瑛斗

……


 どういうことなんだ?
 どうしてあんなに玲菜は俺を……

 本当にわからないのだろうか?

 なにもかも忘れ、
 全て無かったことになってしまったのか?

 そんなの、いくら何でもあんまりだ……

千広

違うのよ、えーくん

瑛斗

え……?

女性

……やっぱり、覚えてないの……

千広

そうよね……
あんなこと、思い出したくないはずだわ

瑛斗

あの、どういうことですか?

 千広さんはなにか躊躇うように口を結んだ。

 しかし、
 言葉は漏れ出すように
 紡がれた。

女性

……これが、
私から言うべき事では無いのはわかってる

千広

でも、言わずにはいられないの

 千広さんはゆっくりと口を動かし、

千広

玲菜は、
あなたが引っ越す前に事故に遭ったのよ

瑛斗

……事故?
なんですかそれ。
俺、知らな――

千広

いいえ、
あなたも知ってるのよ、えーくん

 千広さんの言ってることが
 よくわからなかった。

 俺が知ってる?
 いや、そんな記憶は一切無い。

千広

そう、
あなたは忘れようとしているの

千広

その事故のこと――――
あの交通事故

 そして俺の視界は、
 真っ白になった。

瑛斗

ここは……?

 カンカンと日が射した道ばたに、
 俺はいつの間にか突っ立ってた。

 麦わら帽子を被って、
 右手には虫取り網。

 虫かごのひもを肩から提げていた俺は、
 まるで子供に返ったかのような
 感覚を覚えた。

瑛人

……違う

 そうじゃない。

 ここは俺の記憶の中。
 今の俺は、子供の頃の俺だ。

玲菜

えーくんっ!

 ふと、声をかけられた。

 それは、他の誰のものでも無い。

 玲菜(親しき友人)の声だ。

玲菜

どうしたの?
ぼぉ~っとして

瑛人

いや、なんでもない

玲菜

今日こそは
カブトムシ捕まえるんだよねっ!

玲菜

えっと、なんて言ったっけ?
へらく……ろす?

瑛人

ヘラクレスオオクワガタ……な。
しかも、カブトムシじゃないし

玲菜

そうそうそれ!
ヘラクロスオオクワガタ!

瑛人

……わかってないだろ

玲菜

まぁ、なんでもいいやっ!
早く行こっ!

 そう、
 俺はこうやって毎日のように
 玲菜と遊んでいたんだ。

 この記憶も、
 今と同じ夏休みのものだった気がする。

 このときの俺は、
 テレビでやってたアニメの影響でか
 昆虫採取に夢中になってたのだ。

 たしか、
 ヘラクレスオオクワガタを
 捕まえようとしたのもそれが原因。

瑛人

待って、玲菜。
そんな急ぐと危ないよ!

玲菜

なに言ってるの!
いそがばまわれ?
ってお母さんが言ってたよ!

瑛人

たぶん言いたいのは『善は急げ』なんだよね?
『急がば回れ』ならゆっくり行くんだよ

 そうだ。
 この時の玲菜はこんなにも
 活発で眩しかった。

 それが、どうして……

 ――交通事故。
 千広さんはそう言っていた。

 この記憶を辿っていけば、
 俺は思い出すことが出来るのだろうか。

 ――見たくない。
 ――知りたくない。

 どこからか聞こえてきたそれは、
 もしかしたら自分の心の声
 だったのかも知れない。

少年はまた、一つ思い出す

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