キシキシと家が鳴く。
 天井や二階へ続く階段、壁に床下。時々、廊下もキシキシと鳴く。
 この古い家に住んで一週間。僕は真夏の熱帯夜にも関わらず、頭からタオルケットを被り、ラジオのボリュームを上げて寝ている。
 最初はテレビをつけていたが、なぜかすぐに消えてしまい、何度つけても同じだった。

 エアコンは壊れていて、家に置いてあった古い扇風機を使っている。
 その扇風機はどこか不具合があるらしく、風を僕の方に向けて固定したのに、気づけば、首を振っている。
 もう何もかもが、僕を怖がらせようとしているとしか思えない。     
 そんな疑心暗鬼に陥りながら、自分の軽率な判断を深く後悔していた。

 そもそも、この一軒家は、僕の家ではない。友達の友達。つまり、僕にとっては赤の他人だ。

 事の発端は、僕が家賃滞納でアパートを追い出されたことだった。
 お金のない僕は、友達の家を転々とするしかなく、居候先からは、最初こそ普通に接してくれていたが、段々嫌がられるようになっていた。
 ある日、ウンザリした友達が、良平という男を連れてきた。
 良平は僕と同い年らしく、初対面からやけに馴れ馴れしかった。

住む家がないんだって? それなら、助けてやるよ。二年前に亡くなった祖父の家があるんだよ。今は空き家だから、住んだらいいよ。家賃? 家賃なんていらないよ。友達を助けるのは、当然だろ?


 そう豪快に笑って、僕の猫背を何度も叩いた。僕は背中の痛みに顔をしかめながらも、この大らかな男が救いの神のように見えた。

 引っ越した当日。家の中は二年前の家具が全て置いたままで、未だに生活が続いているようだった。
 ただ、壁にかかった二年前のカレンダーや庭に生い茂った雑草の長さで、時間が止まっていることを感じさせた。
 生活を始めるのには、必要な家具や家電がそのまま残っているのは、ありがたかった。
 これで家賃がタダなのだから……世の中、そんなウマイ話はない。
 夜になると、静かな家に響く謎の音は、僕を大いに悩ませることになる。 

 連日の夜のラップ現象に、耐え切れなくなった僕は、様子を見に来た良平に泣きついた

 自分の祖父の家を幽霊屋敷扱いされ、不機嫌になるかと心配したが、良平は想像と全く違う反応をする。

えっ? 音だけ? ラップ現象だけ? 他に白い人影とか見なかった? 

 ……なんだろう? この拍子抜けしたみたいな顔と言葉。
 白い人影ってなんだ?
 この家はそういう家だって、良平は知ってて僕に貸したのか?
 僕は人影とかは見てないと答えると、良平は一人でブツブツ呟き始める。

おっかしいなぁ~……。よっぽど鈍感な奴なんだな

 鈍感? 誰が鈍感なんだ?
 ……あっ、もしかして……良平は幽霊が見えるのか?
 それなら、どうして幽霊がいる家を僕に貸したんだ? 
 家賃を取ったなら、金目的だってわかるけど……何が目的なんだ?
 僕の中で、良平の不信感が膨らんでいく。

 僕がどういうことだと訊こうとしたとき、

 背後からの音に振り向けば、消していたテレビが付いていた。
 僕は悲鳴を上げ、尻餅をついたまま後ずさる。
 そんな僕の様子を見ていた良平は、疲れた顔をする。

他の幽霊と一緒に住めば、自覚してくれると思ったんだけどなぁ……

 ……自覚?

何でおかしいって気づかないんだ?

 おかしい? 何が?
 僕は良平の言っている意味が分からず、首をかしげる。

お前、家賃が払えなくて、家を追い出されたんだよな? じゃあ……今まで飯はどうしたんだ? この家に来てから、買い物に行ったか? 飯を食ったのはいつだ?

 良平は次々と質問を投げかけてくる。
 僕はそれにどれも答えることができない。
 思い出せない……僕が最後に食事したのはいつだ?
 食べてない。食べないで、僕は……僕は……どうして生きてる? いや、生きてる? 生きてるのか?

自覚始めたか。お前は幽霊なんだよ……。同じ幽霊と一緒に住めば、自覚すると思ったんだが、失敗だったな

 僕は幽霊……そっか。だからか。居候先の友達が嫌がっていたのは、僕が幽霊だからだ。僕という幽霊が起こした心霊現象に悩まされてたんだ。
 ……今、僕がラップ現象に怯えてるみたいに。
 じゃあ、幽霊の僕を引き受けた良平は……
 

俺はエクソシストでも坊さんでもない。ただ、幽霊が見えて、話を聞いてやったりできるだけだ。時々、お前みたいに幽霊の自覚がない奴に、幽霊だって教えてやったりな

 視界が赤く滲んでいく。
 良平の輪郭もぼやけていく。

あ~あ、また現実逃避するのかよ

 良平の大きなため息が、遠ざかっていった。

 僕の目の前には、良平と名乗る男が座っている。
 良平は僕の友達の友達。赤の他人だ。
 それでも、歳が同じくらいのせいか、やたらと馴れ馴れしい。

なあ、幽霊の中には、自分が幽霊だって気づかない奴もいるんだぜ。しかも、他の幽霊にも気づかないんだ。困ったやつだよな

 僕は幽霊とか苦手なのに、良平はさっきから熱心に幽霊の話をしてくる。良平こそ、困ったやつだろう。

……おまけにさ、幽霊だって自覚した途端、記憶喪失になるんだ

 良平は真剣な表情に変わり、じっと僕の顔を見つめる。
 なんだろう? 急に。
 良平の視線が突き刺さっているようで、僕は不安で胸がざわつく。

つまり……振出しに戻るってやつ。自分が死んでるって事さえ気づけずに、永遠とこの世界を彷徨うんだぜ……怖いよな?

 僕は何故か震える体で、無言で頷いた。

ラップ現象付き物件

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