『トライアンフ』表裏ごちゃ混ぜにしたはずのトランプが一瞬にして、元通りになるカードマジック。“triumph”とは「大成功」、「勝利」と言う意味。






















《奇跡には惜しみない拍手を》


第5話






































マスター

ちょっと待ってください。あなたは博仁じゃない。あれから20年以上経つが、いくらんなんでも変わりすぎですよ

敬語はやめてくれよ。同期だろ

マスター

いやいやいや……

ほら手見ろよ。年相応のおっさんの手だ

マスター

でも顔は……

でも俺なんだよ。桂木

マスター

信じられん……

とりあえず、さっきお前が“見せて”くれたマジックのタネだが……

マスター

そんなことよりもっと説明してもらいたいことが

まあ落ち着け。物事には順序ってもんがある。20年前の手品のタネは、さっきお前が唱えた『偶然説』これで正解だ。で、

マスター

で?

今日のエニー・カード……、長いから『エニエニ』って略すぞ。今日のエニエニの“観客”はジニーこと宗賀城二こと宗賀博仁、すなわち“俺”じゃなくて、“お前”だ

マスター

ややこしいな……

騙されたのはお前だ、桂木

マスター

意味わかんねえよ……

俺は“宗賀城二”のふりをしてお前にトランプを送った。これは何の変哲もないただのトランプさ

マスター

仕掛けもないのか?

特別な仕掛けなんて一切ない。ただし、とある『たった1枚のカード』が『どの枚数目』にあるかだけ覚えときゃよかったんだ

マスター

まさか……

そのまさかさ。俺は何も知らない客のふりをして、覚えておいた『ハートの6』、『19枚目』とだけ言えばよかったのさ

マスター

そんな……

まんまと騙されたな。でも俺の『とっておき』のネタってのはこれじゃない。これはいわゆる『つかみネタ』ってやつだからな

マスター

……

俺はずっと後悔してた。20年前、カッとなって、ありもしない『とっておき』を演じたあの時のことを。でも俺だって意地があるから、謝る気なんてさらさらなかった。でも

俺は事故った。そして死にかけた

マスター

じゃあ、事故ったってのはほんとなのか

ああ。さすがに過去のニュースまでねつ造はできんさ。

俺は悪運が強いんでね。死ねなかった。一命は取り留めたんだが、身体中どこもかしこもボロボロ。それはそれはしんどかった。担当した医者には奇跡だって言われたが、そうは思わなかったね。

マジシャンならもっと素敵な奇跡をたくさん知ってるからな。自分で生み出すことだってできる。そうだろ

マスター

でも生きててよかったじゃないか

まあな。で、もちろん顔もボロボロだったわけ。顔面の再建手術をしたんだが、元に戻るわけもなく。しかし、ちょいとばかしイケメンになった。これだけは嬉しい誤算だな

マスター

ああ。惚れそうだよ

でも目は変わってないだろ。こりゃ大ヒントだったんだが

マスター

気づくわけないだろうが

そりゃ残念。で、病室でぼんやり天井見てて思ったんだ。人間こんなすぐ死んじまうんなら、やるべきことはやっとかないと、ってね

マスター

それで俺に謝りに来たのか

んなわけあるかよ。謝るのはお前の方だろ

マスター

そうだな。……すまん

いいんだよ。そもそも喧嘩別れのきっかけになったあのネタ、もとはお前のアイデアだぞ

マスター

え? そうだっけ?

やっぱ忘れてたんだな。あれはお前のアイデアがなけりゃ形になってなかった。合作ってことさ

マスター

そういわれればそんな気も……

俺が病室で後悔したのは、『とっておきを見せてやる』って言っといて、行き当たりばったり、運任せ、一か八かのハッタリをかましちまった事さ。だから俺は今度こそお前に『とっておき』のトリックを見せてやろうと思ったわけだ

マスター

じゃあ、お前は本当に博仁なのか?

だからさっきからそう言ってんだろ。俺は顔が変わったことをいいことに、このトリックを演じたんだ。まず、『宗賀博仁は死んだ』ってことにして、俺の息子を偽り、お前に封書を送った。事故のその後については報道されていなかったから、ばれる心配はなかった。大学卒業後、お前は同期とは連絡取ってないようだったし、他の奴らも俺とお前の『喧嘩』のことは知ってるから、わざわざ知らせるやつもいないだろうし

マスター

ちょっと待て、お前、結婚は?

独身だよ。聞くなよ。お前と一緒さ

マスター

じゃあ息子もいないのか

当たり前だろ。隠し子だっていないぞ

マスター

それはどうだか

で、俺は客の少ない8月の土曜日を狙い、新規客を装って、開店直後を見計らってここに来た。もしお前が他の客にこの『エニエニ』を演じちまったら、お前に恥かかせちまうことになるからな。タネなんて存在しないんだから

マスター

もし俺が『エニエニ』を演じなかったらどうするつもりだった

どうもしねえよ。あれは『つかみネタ』であって『本ネタ』じゃねえからな。演じなかったら、そのままここで飲んで最後にネタばらしして終わり。それだけさ

マスター

手の込んだことを……

どうだ。驚いたか

マスター

ああ。一生分

マスター

あの時は悪かったな……

済んだことだ。お互い十分年を取った。もういいじゃないか。俺もバカだった

マスター

でもさ。あのときお前は『このとっておきが成功したら、金輪際、俺の目の前に現れるな』っていったよな

ああ。たしかに

マスター

今回、大成功に終わったわけだが、俺は金輪際、お前の前から消え失せなきゃなんないのか?

ははは。消えてくれれば、お代払わずに済むのにな

マスター

残念ながら、もうカードは切らせていただきました

ぬかりないな。ボトルキープしちまったからなあ。……また来るよ

マスター

そうかい。……ありがとな。

ほら、カードと領収書。ここにサインをいただけますか

げ。18,000円! ぼったくりやがったな

マスター

これでも安くしといたんだぞ

まあ予想通りだな。じゃあ、俺はこれで。腕が落ちてなかったんで安心したよ

マスター

その言葉そっくりそのまま返すよ

へ。この程度で判断してもらっちゃ困るな。また来るよ、マスター

マスター

お待ちしています、ジニーさん























マスター

ふふ……

マスター

しっかり騙されちまったな。悔しいが

マスター

あの『エニエニ』にはタネなんてなかったんだな。じゃあこのレクチャーノートの袋とじには何が書かれてたんだ……?

マスター

読まない理由も、もはや無いしな。……開けてみるか




































【予言】



私は今日、
bar『トライアンフ』で


¥18,000‐


のぼったくりに合う。








おい、桂木。
拍手忘れてんぞ。




素晴らしいマジックを見た後には、拍手。

それが礼儀だろ?























ノートを閉じて、カウンターに投げた。

頬が緩む。













誰もいない舞台に向かって、


俺は惜しみない拍手をした。


























(完)

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