今を遡ること数十年前。
かつて世界中が戦火に塗れ、各国が所かまわず激しくぶつかっていた大戦があった。
今を遡ること数十年前。
かつて世界中が戦火に塗れ、各国が所かまわず激しくぶつかっていた大戦があった。
その大戦の最中、本土にまで攻め込まれ、一気に不利な状態に追い込まれた日本政府はついに、協会の禁を破って魔法使いを戦争に投入することを決めた。
その効果は凄まじく、科学兵器では決して成しえない大規模な破壊を撒き散らし、一時的に日本は再びの優勢を獲得する。
しかしそれも長続きしなかった。
禁忌を犯した日本政府に魔法協会が激怒し、粛清に乗り出したのだ。
魔法使い同士の戦いは、一島国の魔法使いと魔法協会に所属する全ての魔法使いという圧倒的な人数・戦力差もあり、一方的なものとなった。
これに対し、日本側の魔法使いたちはその戦力差をひっくり返すべく、大規模な魔法を行使した。
鬼神召喚
当時生き残った日本側の魔法使い全員のすべての魔力と命を代償に召喚された鬼神は、協会側に甚大な被害をもたらすことに成功する。
その鬼神の力に目がくらみ、大戦で逆転を狙おうとした日本政府だったが、鬼神を制御することは叶わず、それどころか鬼神が国内で暴れまわったため、結局魔法協会に泣きつくことになった。
一方その魔法協会も、鬼神に戦力を全滅させられることを恐れ、協会に所属する魔法使いの総力を持って封印に乗り出した。
のちに魔法協会の中では鬼神戦役と呼ばれることになるこの戦いで、多くの優秀な魔法使いや一族を犠牲に出しながらもどうにか鬼神を封印することに成功した。
……その鬼神の封印が破られる可能性があると?
直属の部隊員たちと長い廊下を歩きながらテネスが問うと、ルクスがわずかに瞑目しながら頷いた。
ええ……
あくまでも現状から導き出した推測でしかありませんが……
おそらく間違いないでしょう……
それ以外に彼女があの地へ向かう理由も、魔力を奪う理由もありません
封印された鬼神を見つけるのにも、その封印を破るのにもたくさんの魔力を必要としますから……
だが鬼神戦役のことは知っていても、それがどこに封印されているのかまでは分からないはずだ……
我々協会の上層部にしか知られていない、超がつくほどの機密事項だぞ?
我々上層部の中には彼女の境遇に負い目を感じているものもいますから……
おそらくそんな彼らから情報が漏れたのでしょう……
くそっ、と毒づいて黒い少女は拳を掌に打ち付ける。
うちの上層部の老人どもは機密情報すらも守れないというのか!?
テネスから黒い魔力があふれ出し、部下たちがその気配に怯えをみせる。
その空気を敏感に察したルクスが、まるで幼子をあやすかのように、片割れの少女の頭をゆっくりと撫でた。
落ち着いてください
そんなことを言って上を責めたところでどうしようもありません……
今は彼女を……カレン・マルヴェンスを止めることを優先させましょう……
かつての悲劇――鬼神戦役を繰り返さないために……
…………そうだな……
すっと魔力が納まったことに部下たちは内心ほっとしつつ、協会が魔法使いを瞬時に送り込むための転送魔法陣がある部屋の扉を開け放った。
……そう……あの人たちが……
……うん、こっちは大丈夫……
元気にしてるよ……うん……
ちゃんとご飯も食べてるし……
寂しくもないよ……
……うん、おばさんも元気で……
あ、……マリエールおばさん……
その…………
あ……ありがと……
それじゃ……
学校の屋上の影。
目の前に浮かぶ魔法陣で故郷の育ての親と話していたカレンは、最後にどこか照れくさそうな、それでいて悲しそうな、そんな複雑な顔でお礼を言った後、そっと通信魔法を切った。
魔力供給を止められ、解けるように崩れていく魔法陣を眺めながら余韻に浸っていたカレンの肩に、使い魔の黒猫がぴょんと飛び乗る。
ちゃんとお礼は言えたみたいだニャ?
心残りはニャいのかニャ?
クロエの問いに、カレンは胸の前で両手をそっと握り締めながら頷く。
うん……大丈夫……
ちゃんとお別れは済んだよ……
それニャらいいニャ……
アレを見つけてしまった以上、もう止まることはできニャいからニャ……
そうだね……
多分、そろそろ協会も動き出すだろうし……
何より、私はお父さんとお母さんを奪った協会を許すつもりはない……
ただ……
思ったよりアレの封印が硬くて……
手元にある魔力だけじゃ破れそうにないんだよね……
それニャらちょうどいいニャ……
ついさっき、あいつらが直属の部隊を連れて動き出したって連絡が入ったニャ……
奴らを使えば問題は解決だニャ……
そう……
それじゃ、すぐに準備を始めなきゃね……
と、そのとき。
ゆっくりと屋上の扉が開き、カレンの事情を知る一人の少年が姿を現した。
もう一つの懸案事項が向こうから来たニャ……
黒猫の言葉に「そうね」と頷くカレンの下へ洸汰が駆け寄る。
ここにいたのか……
カレンさん……俺さ……
考えたんだけど……
ああ……ちょうどよかった……
私もキミに話があるの……
洸汰の言葉を遮り、カレンが徐に切り出す。
唐突だけど、私……
学校辞めるから……
はっ……?
えっ……?
いきなりの退学宣言に頭がついていかない洸汰を無視して、カレンは淡々と続ける。
ついさっき、魔法協会が動いたって連絡があったの……
だから学生なんてやってる場合じゃなくなった……
それにキミともここでお別れをしないとね……
正直に言って、魔法を使えない一般人のキミがいると邪魔になるだけだから……
だからここでお別れ……
キミも魔法を忘れて今までの普通の生活に戻るといいよ
それがキミの進むべき道だと私は思うから……
くるり、と踵を返し、洸汰に背を向けたカレンは、小さく呪文を唱えて、魔法少女へ変身する。
それじゃサヨナラ……
短かったけど学生は楽しかったし、キミと一緒にいた時間も……多分楽しかったよ……
静かに言い残し、魔法使いの少女は屋上から姿を消した。
後に残されたのは、事態を飲み込めず、呆然と佇む洸汰一人だけだった。