リノリウムの床を素足で歩く音が徐々に大きく聞こえてきて、僕の目の前の四人の少年少女たちが一斉に体を硬くする。

……っ!

…………

ぁ……っ!

~~~~~~っ!!

はたから見ればかなり滑稽な四人の姿だけど、彼らは真面目に体を硬くし、それぞれが口に手を当てて絶対に声を漏らすまいとしている。

そして、その行為が功を奏したのか、あるいは足音の主の気まぐれか。
ともあれ、四人の少年少女と僕に気付いた様子も見せず、足音の主はゆっくりと僕らの前から立ち去っていった。

そうして足音が廊下の奥を曲がり、僕らの耳に届かなくなったところで、少年少女たちは大きく息を吐き出しながら、一斉に胸を撫で下ろした。

いやぁ……
アレはマジでびびったわ……

姿が見えないのにずっとあたしたちの後ろをついてくるんだもんね……
気持ち悪かったわ……

果たしてあいつは幽霊なのか、はたまた別の存在なのか……
ともかく、ここに隠れられて助かった……

助けてくれて……ありがとうございます……

黒い髪の少女に釣られるように、他の三人も慌てて僕へ向き直って頭を下げた。

碓氷

いやぁ、あんたがいなかったら俺たちヤバかったぜ!
あ、俺碓氷(うすい)ってんだ!
助けてくれてサンキュな!

金江

あたしは金江(かなえ)
ほんとにありがと……

田辺

田辺(たなべ)
いや、マジで感謝してる!

安芸

私は安芸(あき)です……
ありがとうございました!

四人がお礼がてらに自己紹介をするからには、僕も自己紹介をするのが礼儀って物だよね?

イシガミサマ

そんな気にしなくていいのに……
ボクは石式(せきしき)
変わった名前だよね?

本当の名前は別にあるのだけど、彼らだって本名を名乗ってるとは限らないのだし、きっとこの場限りだから適当に名乗っても問題ないよね?

碓氷

ところで石式は何でここに?
俺らはこの近くに変わった形の廃墟があるって聞いて見学にきたんだ……
んで、中に入ったとたんにいきなり入り口が閉まって、さっきの足音に追いかけられて、お前がこの部屋に入れて助けてくれるまで逃げ回ってたんだけどよ……

イシガミサマ

ボクも似たようなものだよ
あの足音に追いかけられて、ぎりぎりでこの部屋に逃げ込んだんだ……
そしたら少しして君たちがやってきたってわけ……

金江

そうなのね……
あんたも大変だったみたいね……

イシガミサマ

そうでもないよ
ボクはこういう状況が割りと好きだったりするからね……
それにこうしてキミたちとも出会えたわけだし

安芸

それはまた……
随分と変わり者なのね……

イシガミサマ

あ……あはは……
そうかな?

安芸さんにぐさりと来る一言を言われて、とりあえず誤魔化し笑う。
と、そんな時、田辺君が立ち上がって扉に手を掛けた。

田辺

さて……
あいつも行ったようだし……
早めにこっから出たほうがいいよな?

金江

そうね……
こんなところさっさと出ましょ

イシガミサマ

ちょっと待って
今出て行くのは危ないかも……

なぜ、と無言で問う田辺君に言う。

イシガミサマ

どうもさっきからあいつの気配を近くに感じるんだ……
その証拠にほら……

静かにするように、とボクが人差し指を口に当てる。
それと同時に、さっきまでの足音とは少し違う、けれど明らかに異質な音が聞こえてきた。

何かを引き摺るようなその音は、僕らが隠れている部屋を通り過ぎ、やがて聞こえなくなる。

イシガミサマ

まぁ、多分ここはまだ気づかれてないから大丈夫だと思うけど……

イシガミサマ

だからあいつらが完全にこの近くからいなくなったと分かってから移動したほうがいいと思うよ……

金江

うっ……
分かったわ……

田辺

そうだな……

素直に引き下がり、扉から離れる田辺君と金江さん。
――危ない危ない。

内心で胸を撫で下ろしながら、「さてと」と口に出して話題を切り替える。

イシガミサマ

あいつらが遠くに行くまで、ただここでボケっとしていても仕方ないし……
ボクが少し昔話をしてあげるよ

安芸

えっ……でも……

碓氷

あいつらの俺らの声が聞こえたら気付かれるだろ?

イシガミサマ

それなら大丈夫だよ
あいつらは絶対にこの部屋には気付かないから……

正確にはこの部屋には近寄ってこれないのだけれど、それを彼らに説明する義理もない。

彼らに気付かれないように小さく含み笑いをして、ボクはゆっくりと語り出した。

さて、キミたちはこの建物が何故こんな変わった形――普通の家屋の上に五角形の塔が突き刺さったような形をしているか知っているかい?

実はこの場所には昔、小さな祠があったんだ。
その祠には一つの岩が祀られていて、その岩には一柱の神様が住み着いていた。

神様の名前は「イシガミサマ」

その神様は岩に住み着き、この辺りの土地に溜まる穢れや不浄なものを浄化していたんだ。
まぁ、だからこそこの辺りの住民たちはみんな、その神様を奉り、崇めてきたんだけどね。

けれど、人間の信仰心なんてものは時代が移り変わるにつれてどんどん薄れていくものだ。
そしてそれは、イシガミサマを崇めていたこの辺りの人間たちも例外ではなかった……。

といっても、別にイシガミサマはそんなことで怒るほど、度量の狭い神様じゃない。

「人間なのだから仕方ない」。
それで済ませて、信仰心がなくなっていくのを特に気にもせず、土地の浄化をし続けた。

けど、イシガミサマは忘れていたんだ……。
人間がどうしようもなく愚かであることを……。

それはイシガミサマが人間から忘れられてしばらくしたあるときのことだった。

その日、人間たちはイシガミサマが住んでいた祠を、その場所に学校を作るために、彼自身に何の報告もなくいきなり壊してしまった。

学校を作るということは子供たちのためになるから仕方ないと思うかい?
けれど、祠は神様にとっては家みたいなものだからね。
当然、イシガミサマは怒ったさ。
考えてもみてよ……。
ある日いきなり、自分たちが住んでいた家を何の予告もなく壊されるんだよ?
そりゃ、神様だって怒るのは仕方ないだろ?
イシガミサマもきっと人間に裏切られたような気持ちになったんだと思う。

ともかく、怒ったイシガミサマは工事を中止させようと邪魔をしたんだ。
まぁ、やったことといえば重機の鍵を隠してしまったり、作り上げた骨組みを夜のうちに壊してしまったりと、割と可愛いものだったけれどね。
結局彼は怒っていながらも人間が好きだったから。

けどまぁ、人間たちは違う。
彼らはその奇妙な現象を怖がり、一階部分を作ったまま工事を取りやめて、高名な陰陽師にイシガミサマの除霊を依頼したんだ。

でも相手は腐っても神様の一柱だ。陰陽師もそう簡単にイシガミサマを祓えるとは思っていなかった。
だから陰陽師はイシガミサマを祓うことをあきらめて、この場所に封印するようした。
とはいっても、かなり強力な悪意の塊になっていたうえに、元々は神様だからね。
簡単に封印できるわけでもなかった。

そこで陰陽師はイシガミサマの気を逸らしながら、建築業者に五角形の塔を一階部分の上に急いで作らせた。
五角形は五行――つまり、陰陽師の力を最大限に発揮できる形だから。
そうして建てられたこの塔に、陰陽師はイシガミサマを閉じ込めることで封印したんだ。

けど、これでめでたしめでたしとはいかない。
陰陽師も建築業者たちも気付かなかったことだけど、イシガミサマの怨念はその程度で鎮まるものじゃなかった。
むしろ、閉じ込められてしまったことでますます怨念が膨れ上がったといってもいい。

何とかして人間どもに復讐してやろう。
そう心に決めたイシガミサマは、封印を破るために逆にその封印を利用することにした。

まず建物全体に自分の怨念を広げ、空間をゆがめてしまった。
具体的にはどこをどういっても、必ず元の場所――イシガミサマのいるところへ戻ってくるように空間をつなげ、ループさせるようにしたんだ。

そして終わりのないそのループに閉じ込められて疲弊した生き物を、イシガミサマは喰らい、封印を破るための力をつけていった。

イシガミサマ

こうしてイシガミサマは次第に力を取り戻していっているんだ……

安芸

ね……ねぇ……
それじゃもしかして……

碓氷

俺たちも……そのループする空間とやらに閉じ込められちまったのか?

イシガミサマ

うん、その通りだよ!

金江

……っ!?
冗談じゃないわよ!!

田辺

悪ふざけも大概にしろ!!

僕の話を聞いた四人は、慌てて扉に飛びついて開け放つと、そのまま廊下へ飛び出していった。

けれどもう無駄だ。
無限に空間がループし続ける条件はすでに達成されたのだから……。

イシガミサマ

あ~あ……
無駄なことなのに……

イシガミサマ

ま、いっか!
どうせあの四人はまたここに戻ってくることになるんだし!

それまでのんびり待たせてもらおうかな!

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