条件はそろっていた。

 シャル湖の澄んだ水面。

 夜空に星が浮かびだす頃、満月が水面に映りだす。

 アルフはフェミリアを抱きかかえ、ゆっくりと水の中に入っていった。

 そっと、壊れ物を扱うようなアルフの仕草を、ナタリーは岸から穏やかに見守っている。



あ……

預言者が呟いた。



 アルフはフェミリアをゆっくりと水面に横たえる。

 そっと手を離すと、フェミリアは浮いた。

 映りこむ満月がフェミリアに重なった。

 アルフがゆっくりと離れる。

 不思議と暖かい光がフェミリアに降り注いだ。

 フェミリアの首に掛かっていた夢見のペンダントが静かに消滅する。


ん……

 フェミリアの目がゆっくりと開かれる。

ここは……?

 


 フェミリアが目を覚ました。

 身体は浮かんだまま、満月を見つめていた。



フェミリア!


 アルフが水を掻き分けフェミリアの元に駆け寄ると、力強くギュッと抱きしめる。

え? アルフ? ここ……

うん、うん。いいんだ。君が生きていてくれるだけで……
























ね、僕らもあれやりたい

“僕ら”ってあんたと誰だい?

僕と君

嫌だ

ひどい



 預言者は口を尖らせる。

 何よりもフェミリアが無事でよかった。

 ナタリーはフェミリアの復活に心から安堵していた。






 生きていてくれたなら、あとは好きな男と好きなように生きればいい。

 フェミリアが選んだ男ならきっと大丈夫だろう。






 ふと、さっきから気になっていたことを預言者に聞いてみる。

さっき、あって声を出してなかったかい? どうしたんだ?

え? あぁ。聞こえてたんだ


 預言者は少し迷ってから口を開いた。




あの2人のね、未来が見えたんだ。予言がね、降りてきたんだよ

ふーん。どんな?

それは……。内緒かな

なんだそれ

 預言者は笑う。

 罪のない秘密は楽しい。

























おばさん! おばさんっ!!


 フェミリアは水から上がり、ナタリーに駆け寄ってくる。

フェミリア、無事でよかったよ

アルフから全部聞いたの。ありがとう!

いいんだよ、そんなの



 ナタリーは微笑んだ。

 フェミリアの目は預言者に向く。


あなた……

久しぶりだね

確かペンダントをくれた人……

諸悪の根源だね

ひどい

 預言者は口を尖らせた。

この人、おばさんの知り合いだったの?

いいや

子供の頃から運命の人さ

何を言っているんだ

照れなくてもいいのに

違う

え? え? どういうこと?


 フェミリアは嫌そうな顔のナタリーと楽しそうな預言者を交互に見つめた。


 アルフは笑っている。






















 


 4人が町にたどり着いた。

 一晩、フェミリアの復活を祝ってパーティーを開いた。

 それはとても楽しい時間だった。




 楽しかったからこそ、ここからはお別れが待っている。

 それが分かるから、しんみりした空気が流れていた。





この度は本当にありがとうございました

 沈黙を破り、アルフが深々と頭を下げる。

いいんだよ。フェミリアが無事で本当によかった

いつでも遊びに来てね

あぁ。場所さえ分かれば、いつでも来れるよ


 別れは惜しい。



 でも、また会える。



 手を振り、ナタリーはテレポートを使った。



















 あっという間に家にたどり着いた。

で、あんたはどうするんだい?

どうするって?

これから、どこかへ旅立つのか? 行くところはあるのか?

え? ここじゃないの?

……暮らす気かい?

あたりまえじゃないか!

 預言者は胸を張っていう。

ひとりになった君を、他に誰が守れるって言うの?

……随分前からひとりだったんだが

 ナタリーはため息をついた。

 まぁいいか。




 フェミリアの焼いたパンは当分食べられないだろうが、畑を広げて麦でも育てればいい。

 野菜なら1人でも余るほど収穫できるから困ることはないだろう。


 1人増えたところで食べるのに困ることはない。






 何より、退屈で困ることはなさそうだ。



預言者、あんたの名前、まだ聞いてなかった

え? 言ってなかったっけ?

 預言者は首をかしげた後、ふわりと笑った。

僕の名前はサテン。預言者サテンって言うんだよ

ふーん

え? 何その反応

 サテンか。

いい名前だな

そう?




 一文字間違えれば悪魔の名前。

 だけど、間違えはしない。




今度万物のチカラのような、とてつもないものに出会ったら、真っ先にわたしに教えるんだよ

うん

 サテンはやさしく笑った。






 ひとりじゃないってそういうことなのだろう。




ちょっと畑に行って来る




 ナタリーが扉を開けると、視界いっぱいにやさしい木漏れ日が降り注いでいた
















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