第十四駅 地獄の路線
柚葉とユウジを乗せた車両は
地の底へと向かうかのごとく
下降を続ける。
ううぅ……。
うぅ……。大毅……。
もう泣くのはやめろ。
人間には見えぬ小悪魔の姿。
人間には読めぬ悪魔文字。
人間とは思えぬ回復力。
お前も俺も
今まで生きにくい世界に
いたはずだ。
お前のその苦しみを分かるのは、
俺しかいない。
そう……
俺とお前はこうなる運命だったんだ。
見ろ、あれを。
∇∂∃∧⊥♀仝жЙ
ЦЮ∇仝∂Й∧∧
すれ違う二人は
手を取りて勝者となり
そして楽園を築く。
俺とお前を指し示すこの悪魔文字……。
悪魔文字を読める俺と
お前がこのゲームの勝者にふさわしい。
俺が悪魔の帝王となり
お前が后となるのだ。
違うわ……
なに?
……大毅は……。
私の風変わりなところも含めて
全て受け入れてくれてた。
私が選ぶのは大毅だけ。
貴方では私の心を満たせない。
うるさい!
柚葉に平手打ちをするユウジ。
しかし、柚葉はそれも意に介さない。
柚葉は毅然とした態度で
失われたはずの左手で
若い男を指差す。
……何をされても私は変わらない。
貴方にはその資格が無い。
……フン……。
言ってくれるぜ……。
どうも、貴方は
女性の扱いが下手なようだ。
うぉ!お前どこから!?
外に出て死んだんじゃ……
所詮、貴様は
我の僅かな悪魔遺伝子を
継承しただけの下賤の眷属。
主である我の半身に
手を上げようとは……。
ゾクッ
その姿は……
あの時タケシを喰ってた……。
な……なんだ、この気配は?
喜べ。
魔王ベルゼビュート
の一部に再び戻れることを。
ヒィィィ!
激しい閃光の後
主を失った腕が床に落ちる。
おぉ、なんと勿体無い。
本来の姿に戻り
吸収しそこねた手を
物理的に体へ取り込む
帝王ベルゼビュート。
しゅぅぅ
魂は死に抗おうと
輝く瞬間が最も美味だ。
恐怖に慄く魂など不味くてたまらん。
なんてことを……。
いささか無粋な姿を
お見せしてしまいましたね。
我が半身である
貴方へのメッセージのはずが、
思わぬ雑魚の勘違いまで生むとは……。
もう少し手段を考えるべきだった。
何を言っているの?
まあ良い。
悲願は成就された。
我の元へ戻れ、
我が半身よ。
そして参ろう、
我が王国へ。
……。
……違うわ……。
む?
貴方もその器ではありません。
何を言うか。
長い年月とは罪なもの。
貴方も忘れてしまったのですね。
何のことだ?
貴様も我の
一部に過ぎぬのだ。
な…
償え。
その卑しき魂を。
悔やむがよい。
己が快楽のために
暴食を続けたことを。
バ……
バカなぁぁ!!
……愚かな。
帝王たるものが
小利を貪り続けて良い
はずがなかろう。
乗客を減らした地獄行きの車両の中
窓の外をボンヤリと眺めながら
少女は青年に想いを寄せる。
できることなら
思い出したくなかった。
人として生涯を終えたかった。
あの日、あの時、
あなたに会えて
本当に良かったって思ってる。
……。
少女の体を打ち続けていた雨が
不意に途切れる。
……え?
振り返ると、そこには
傘を持った見知らぬ青年の姿。
アンタ、雨の中で突っ立ってると
風邪ひくぞ?
貴方は……。
私を畏れないの?
うぉ、もうガラガラ声じゃんか。
早く家に帰って着替えないと大変なことになるぞ。
……私は……帰りたくなど無い
なんだ?家出か?
あんた……ええぇっと……。
名前は?
……名前?
……親から与えられた物には
柚葉と言う名があるわ。
ぷっ……。
なぜ笑う?
変わったしゃべり方
する奴だな―って思ってな。
\キリッ/
『親から与えられた物には
柚葉と言う名があるわ。』
なんてフツー言わねーっつうの
ぷっ
私、そんな顔してたの?
あぁ、してたしてた。
\キリッ/
『柚葉と言う名があるわ。』
ちょっと、もーやめてよー!
なぁ、柚葉だっけ。
アンタ、笑ってた方が何倍もいいぜ。
……え。
今日はもう帰んな。
家はどこだ?
西……日出里……
なんだ、俺の隣の駅じゃないか。
俺は田央だぜ。
一緒にいくか?
……うん。
え?ちょっと待て!
俺と同じ年?大学も一緒!?
今まで気づかなかったぞ!
まぁ、そんな事もあるであろう!
そうであろう!
ふふふ
……。
……でも……。
もう戻れないものね……。
覇者の条件を満たす二人が
生け贄となった今、
山脚線の求める魂は
満ち足りた。
もう、貴方をこの電車に
縛るものはないわ。
サヨナラ、大毅。
人間として…
幸せに……なってね……。
あ、あのー……。
あら、うこばっくん。
直接会うのは5000年ぶりくらいかしら?
私はどうしたら良いでしょう?
そうねぇ……。
このまま帰りましょう。
懐かしい『我が家』へ。
そして、これまでどおり
我に仕えなさい。
かしこまりました!
魔王ベルゼビュート様!
柚葉……
柚葉ぁぁ
残された柚葉の手を抱きしめ
悲しみにくれる青年。
その時、1両だけの山脚線は
ゆっくりと停車した。
ヌエ42
キケ。男ヨ。
地獄の底から響くような声で
車両が語りかける。
なんだよ?
なんだっていうんだよ?
ヌエ42
貴様ノ勝利ガ確定シタ
あぁ、そうかい……。
望んで始めたわけでもないゲームの勝利など
どうでも良かった。
むしろ、死の可能性がある方が良かった。
柚葉を失った俺には全てが虚しかった。
ヌエ42
賞品ダ。
貴様ノ願イヲ、1ツ叶エヨウ
!!!
今、なんて言った?
ヌエ42
貴様ノ願イヲ
1ツ叶エルト言ッタノダ
じゃあ、もし……
もし『柚葉を連れ返してくれ』と言ったら、連れ返してくれるのか?
ヌエ42
我々ハ悪魔ダ
地獄ヘ行ッタ者ヲ
現世へ返スノハ
神ノ領分ダ
ダメか……。
この電車に乗っている限りは
イマワノキワから
やり直せるかもしれん、ということじゃな。
ハッ!!
何だ、今のは……。
……。
……よし。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
〜〜〜〜〜〜!
〜〜〜〜〜〜〜〜!
ヌエ42
叶エヨウ、ソノ望ミヲ。
降車拒否
つづく