普通科、スポーツ科、芸術科、芸能科、工学科など。
あらゆる分野の学科を網羅した巨大総合学園「私立高天原学園」。

その広大な学園の敷地の外れに、一軒の洋館がぽつんと建っていた。
かつてはこの学園の創始者が住んでいたこの洋館は、現在は学園所有の寮として利用されていた。
その寮の名を「総天寮」という。

この総天寮は、理事長自らが全国から集めた、いわゆる「天才」と呼ばれる子供たちが住んでいて、学園の生徒たちからは「天才寮」と呼ばれていたりする。

そんな天才寮の管理を一人で任されているのが、この寮の寮母を勤める一人の女性だった。

ミミ

ふふ~~ん♪
美味しくでっきるっかな~♪

自分以外誰もいないキッチンで、上機嫌に鼻歌を歌いながら鍋をかき回すこの女性こそが、この天才寮の寮母を勤める女性、有栖川ミミだ。

彼女の朝は早い。
何せ、寮に住む子供たちの朝食を準備したり、洗濯をしたり、場合によっては昼食用の弁当を拵え、夢の中を彷徨う寮生たちをたたき起こさねばならないのだ。
朝からやることが目白押しである。

ミミ

うん!
今日の味噌汁もばっちりです!

味見用の小皿に注がれた味噌汁を一舐めして味を確かめたミミは、その出来栄えに満足そうに頷いた。
と、そのときだった。
がちゃり、と玄関の扉が開かれ、一人の少女が寮に立ち込めるいい匂いに誘われるようにリビングに姿を現した。

カエデ

たっだいま~~!
は~、お腹すいた!

ミミ

あら、カエデさん!
おはようございます
今日も朝からランニングですか?

カエデ

ああ、その通りだよミミさん!
朝一で汗を流してからミミさん特製の飯を食う!
これがあたしの日課だからな!

ミミから渡されたタオルで汗を拭きながら快活に笑うこの少女の名は橘カエデ。
身体能力が高く、スポーツと名のつくあらゆる競技においては他の追随を許さないほどの才覚を持つスポーツの天才である。

カエデ

それでミミさん
今日の朝飯は?

ミミ

今日はほうれん草のおひたしと豆腐のお味噌汁、それに鮭の塩焼きです

カエデ

和食かぁ……
和食もいいなぁ……

口の中に広がる味を想像したのだろう、思わず涎を溢れさせたカエデが早く食わせろと視線で訴えるのを、首を振って嗜める。

ミミ

その前にカエデさん……
まずはシャワーで汗を流してきてくださいね?
せっかく可愛い女の子なんですから身だしなみは気をつけないと……

カエデ

うぐっ……
分かったよ……
はぁ……

ため息をつきながらも素直に風呂場へと向かっていくカエデを見送って、ミミが再び料理に取り掛かっていると、今度は二人の少年少女がリビングに入ってきた。

アツシ

ほら姉さん……
ちゃんと歩いてよ……

サラ

無理……
眠い……

入ってきたのは、学園の芸術科に通い、美術方面においては抜群のセンスをもつ天才少女の姉のサラと、芸能科に籍を置き、その声で天才的な声優としても活躍する弟のアツシだった。

ミミ

あら、お二人とも……
おはようございます♪
いつも二人は仲良しさんですね♪

アツシ

おは……ようございます……

サラ

おはよ……Zzz……

天才声優として活躍し、しっかりした性格ながらもコミュニケーション能力に欠けた弟と、美術的センスは抜群でコンクールでは入賞当たり前の腕を持ちながらも、いつも眠そうにしている姉の仲睦まじさに頬を緩めながら、出来上がった料理をさらに盛りつける。
その直後だった。

耳を劈くような爆発音が響き、ついで階段の上からもくもくと立ち込める煙を掻き分けるように、残りの住人が姿を現した。

ヒロ

むぅ……
流石に目覚ましの仕掛けにニトログリセリンを使ったのは失敗だったな……

ミズキ

だから素直に私の言うことに耳を貸していればよかったんだ!!
おかげで隣室の私も巻き添えを食ったじゃないか!!

アキコ

まったく……
私の執筆を邪魔するだなんて、流石は愚民ね……

白衣や顔のところどころに爆発の影響で煤をつけた少年はヒロ。
エジソンやアインシュタインの生まれ変わり出はないかとも噂される天才科学者だが、マッドな一面も持つ少年で、時々寮で爆発騒ぎを起こしている。

そのヒロに文句を言う少女はミズキ。
ギャンブルにおいて天性の才能を持つ、この寮唯一の常識人とも言える存在で、寮の中では主にツッコミを担当している。

そして、片目にカラーコンタクトを装着して虹彩異色――オッドアイを演出している少女がアキコ。
僅か10歳で小説家としてデビューし、発表する作品全てが記録的な売り上げを見せる文学界の神童とも言われているが、自分の書いている作品に多大な影響を受ける残念な性格でもある。
ちなみに今は「中二病患者が就職活動をする奮闘記」なるものを書いているらしく、その影響で中二病になっている。

何はともあれ、どやどやと騒がしくしながらもリビングに入ってきた三人と姉弟、そしてシャワーから戻ってきたカエデと寮母のミミ。
天才寮に住むすべての住人がリビングに出揃ったところで、騒がしい朝食が始まる。

カエデ

いやぁ~
いつ食べてもミミさんの料理は美味いなぁ!

ミミ

あら、ありがとうございます♪

アキコ

あら、ミズキ……
その漬物食べないのなら、この私――グレイス・アリエル・ヴァルトシュタインがいただいてあげるわ!

ミズキ

貴様!
人の好物を奪うな!
あとそのドイツ人だかイギリス人だか分からないような変な名前も昨日と違うぞ!?

ヒロ

寮母殿……
今日の味噌汁はグルタミン酸とイノシン酸が大量に含まれていていい感じだ……
だが少しブドウ糖が不足しているように思う……

サラ

ブドウ……紫……
コンクー……Zzz……

アツシ

姉さん……
また食事中に寝てる……
はぁ……

途切れることの無い会話と楽しそうな笑顔。
そこには、普通の一般家庭のような風景が広がっていて、ミミはお変わりを要求するカエデにご飯をよそいながら静かに微笑んだ。

それから少しして、騒がしくも楽しい朝食を終えた天才たちが、あるいは学校へ、あるいは仕事へとそれぞれ慌しく出かけていくのを見送った後、寮母ミミは自分の職務を全うすべく動き出す。

朝食に使った食器や調理器具を丁寧に洗い、寮生たちが好き勝手に脱ぎ散らかした服を洗濯機に放り込む。
ちなみにこの洗濯機はヒロが作ってくれた特別製で、洗濯物を放り込んでスイッチを押せば、洗濯から乾燥、果ては自動でそれぞれの持ち主ごとに仕分けて服をたたむことまでやってくれる優れものだったりする。

その後、寮に設置された掃除ロボット(これもヒロ謹製)を起動させて寮の掃除を任せてから、コーヒーを入れて一息つく。

ミミ

ヒロさんに作ってもらった機械は確かに便利で楽ですけれど……
私、あまり寮母として活躍できていない気がします……

誰もいないリビングで、目の前をゆっくりと通り過ぎていく掃除ロボットをぼんやりと見つめながら一人ごちる。

実際には、いくら天才と呼ばれる子供たちとは言え、彼らだけでは生活は立ち行かないため、ミミが思った以上に寮生たちにとってミミは大きな存在となっているのだが、本人はそれに気付いていなかったりする。

それはともかくとして、一人「よし!」と気合を入れなおしたミミは、金庫に仕舞った莫大な寮の運営費から必要な分だけを取り出すと、子供たちのために美味しい夕飯を作るべく、近所の商店街へと意気揚々と出かけていった。

数時間後。

サラ

ご馳走……様……Zzz……

アツシ

姉さんまた食べこぼしてる……

ヒロ

今日の夕食は栄養バランスもよくてボクも満足だったよ、寮母殿……

アキコ

くっくっく!
我がクリシュナ・ウル・アスモデウスの名において、ミミ……
貴様を我がアスモデウス家の専属料理人に任命しよう!

ミズキ

相変わらずキャラがぶれぶれだぞ、アキコ……

アキコ

アキコ言うなし!!

カエデ

いや、マジで美味かったよミミさん!
ぜひともあたしの嫁になってほしいよ!!

ミミ

はいはい、皆さんお粗末様でした♪

やはり愛情をこめて一生懸命に作ったものを評価されたことが嬉しいのだろう、上機嫌に鼻歌を歌いながらミミは食器や調理器具を片付け始めた。

ミミ

皆さん、お風呂に入っちゃってくださいね~

寮生たちが返事をしてそれぞれの部屋に戻っていくのを眼の端に確認しながら、ミミは明日の朝食に何を作ろうか考えながら手を動かした。

そうしてすべての片づけを終え、朝食の仕込みも終わったところで、ミミは満足そうに頷き、自分の部屋へと戻ると、日課である日記を書き始めた。

ミミ

今日も皆さん、私のご飯を美味しいといってくれたし、無事に一日を過ごせました……
明日も皆さんが楽しく、無事に過ごせると言いと思います……まる

口で呟きながら日記を書き終えたミミは、普段ならそのまま日記を閉じるところを、今回は閉じずにぱらぱらめくり始めた。
そして手が止まったのは、この寮の寮母となってまだ間もないころの日記。

そのころの日記には、天才と呼ばれる子供たちへの不安や悩みがつらつらと書き連ねられていて、ミミはどこか懐かしそうに眼を細める。

ミミ

そうでしたねぇ……
あのころは皆さんのことが何も分からなくて……
ただ毎日が不安の連続でした……
打ち解けようにも接し方が分かりませんでしたし……
皆さんがいい子だってことも分かりませんでした……

ミミ

でも今は違います!
皆さんがとてもいい子達だというのも分かっていますし、皆さんが毎日を楽しく幸せに過ごしてくれるのを見ると、私も幸せになれます!

そうして目を向けたのは、机の上に飾られた一枚の写真。
そこには、誕生日に、子供たちにプレゼントされた大きなバースデーケーキを前に涙を浮かべながら微笑むミミと、その周りで騒がしくも楽しそうな顔をした子供たちが写っていた。

その写真を愛おしそうにそっと撫でてから日記を閉じる。

ミミ

さて、明日も早いですし、そろそろ寝ましょうか!

布団にもぐりこんで呟いたミミは、ゆっくりと眼を閉じると、やがて小さな寝息を立て始めた。

ここは天才たちが住む寮、通称「天才寮」。
そこの寮母もまた、もしかしたら「寮母の天才」なのかも知れない。

天才寮の寮母さん

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