一足先にステージへ上がった天音ちゃんが、客席に手を振っている。
一足先にステージへ上がった天音ちゃんが、客席に手を振っている。
みんなー! 今日は来てくれてありがとー!
わあああああああ!
私は少し遅れて、舞台袖から飛び出した。
ちらりと振り返った私に気づいたプロデューサーさんが、グッと親指を立ててみせてくれる。
それに頷き返そうとしたところで、プロデューサーさんの後ろに虎子さんが駆け込んでくるのが見えた。
プロデューサー! 今までどこへ行っていたんですか!? っていうか、来るならもっと早く言ってくださいよ!
っ……!
虎子さんはプロデューサーさんの両肩を掴んで、ぐわんぐわんと前後に揺さぶっている。
もめているというよりは、虎子さんが鬱憤をぶつけているという雰囲気で、ダメな兄姉と叱るしっかり者の弟妹といった構図に近いように思えた。
なんだか微笑ましくて口元が緩むのを感じながら、私は天音ちゃんの方へ向き直る。
天音ちゃんは、HOSHI NO ARIAのいる反対の舞台袖に小さく頷いてみせていた。
真剣な眼差しで天音ちゃんを見つめる透子ちゃんの姿に、これで勝負が決まるんだと身の引き締まる思いを抱く。
天音ちゃん!
あんなちゃん!
名を呼び合い、どちらからともなく手を繋ぐ。
そうして、ふたり揃って客席に向かって一礼した。
改めまして。葛城天音と!
竜胆あんな! 私たちが……
LRism(リズム)です!
イエェェェェェイッ!
私たちの想い、受け止めてください!
『想いが溢れそうで』!
HOSHI NO ARIAとは違い、予選のときと大きな演出の変化はない。
けれど、あれから練習を重ねて、歌もダンスもレベルアップしているという自負はある。
まるでシンクロしているかのように、天音ちゃんと最後の一息までぴったりだった。
ありがとうございました!
わあああああああああああっ!
拍手喝采を受けて、天音ちゃんの笑顔が輝きを増す。
みんなー、楽しんでくれたかなー?
すっごく楽しかったよー!
最高のステージだったー!
ありがとう! 私たちの歌で、みんなを笑顔にすることができたのなら、これ以上嬉しいことはありません!
わああああああああ!
その姿は、まさにアイドルと呼ぶに相応しい。
『想いが溢れそうで』の本来の歌い手である、アイドルの中のアイドル――姫野美雪さんにも負けないくらいの正統派アイドルだと感じる。
天音ちゃんは、憧れの先輩みたいに元気と笑顔を分けてあげられるアイドルになりたいって言っていたけれど……。
私にとっては、天音ちゃんこそが憧れのアイドルだ。
精一杯やれるだけのことはやったから、もう思い残すことはないです!
思い残す、こと……。
あとは結果を待つだけだね
天使のような屈託のない微笑みを向けられた私は、思わず頭を抱えた。
思い残していることは、まだある……。
ただ、それをやってしまったら、もう今の私には戻れないかもしれない。
こんな純粋な天音ちゃんを巻き込んだら、あとで後悔しちゃいそう……
あ、あんなちゃん? どうしたの?
どうしよう……
今日まで、みんなと一緒にやってきた、アイドル活動を思い出す。
プロデューサーさんが前に言ってたんだ。『難しく考えないで、まっすぐな想いを歌にのせればいい』って
悩んじまうのは心が通じ合ってないからで、お互いの気持ちがちゃんとわかれば、一番いい答えが自然と見つかるはずさ
落ち着いて、いつもどおりにね。あなたの努力は、きっとステージで花開くわ
近くで見守っているから
やっぱり私、想いの全部を伝えなくちゃ!
ちゃんと、虎子さんに伝えたい!
頭を大きく振り、迷いを振り払う。
天音ちゃん! 私、思い残してることがあるの!
えっ……
ごめんね、天音ちゃん。一緒に歌って!
舞台袖へと目を向けると、プロデューサーさんが準備オッケーのサインをしてくれていた。
その後ろに戸惑っている様子の虎子さんの姿も見えて、私はにっこりと笑いかける。
行け、あんな!
びしりと指をさされ、私は応える。
はい!
その瞬間、会場のすべての照明が落ちた。
目を閉じて、大きく深呼吸をする。
この歌を唄うのは、本当に久しぶりだ。
けれど、自然と歌詞が浮かんでくる。
ざわめく客席に向かって、私はマイクを構えた。
ぴぴぴぴぴ~♪ ばびゅ~ん! 宇宙の果てから、あなたの胸まで、と・ど・け
いくつものスポットライトが会場を駆け巡り、やがてステージへと集約する。
目映い光を受けて、私は声を張り上げた。
おおっと~!? 艦隊からの指令を受信しました! 今日は地球のライブで、みんなが元気になる宇宙のパワーを届けちゃいますよ~
あ、あああああ、あんなちゃん!? ちょっと待って!
天音ちゃんが慌てて、会場に聞こえないようにマイクを遠ざけて、ささやく。
杏菜・リンドバーグの活動は封印したんじゃなかったの……!?
あんなの突然の行動に、会場中が騒然としていた。
舞台袖から対戦相手であるLRismのステージを見守っていたHOSHI NO ARIAの面々も、まさかの展開に目を見開く。
まさか、これって……
へえ、なんか面白いことがはじまりそうだな
笑いごとじゃないわよ……!
リッケー!
バイクに寄りかかり、ひとつのスマートフォンを覗き込んでいたQuantam EVEも珍しく驚きを露にしている。
はぁ!? 二曲歌うなんて、反則だろ
反則なら、私たちも他人のことは言えないと思う……
そりゃ、そうだけどさ……こういう面白いことやるなら、私たちも混ぜろっての
ふふっ……
ったく……
ふたりは顔を見合わせてにやりと笑い、再び小さな画面へと目を落とした。
関係者席に座っていた、柚希、詩乃、トキコの三人は、観客席の動揺を間近に感じていた。
まあ……。これでは、『竜胆あんな』イコール『杏菜・リンドバーグ』だと気づかれてしまうのではないでしょうか。あんなさんは、そういうのはもうやめたものと思っていましたのに
気遣っているようにも、この展開を面白がっているようにも取れる調子で、柚希は呟く。
えええっ!? 杏菜・リンドバーグって!? ちょっと、そうだったの!?
気づいていなかったんですの?
あんなと杏菜って……! なんか、どこかで会ったような子だとは思っていたけど、まさか……。って! ダメよそんなの! 痛い過去が、バレちゃうじゃない!
そうですわねぇ……
いったい、誰にたぶらかされたのか知らないけど、止めに行かないと――!
妖精さん黙って……
はうっ
トキコの一言に、立ち上がりかけていた詩乃が撃沈した。
その様子を見て、柚希はおかしそうに声を立てて笑う。
トキコはそちらに目を向けることなく、ステージ上のあんなを一心に見つめていた。
あんなさんが決めたことですから。私たちは応援しましょう
とあるスタジオの楽屋でテレビを見ていた少女が、小さく笑う。
画面には、アイドルドリームマッチ決勝の様子が、リアルタイムで映し出されていた。
これって、プロデューサーさんが仕掛けたのかな?
少女が楽しそうに呟いたところに、ノックの音が響いた。
わずかに楽屋のドアが開かれ、スタッフが顔を覗かせる。
姫野美雪さん、そろそろリハーサルの時間になります。移動の準備をしておいてください
あ、すみません。もうちょっとだけ待ってください
立ち上がって返事をした後、少女は横目でテレビを見やる。
あんなちゃん。がんばって……!
スポットライトの中に立つ竜胆あんなは、キラキラと輝いていた。
騒然としている客席を、もう一度、見渡す。
なんだか、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
プロデューサーさんが手配してくれた、あの曲の前奏が流れはじめた。
お願い、天音ちゃん。私、どうしても伝えたい想いがあって……この曲を歌いたいの!
これを歌わないと、あんなちゃんは納得してステージを降りられないんだね
うん……
……わかった。一緒に歌お!
天音ちゃんは、そう言って笑顔で受け入れてくれた。
天音ちゃん……! ありがとう!
私たちは手を繋いだまま、客席に向き直る。
みんな! もう一曲だけ、聴いてください……!
LRismで『はにはにぱにっく』!
あ、あんな……!?
突如として二曲目を歌いはじめたあんなを、私は舞台袖から呆然と見つめることしかできなかった。
『想いが溢れそうで』とはまた違う、一風変わったポップなメロディの上を、少女特有の甘く可愛らしい歌声が跳ねていく。
聞き馴染みのないフレーズが妙に耳に残って、なかなか頭から離れない。
これって、あの宇宙人アイドルの曲だよね?
そうそう。俺、この曲好きでさ。総選挙で投票したことあるよ
観客席から自然と合いの手が上がり出し、会場中が異様な盛り上がりをみせはじめる。
バックスクリーンにも、それぞれの文字が判別できないほどコメントが溢れていた。
宇宙人アイドルの、杏菜・リンドバーグ……
ステージ上のあんなと、以前パソコンで見た1 million musicの記事の写真とが、オーバーラップする。
私はその想像を振り払うように、首を横に振った。
曲が終わった瞬間、一曲目にも勝るとも劣らない拍手喝采が湧き上がる。
慌ててステージへ視線を戻すと、歌い終えたふたりが一礼していた。
ありがとうございましたー!
うおおおおおおおおお!
歓声を受けたあんなは、天音と顔を見合わせて何やら言葉を交わしている。
えへへ、やっちゃった
でもみんな喜んでくれてるみたい
どこか照れくさそうに、ふたりは笑い合う。
いやいやいや、まさかのステージでしたねー!
そこへ、やや困惑した様子の司会者が現れた。
司会者の言葉を聞いて、ようやく頭が回りはじめる。
これは運営側にとっても予想外の展開だったはずだ。
それなのに、まるで打ち合わせ済みかのように、楽曲まで用意されていて……。
ああっ! プロデューサー!
こんなことを仕掛けられる人物はひとりしかいない。
プロデューサーが、手配していたのだ。
私は、プロデューサーの姿を探した。
しかし、舞台袖のどこにも見当たらない。
もうっ……、一体どこへ……!
関係者席を覗き込んでいると、こちらを心配そうに見つめているあんなと目が合った。
その瞬間、私は駆け出していた。
両手を伸ばして、小さな頭を胸に押しつけるように抱き締める。
えっ、ええっ!? 虎子さん!?
両手をバタバタと動かしているあんなを離すまいと、腕に力を込めた。
あ、あの、ここはステージですよ……! まだ、みんな見てる――
あんなは渡さないわ
え……?
ぱちり、と。
驚いたように瞬きをするあんなの目を、まっすぐに見つめ返す。
こんな変な歌を唄わせて騒動を起こすプロデューサーになんて、あんなを任せられるものですか! 絶対に渡さないわよ!
姿の見えないプロデューサーにも届くように、私は声を張り上げて宣言する。
虎子さん……
わああああああああああっ!!
あんなが感極まった様子で私の背中に手を回したそのとき、なぜか歓声が爆発した。
私たちは抱き合ったまま、びくりと肩を震わせる。
客席を見ると、なぜか祝福するような温かい眼差しを向けられていた。
う、あ……
そこでようやく自分が何をしているのか気づいた私は、たじろぐように一歩後退さる。
場の空気が変わったことに気づいたのだろう。
司会者が、おずおずと近づいてきた。
感動的なシーンをお邪魔してすみません……そろそろ投票へと移らせていただきたいのですが……
し、失礼しました!
私は弾かれるように、舞台袖へ取って返した。
客席からは完全に見えないであろう奥にまで引っ込み、壁に両手をついて頭を垂れる。
あんなに告げた言葉に嘘はないが、時と場所をもっと考慮すべきだった。
ただでさえイレギュラーなことだらけだったというのに、投票に響かなければいいけれど……。
そう考えながら、ちらりとステージの方を見やる。
おおっとー! 両者すごい勢いで票が伸びていきます! 決勝戦は、予選のとき以上にネット視聴者が増えているようですね!
どうやら、無事投票がはじまったようだ。
この位置からではバックスクリーンの数字が見えない。
移動しようかどうか悩んでいると、ポケットの中でスマートフォンが振動した。
ん? メッセージが……プロデューサーから!?
私は慌ててメッセージアプリを起動させる。
そこには、『今度は全国ではなく、世界を旅してくる』というメッセージが届いていた。
いつの間に! というか、ようやく帰ってきたと思ったら、今度は世界って!
ふざけるな――という叫びは、司会者の声と湧き上がった歓声にかき消された。
アイドルドリームマッチ3の優勝は、LRism(リズム)だーーーーっ!
わあああああああああああ!
後日。
アイドルドリームマッチ3の結果については、賛否両論が飛び交っていた。
HOSHI NO ARIAはトラブルこそあったものの、そこからの建て直しやチームワークのよさ、パフォーマンス能力の高さが評価されている。
しかし、LRismに関しては、正当な評価よりも予想外のステージ対する『いいぞ、もっとやれ』などのネットコメントの方が目立ってしまっていた。
そもそも二曲歌うのは反則という冷静な意見から、楽しければなんでもありという無責任な声まで。
そこに、『杏菜・リンドバーグ』イコール『竜胆あんな』説が一緒くたになって、スポーツ新聞やワイドショーで取り上げられていた。
なお、コメントを求められた竜胆あんなの所属音楽事務所および担当マネージャーは全否定を貫いている。
その日、レッスン中のあんなのところへ、新EARTH・RAYの四人がやってきた。
同じスタジオでレッスンが入っていたとのことで、あんながいると知って顔を見にきたらしい。
仲良くするのは構わないけれど、あんなに変な影響を与えないでちょうだいね
変な影響、ですか……?
そう。あんなは正統派アイドルを目指しているんだから、杏菜・リンドバーグなんてイロモノの歌はダメなの。だから、EARTH・RAYの歌もあまり聴かせたくはないの
私たちはイロモノじゃないですってば!
そうだそうだー! 私たちは、正義の味方なんだから!
そういうところがイロモノだって言っているのよ
ドリームマッチを通して、過保護さがアップしたようですわね……
そうなんです。開催期間中は、あんなちゃんの成長を認めて、任せるところは任せていたんですが……
確かに、あんなが輝いているステージを目の当たりにして、改めてアイドルの魅力を実感したし、その成長に感動も覚えたわ。でも、それとこれとは話が別よ
グッと拳を握り締め、改めて心に誓う。
あんなが本当のアイドルになるまで、私がちゃんとついていないと……!
しかしそんな私をよそに、あんなと天音はいつの間にかレッスン場の隅で膝を突き合わせていた。
……虎子さんに、想いは伝えられたのかな?
自信はあんまりないけど……虎子さんが近くに感じられるようになったから、多分……
こら、そこ。何をこそこそ話してるの!
な、なんでもないです!
慌てている様子のあんなに詰め寄ろうとした、そのとき。
スマートフォンがメッセージの受信を告げた。
これは……ありすから?
ありすから送られてきたのは一枚の写真で、パリの街でアイスクリームを片手に意気揚々と歩いているありすと、大量のショッピングバックを抱えてふらふらしているプロデューサーが写っている。
どうやら、世界巡り中のプロデューサーは今、パリにいるらしい。
気になるというあんなたちにも写真を見せていると、続けてメッセージが届いた。
パリでの活動も区切りがついたし、日本でアイドリズム総選挙が行われることになったって聞いたから、私も日本に帰ることにしたから! 空港くらいには、迎えに来なさいよね
~ 完? ~