碓氷

くそっ!
冗談じゃねぇぞ!!

部屋を飛び出した俺たちは、すぐさまこの建物の中に入った場所――最初の入り口を目指して走った。

あの男――石式とか言う奴の話では、俺たちはたちの悪いイシガミサマとやらにここに閉じ込められてしまったらしい……。
冗談にしては性質が悪いと思う。
仮に本当だとしても……俺たちは素直につかまってやらない!
とっととここから逃げ出してやる!!

強くそう思いながら、最初の入り口に辿り着いた俺は、すぐさま扉に取り付いた…………が。

碓氷

……んだよ!!
なんで開かねぇんだよ!!

力いっぱい押してみても、逆に全力で引いてみても。あるいは揺すり、あるいは体当たりをしてみても、扉はピクリとも動かない。

碓氷

おい、田辺!!
お前も手伝え!!

田辺

分かった!

傍観していた田辺にも声をかけて、今度は男二人掛りで押したり引いたりしてみるも、やっぱり扉は動かない。

碓氷

ちくしょう!!

苛立ちまぎれに扉を蹴飛ばすと、女子二人から不安そうな声が聞こえてきた。

金江

扉……あかないの?

安芸

本当に閉じ込められちゃったの?

碓氷

そんなことあってたまるかよ!!
ぜってーこんなとこから逃げ出してやる!!

女子二人の不安をすぐさま否定して、入り口から離れた俺は、そのすぐ横にある窓ガラスに目を向けた。

碓氷

窓ガラスをぶち破ってやる……
へへ……最初からこうすりゃよかったんだ……

ちょうど手近にあった木の棒を手に取り、思いっきり振りかぶる。
本当は鉄パイプとか椅子とか、もうちょっと頑丈なものがよかったけど、それなりの太さもあるし、これでも割れないことはないだろう。

碓氷

三人とも少しはなれてろよ……

念のために三人に注意を促してから、俺は思いっきり木の棒を窓ガラスに叩きつけた。
直後、ガラスを砕く感触と音が伝わってくる……という俺の予想は見事に外れた。

「ぶにょん」というか「ぐにょっ」というか、ともかく、およそ硬いものを叩いたような感触ではなく、今まで味わったことがない奇妙な感覚だけが返ってきた。

当然、窓ガラスに皹どころか傷一つ入ってない。

碓氷

どうなってんだよ!!

叫びながら、何度も何度も繰り返し棒を叩きつけるけど、結果は変わらずガラスが割れる様子は一向になかった。

田辺

こっちも駄目だ!

朽ち果てて、つつけばすぐにでも穴が開きそうな壁に近くに落ちていた椅子を叩きつけていた田辺だったけど、その壁も見た目に反して穴どころか傷すら突いていなかった。
マジでどうなってるんだよ……。

窓や壁を壊すことを諦めた俺と田辺の下へ、金江と安芸が顔を曇らせながら近寄ってきた。

安芸

ねぇ……私たち……

金江

本当に閉じ込められちゃった……?

碓氷

んなことねぇって……!
ぜってーどっかに出る方法はあるって!
なぁ、田辺!

田辺

ああ、そうだな……
諦めたらそこで試合終了だ!

安芸

ふふ……
試合終了って……
何よそれ……

金江

あたしたち誰と試合してるのよ……

女子の不安を吹き飛ばすように強がりを言ったおかげだろうか、少しだけ女子たちの顔が明るさを取り戻した気がする。

そして俺たちの空気が少しだけ軽くなった直後だった。

石式と出会うまで俺たちを追い掛け回していた見えない足音が近づいてきて、俺たちは一斉に口をつむいで顔を見合わせると、何の打ち合わせもなく、全員揃ってその場から走り出した。

図らずも殿(しんがり)を田辺に任せ、間に女子を挟んで道を先導する形になった俺は、後ろから迫り来る足音に恐怖しつつ、無意識に上を目指していた。
あるいは、もしかしたら上にどこか別の出口があるのかもしれない、そう直感したのかもしれない。

理由はどうあれ、上へと続く階段を見つけた俺はすぐさまそれを上り始め、女子二人と殿の田辺も続いた。

上へ上へ。
とにかく体力の続く限り、全速力で階段を駆け上がっていく。

けど……あれ?
ちょっとおかしくないか?

今上っている階段に奇妙な違和感を覚え、ゆるゆると上る速度を緩めた俺は、やがて立ち止まると息を整えながら自分の上を見上げる。

今俺が足をかけている階段から数段先で一度踊り場になっていて、そこから向きを変えてさらに上へと続いていく。
何の変哲もない、よくある階段。

けど俺たち……今、何段上った?
何階上がった?

その間俺たち……。
廊下や部屋の扉を見たか?

突然、不安と焦りが腹の辺りから沸き起こって、なんだか胸の辺りがもやもやする感覚に陥った俺は、後ろの三人にその場にいるように言うと、再び階段を上り始めた。

そんなことありえない!
頭に浮かんだ考えを必死に否定しながら階段を上り続けて行く。
そして気がつけば俺は……。

いつの間にか一番後ろにいたはずの田辺の後ろにいた。

そのどうしようもない現実が、不安と恐怖となって俺たちに襲い掛かる。

金江

嘘……でしょ……?

田辺

そんな……バカな……

安芸

こんなこと……信じられない……

碓氷

俺たち……ずっと同じ場所を回っていた?

やあ……。
やっと気がついたかい?

そんな声と共に俺たちの前にゆっくりと姿を現したのは……、俺たちと一緒にこの場に迷い込んだはずの石式だった。

イシガミサマ

やっと気付いたのかい?

絶望したような顔をしながら、四人がボクに注目する。
いいねぇ、その顔。ボクは大好きだよ。

イシガミサマ

さっき言っただろ?
ここは元々イシガミサマを閉じ込めるための結界として作られたんだ……
けど力をつけたイシガミサマによって空間を歪められ、中に人を閉じ込めるようになったんだって……

説明しながらゆっくりと彼らに近寄っていくと、ボクから何かを感じ取ったのだろうか、彼らは誰からともなく全員が一歩下がる。
うん、その判断は正しいと思うよ。
まぁ、意味はないけどね。

イシガミサマ

キミたちはイシガミサマの中に閉じ込められたといっていい……
すでにその条件は達成されているのだから……

安芸

条……件……?

イシガミサマ

そうさ
いくらイシガミサマが力をつけたといってもここは結界の中
ある程度の条件付けをしないと、イシガミサマでさえ、ここに人間を閉じ込めることはできないんだ

碓氷

んだよ……その条件って……?

イシガミサマ

条件は二つ
一つは、ここが建てられた理由、イシガミサマの存在、そして目的
ここにまつわるエピソードを一通り獲物に話すこと……
そして二つ目は、そのエピソードを離している間、対象に自分がイシガミサマだと気付かれてはいけないこと……

イシガミサマ

何はともあれ……
ようこそ、無限にループする無限廊下へ!

田辺

ちょっと待ってくれ……
何でお前……そんなに詳しいんだ……?

金江

まさか……あんた……

おや、バレてしまったか……。
いや、元々バラすつもりで彼らの前に現れたんだけどね……。
どうやら存外勘がいいらしい。
まぁ、すでに条件は整っているのだから構わないけどね。

イシガミサマ

どうやら気付いたようだね……
そうさ……
ボクが……

じりじりと後ずさる彼らを前に、ゆっくりと自分の正体を現す。

イシガミサマ

イシガミサマさ……

ボクが本当の姿を現した瞬間、彼らは一斉に悲鳴を上げて我先にと階段を上り始める。

けど、忘れてしまったのかな?
キミたちはボクが歪めた空間にすでにつかまっているんだよ?
だからほら……。
ボクが何もしないでも君たちのほうから戻ってきた。

イシガミサマ

やあ、お帰り

碓氷

嘘だろっ!?

田辺

マジ……かよ……!?

金江

いやぁ……!

安芸

ひっ……!

イシガミサマ

いいねぇ、その顔!

絶望しきった彼らの顔がボクをぞくぞくさせる。
じゃあここら辺でもう少し彼らに絶望を与えてみようか。

イシガミサマ

ああ……そうそう……
ちなみにキミたちを追いかけていた足音の正体だけどね……

イシガミサマ

アレは君たちの前に閉じ込められた人間たちの怨念なんだよ……
彼らは永遠にループするこの廊下を、死してなおさまよい続けているんだ……
まぁ、すぐにキミたちもその仲間に加わることになるけどね!

ボクが言った瞬間、四人の顔がますます恐怖に歪み、彼らの体から負のエネルギーが放射される。
それを胸いっぱいに吸い込む。
うん、なんて甘美でおいしいんだ。

放射された負のエネルギーを一通り楽しんでから、ボクは彼らに背中を向ける。

イシガミサマ

それじゃ、思う存分この中を彷徨ってくれたまえ
キミたちが恐怖し、絶望すればするほどにボクはそのエネルギーを食べることができるのだから……

こつこつと、彼らの前から立ち去るボクの耳に、四人の悲鳴が心地よく響いた。

あれからしばらくの時間が経ち、最後に迷い込んだ四人がすっかり人の形をなくして怨念に成り果てたころ、ボクはこの場所に近づく数人の人間の気配を察知して、顔を綻ばせる。

イシガミサマ

さて、次はどんな獲物が来るのかな?

人にとって親しみやすい姿に化けながら、ボクは次の獲物をわくわくしながら待つことにした。

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