まだ梅雨が明けぬ7月前半。


 がやがやと煩い廊下を抜けて、2-Cと表記された教室へ入る。

 基本的に、あまり周囲を気にすることのないマイペースな性格の高校生 相原 千秋(あいはら ちあき)は挨拶がてら話しかけて来る女子生徒たちにひらひらと手を振るだけで真っ直ぐ自分の席へ着いた。

新島 椿(にいじま つばき)

おはよう相原!
さすがに今朝は女子たちが賑やかだな!
俺も楽しみだ!

 一瞬だけ訪れた静かな朝のひととき。


 しかしそれは千秋の同級生で唯一友人と呼べる存在である新島 椿(にいじま つばき)によって破られた。

相原 千秋(あいはら ちあき)

おはよ・・・・・・。
朝から元気だねお前。

今日何かあったっけ?
あとその昆虫なんなの?
朝からつっこみが追いつかなくて困るんだけど。

新島 椿(にいじま つばき)

昆虫とはにぼしくんの事か!?
今朝にぼしくんのケージが開いていたらしくてな、気付いたら肩に乗っていたんだ!

相原 千秋(あいはら ちあき)

へぇ・・・・・・。
(にぼしくん・・・・・・)

変わった非常食だね。

新島 椿(にいじま つばき)

・・・・・・!?

相原 千秋(あいはら ちあき)

・・・・・・冗談だよ。
熱帯とかにいそうな昆虫だけど、何て種類の虫なの?

新島 椿(にいじま つばき)

にぼしくんはヘラクレスオオカブトだ!
かっこいいだろ!

相原 千秋(あいはら ちあき)

あー。
名前は聞いたことあるかも。

新島 椿(にいじま つばき)

いつか野良のにぼしくんに会いに南米へ行ってみたいんだ。

相原 千秋(あいはら ちあき)

いいね。
でもゲテモノ系のお土産はいらないよ。

で、今日は何があるの?

新島 椿(にいじま つばき)

転校生が来るらしいぞ!
この前先生が言ってたのを聞いてなかったのか?

相原 千秋(あいはら ちあき)

そうだっけ?
まあ誰が来ようとオレには関係ないけど。

新島 椿(にいじま つばき)

まったく、相変わらずだな。
少しは他人に興味を持ったらどうだ?
面白い奴かもしれないだろ。

相原 千秋(あいはら ちあき)

うーん。
オレは今のままのんびり過ごせればそれでいいよ・・・・・・。

 千秋はめまぐるしく変わる都会の雰囲気よりも、シンと静まり返った一面の雪景色を好むタイプだ。


 誰にどう思われようとあまり気にせず幼少の頃からの友人である椿がにぎやかなため、人付き合いはそれで十分だと考えてきた。


 しかしそんな彼の平穏な日常を脅かす悪魔の足音がゆっくりと確実にすぐ傍まで迫っていた・・・・・・。

 生徒たち、とくに女子生徒たちがざわめく中で担任の先生により季節外れの転校生が紹介された。


 新しく来た彼を見つめる椿の眼差しに不吉なものを感じつつ、千秋も高梨 紅(たかなし こう)と書かれた黒板の文字を眺めた。案外美しい文字だ。本人の異様な雰囲気からは想像もつかない。


 そして千秋の視線は不気味なオーラを発している噂の転校生へと注がれた。

高梨 紅(たかなし こう)

高梨、紅と言う・・・・・・。
よろしく諸君。

 千秋は一瞬、彼の後ろに教会のステンドグラスが見えた気がした。しかしそれは聖なる天使たちの光ではなく地の底より這い出た禍々しい亡者の宴のように感じられた。

相原 千秋(あいはら ちあき)

あ、これはまずいやつ。
近付けば面倒事に巻き込まれる可能性が高いな。
珍しいもの好きの新島なら絶対に興味を持つだろうし授業が始まる前に何か対策を・・・・・・。

新島 椿(にいじま つばき)

高梨くん!!!
その手にいるのはもしかしてエジプシャンルーセットオコウモリじゃないのか!

相原 千秋(あいはら ちあき)

声かけるの早っ・・・・・・。

高梨 紅(たかなし こう)

ほう・・・・・・。
吾輩に気付くとはなかなか見どころのある小僧だ。

新島 椿(にいじま つばき)

コウモリが・・・・・・喋った!

 一瞬の静寂の後、ざわめく教室。


 恐らくは紅の腹話術であろうと思われるしわがれた声で、大きなコウモリは椿の問いに答える。


 千秋は目前の光景に絶望を感じながらもはしゃぐ友人をそっと見守る事にした・・・・・・。

第8話 椿先輩と虚ろなるなんちゃらの転校生①

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