は、重病患者を入れると聞きます。

佳純

この話と、私の聞いたボタボタいう水音、関係あるのかな?


よくわかりませんでした。

水音を聞いたのはその一回ですが、夜中の2時には必ず目が覚め、それが退院まで続きました。



その病院は、戦時中、軍が使用していたそうです。
現在は病院から診療所になり、入院患者はいなくなったと聞いています。

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