僕の彼女には、変わった癖がある。

手の平ではなく、手の甲を合わせて
拍手をするのだ。

だから僕は、彼女にいつも言っている。

自分が他の人と違うことに気付くように。
少し遠回しに。

他にもある。

例えば。

僕だったら二階から飛び降りれば、
少なからず怪我をする。

だけど彼女は、
全くの無傷で済むだろう。

だから僕は言っているんだ。

僕と君とでは、
身体のつくりが違うんだって。

例えば。

お店で僕がお金を払う前にお菓子を食べたりすれば、当然店員に怒られてしまう。

だけど彼女は、きっと怒られないだろう。

だから僕は言っているんだ。

僕と君とでは、
住む世界が違うんだって。

だから僕はいつも願っている。

早く自分の正体に
気付いてくれと。

そして、今日も。

今日も楽しかったな

今日は彼女と水族館でデートをした帰りだった。

電車を降りて、駅から十分ほどの帰り道。

うん。本当、楽しかったよ

彼女はそう言って微笑んだ。

ねえ幸人(ゆきと)。手、繋ぐ?

何回目になるだろうか。
聞き慣れた台詞を彼女が吐く。

だけど、
僕はいつものように答えるんだ。

いや、だめだよ。僕と君はまだ手を繋げる関係にはなってない。もう少し待ってて

そう、分かったわ

彼女のそんな顔を見るたびに、
僕の心は揺らいでしまう。

そんな時、いつもと
違う言葉を彼女は言った。

ねえ、見て幸人。誰かいるわ

本当だ。ちょっと行って来るよ。夢希(ゆき)はここで待ってて

僕は彼女を残して、前からやって来る
その男の元に向った。

何故僕が彼の元に向かったとかといえば、
彼が後ろ向きに歩いていたからだ。

あの、すみません

僕は彼に声をかけ、続けて二三会話をした。

―――――――――――――

―――――――――――――

すると、彼は突然涙を流し、呟いたのだ。

ありがとう

そして、ぼぅっと白い煙となって、
彼の姿は虚空へ消えた。

その瞬間、彼の背後に
一人の少女がいたことに気付く。

「あなたの彼女の正体は――――よ」

そんな言葉を残して、
彼女の姿は闇に溶けていった。

おそらく夢希からは、僕の体に隠れて、
彼女は見えていなかっただろう。

だから僕は、彼女に聞こえないように
こう呟いた。

知っているよ。だから、そのことを彼女に気付かせるために、同じような毎日を延々と繰り返しているんだ

そう呟いて、
僕は彼女の元へ戻った。

ねえ幸人。彼は一体何だったの?

ああ、彼はね。自分が死んでいることに気付いていなかった、幽霊みたいな存在だよ

どうして幸人にはそれが分かったの?

ああ、それはさ。死んだ人ってのは、多くが普通の人と反対のことをしてしまうんだよ

反対のこと?

うん。例えば常に逆立ちをしていたり、服を前後ろに着ていたり。彼の場合は、後ろ向きに歩いていただろう?

そうなんだ! 私びっくりしちゃった。幽霊って本当にいるんだね

そうだね。気付いていないだけで、身近にもいるものだよ

へえー。そうなんだ。それにしても、幸人はそんな人を成仏させちゃったんでしょ?

おどけたように、
彼女は僕にそう聞いてきた。

まあね。自分が死んだことに気付かせてあげれば、大概の人は成仏していくよ

そう。気付かせてあげるだけ。
僕の仕事はそれだけなんだ。

それでも凄いよ、幸人

だけど、彼女は笑いながら、
そんな僕を褒めてくれた。

そして、いつものように
拍手をしたのだ。

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