人は思い残すことが無くなるほど、長くは生きられない。







この世界には、多くの無念が彷徨っている。







夕人の怪


赤島夕人

ぐーぐー

ましろ

みてみて。お姉ちゃん。あの人、今日も木の下で寝ているよ

くろり

ホントだ……。あそこは私たちの場所なのに……

くろり

少しおどかしてあげましょ!

ましろ

賛成~!

 

木漏れ日の光で目を覚ました。

赤島夕人

あれ。今何時だ?

気がつくと、木の下で眠っていた。

時計を持っていない俺は、太陽の位置を確認する。太陽は真上で輝いていた。

赤島夕人

正午か

少し寝過ぎてしまった。今日は秋真高校に来てすぐ、一限の授業をさぼってここで昼寝していた。

そう。今は学校の授業の真っ最中だった。恐らく、ちょうど昼休みが始まった頃だろう。

俺はこの学校で、人がほとんど訪れない場所を知っている。旧校舎の裏。一本の木と小さな倉庫がぽつんと立っている場所だ。

今までここでさぼってきて、俺以外の人を見たことがない。少なくとも放課後までの時間で、ここに人が訪れたことはないのだ。

生徒も、先生も。

ここを見つけたのは、一ヶ月前のことだった。

ある日、いつも昼寝をしていた、鍵のかかっていない空き教室の鍵が閉められてしまった。居場所を失い困った俺は、学校でさぼれる良い場所がないか探し回った。

その結果、俺はこの場所を見つけた。

それ以来、この場所の木の下がお気に入りだ。ここはすごく寝心地がよい。

赤島夕人

ん?

草むらの揺れる音がした。

猫でも紛れ込んだのだろうか。

この場所には人間はこないが、動物はよく訪れる。

どこかの野良猫や小鳥がよく迷い込んでくるのだ。

俺は静かに、物音のした草むらへ近づく。

くろり

わ!!

赤島夕人

うわ!!

俺は驚愕し、尻餅をついてしまった。

草むらから飛び出してきたのは、やんちゃそうな少女だった。

くろり

えへへ! びっくりした?

誰だ。この子は。

この場所で出会う初めての人間が、こんな少女だと誰が予想しただろうか。

赤島夕人

!!!!

声が出てこない。絶句している。

ましろ

あははは! おもしろーい!

草むらの後ろの方からもう一人、楽しそうに笑う少女が顔を見せた。

二人とも顔立ちがよく似ている。双子だろうか。

赤島夕人

こらー! お兄ちゃん、びっくりしただろー!

くろり

だってびっくりさせたかったんだもーん

ましろ

お兄ちゃんが私たちの場所で寝てたから悪いんだよー!

赤島夕人

場所?

少女達は俺がさっきまで寝ていた木の下の方へ指を指す。

恐らくこの少女達は、ここを遊び場にしていたのであろう。

赤島夕人

おまえ達、近所の子か? どっから入った?

くろり

お兄ちゃん。名前なんて言うの?

聞いちゃいねえ。

くろり

私はくろり!

ましろ

私はましろ!

俺をおどかしたやんちゃな少女がくろり、くろりの後ろについているおっとりとした少女がましろと名乗った。

聞いてもいないのに。

赤島夕人

俺の名は赤島夕人(あかしまゆうと)

くろり

夕人!

ましろ

夕人!夕人!

少女達は俺の名前を連呼して遊ぶ。

なんだか保父さんになった気分だ。

赤島夕人

おまえ達、親が心配してるんじゃないのか?

くろり

私たちに親なんていないよー

ましろ

ねー

どういう事だ?

ましろ

お兄ちゃんこそ、授業でなくて良いの?

ましろに言われて、自分が今学校にいることを思い出した。

そろそろ授業にでないと、さすがにまずい。

赤島夕人

こいつらを職員室に連れて行ってから教室戻るか

さすがにこのがきんちょ達を、見て見ぬふりすることはできない。俺は二人の間に入り、二人と手をつなぐ。

つないだ手はやけに冷たく感じた。

赤島夕人

おまえら、一緒に来るんだ

くろり

にこにこ

ましろ

にこにこ

赤島夕人

意外と素直じゃねーか

二人は何の文句も言わずについてきた。

俺は職員室のある校舎へ向かった。

 

ここに来るまで、俺は相当注目を浴びていた。

無理もない。こんな場所で、こんな子供達と廊下を歩くというのは滅多に無いものだ。

おまけに今は昼休み。生徒達も廊下に繰り出している。

ひそひそ

ひそひそ

生徒達のひそひそ声が聞こえる。

俺はかまわず、職員室まで向かう。

吉塚先生

おい、赤島

赤島夕人

あ、先生

職員室にたどり着く前に後ろから、担任の吉塚先生が声をかけてきた。

吉塚先生

あ、先生。じゃない! またさぼりか?

先生は俺がさぼったことに腹を立てていた。

それより、俺の両の手にある異変に突っ込んでくれないだろうか。

吉塚先生

しかも何、変な人形を両手に持っているんだ? おまえは何を考えている!!

そうそう。その事だ。

両の手の人形。








人形?



俺は手元を見た。

俺の両手が繋いでいたのは、少女の手ではなかった。



俺はいつの間にか首のない不気味な人形を、両の手に持っていた。



この不思議な出来事に、俺は再び絶句していた。

つ づ く

くろり

くすくす

ましろ

くすくす

pagetop