物語の、あえて言うなら、一昔前の漫画やライトノベルなんかの高校生主人公には、”普通”を求める人物が多い様に思う。だけど、果たして、これまで、それなりに普通の人生を歩んできた若者が"普通"の価値なんて実感できるものか。
 僕には分からない。
 ”普通”ってのは大抵、良くも悪くも”異質”に惹かれるものだと僕は思う。
 僕は、多分そういう思いが普通の人よりもさらに強い。
 そんなだから、きっと彼女に抱いた思いも、最初はそんなものだったのかもしれない。

第一章 邂逅する

 僕は、いつもと同じように、自室のベッドの上で目を覚ました。

時計を見た。7時6分。6時から数えると6時66分だ。どうでもいいや。

 今日、2012年6月1日のカレンダーを見てみると、月曜日だった。いつもの事だが、憂鬱な学校に行かなくてはならない訳だ。

 僕は登校時にも下校時にも、近所の公園を通る。

 だから何だという訳でも無いけれど、何となく、ここの静けさというか、雰囲気が好きだった。

 公園と言えば”色々ありそうな”ロケーションだ。こういう所ではよく、不思議系の人が出没したりする。
 場合によっては吸血鬼が戦ってたりもする訳だ。


 ……なんて事があったら面白いかもしれないけど、ここはそんなに愉快な世界じゃない。
 だから、高校にこれまで1年間通った中で常にここを通ってきたけど、これといって妙な事は無かったし、これからもきっと無い。

??

はぁ……


 学校に着いて、ついため息が出てしまう。余り学校は好きな場所ではない。
 嘆いても仕方がない。
 今日も一日、多少頑張って生きよう……

??

痛ッ!!


 いきなり何者かに背中を叩かれる。こんな失礼な人は、きっとあの人だろう。

??

おはよー、いーちゃん

??

あ、おはようございます

??

じゃなくて、毎度叩かれると痛いからやめて欲しいんだけど……

??

相変わらず弱者だなぁ、いーちゃん

??

いつもの事ながら随分言いたい放題言ってくれちゃいますね澪里さん

 この、僕――光野逸貴(こうの・いつき)――を"いーちゃん"なんていうふざけたあだ名で呼んだ女の人は、朱鷺生澪里(ときせ・れいり)。

 僕と同じクラスの人。こんな事を考えるのは若干恥ずかしいけれど、完璧超人で、その上相当美人だ。

 色々あって、まあそんな凄い人と友達付き合いをしている。

 しかしこの凄い人、性格が余りにもふざけすぎている所為で、見た目のわりに、全く他の生徒や先生からの人気が無い。
 本人が一切それを気にしてない感じなので別に大丈夫だろうけど。

澪里

んで、こんな所で何してるの?

逸貴

いやいや、呼びとめたのは澪里さんじゃ……


 もういいや。面倒くさい。
 この人はまあ置いておいて、僕はさっさと学校に入った。

澪里

待ちなって兄さん、女の子を置いてくの?

 澪里さんが後ろで何か言っているが気にしない。

 僕と澪里さんの所属している2年Δ組の教室に向かう途中。
 廊下の掲示板には人集りが出来ている。

逸貴

中間テストかぁ……

 ついため息まじりに言う。本当にため息だらけの人生だ。
 
 僕が今通って実際に立っている市立桜冠高等学校は、この辺りではそこそこのレベルの偏差値を持つ。
 僕もそれなりに、一過性の背伸びと無理をして、ここに進学したというものだ。
 そんな一過性の背伸びをしたものだから、1年の初期から今まで、授業内容のレベルの高さに圧倒されている。
 おかげでテストの順位も中、下手すると中の下位に甘んじてしまっている。

 ふと、本当に何となく、テストの順位が人生の順列を写像しているような気がして、嫌になった。

 兎にも角にも、僕は掲示板の順位表を眺める。

澪里

いーちゃんどうだった?

逸貴

ちょっと待って、僕は澪里さんと違って、探すの大変なんだよ

 この人は、自分のテストの順位など見ない。
 だが、良すぎて見るまでも無いと思っているのかと言われれば、多分そういう事でも無い。
 
 多分、単純にテストの順位なんてものに興味が無いんだろう。この人はそういう、周りの価値基準に興味を持たない人だ。

 ところで、この学校には"トップクラス"の有名人が3人居る。それが誰かは、この順位表を見ても分かる。

"1位:朱鷺生 澪里"
 まず、僕のすぐ傍に居る人だ。多分、一切自主的に勉強をせずして教科平均点が100点になるのはこの人位だろう。
 はっきり言ってしまえば、この人にはこの学校すら勿体ない。国内有数の名門学園だかに行った方が良いレベルだ。
 実際、元々はそのつもりだったみたいだけど。
 そんな感じで勉学優秀な訳だが、まあ単刀直入に言ってしまえば、この人は性格がおかしい。
 僕が澪里さんに、厨二病的な二つ名を付けるとすれば、それは<完全索引>と言った感じである。
 この人は、おおよそ他人に理解できるような論理を持ち合わせていない。例えるなら、入力から演算処理をすっ飛ばして直接答えに至るような思考体系をしている様なのだ。
 彼女は、間違いなく他の誰よりも非凡だ。故に、周りに避けられるのだろう。

"2位:神領零次(じんりょう・れいじ)"
 そして次はこの人。2年α組の学級委員長、さらには生徒会長をやっている。
 僕は彼を一目見た事があるが、男の僕から見ても、優れた雰囲気を持っていると思える。
 成績も澪里さん程ではないが、非常に優秀で、教師の評価は最高。
 眼鏡をかけたその知的な雰囲気に惹かれる女子も多い様だ。
 さらに外見だけでなく、性格も良いらしい。澪里さんと微妙に名前が似てるけど、性格は大違いみたいだ。
 運動能力も高く、色んな部活からスカウトが来るが”家の手伝い”を理由に断っているらしい。

"3位:染井芳乃(そめい・よしの)"
 三人目がこの人。うちのクラスの学級委員長はこの人だ。生徒会副会長もやっている。
 ところで、この時期、つまり前期生徒会の会長、副会長が両方とも2年生というのは珍しい事だとか。
 余程に今年の2年がぶっ飛んでいるのだろうか。いや、この人たちが凄いだけだけど。
 とは言っても染井さんは成績に関しては上二人と大きく差を開けているし、これといって、特別な雰囲気は感じられなかった。
 言ってみれば、”普通の人代表”という感じだろうか。
 とはいえ何事にも優秀で、人当たりも良いので”学園のアイドル”的なポジションに居る人だ。少なくとも僕が偉そうに評価できるような人間では無いのだろう。

"121位:光野 逸貴"
  このボンクラっぷりだ。いや、その言い方は僕より下の人に失礼か。

澪里

おや、なんか偉そうな事考えてるなぁこのボンクラめっ

逸貴

ごめんなさい


 澪里さんは僕の考えてる事なんかお見通しで、本当に敵わない。

 さて、何となく何とやらしているうちに、今日も忌々しい授業が終わり、下校時刻になった。

澪里

じゃあ行くかね

逸貴

そうだね

澪里

カラビ・ヤウ空間に!

逸貴

……行けるもんなら一人で行ってください


 本当に何を思っているのか分からない人だ。
 そんな訳で、僕は、僕らの部室に向かう。

 部室。

澪里

ここに入った瞬間から、あなたは<熱心者(ジーレイター)>だ!

逸貴

僕は魔術師になった覚えはないよ

澪里

え? でも割と魔術勉強してるじゃん

逸貴

いやそうだけど所詮趣味の範囲だし……

 ここは邪気眼追求会、もといオカルト研究会である。

 普通じゃない事が大好きな普通じゃない澪里さんと、同じくらいに普通じゃない事が大好きな普通以下の僕、二人しか居ない研究会である。
 会長は澪里さん。というか、この研究会を立てたのは彼女だ。

 主な活動は名前通り、オカルト、例えばオーパーツだとか、魔術だとか、後は陰謀論だとか、そんな事について語ったりするだけの場所だ。
 部活動ではなく研究会止まりなので、部費が出ない。従って、この部屋にあるオカルティックな雑誌や魔導書もどきは、全て澪里さんや僕の私物だ。

 ちなみに、以前、僕が彼女に告げられた魔術位階は<実践者(プラクティカス)>だったのだが、何故か1ランク落とされた。十中八九、澪里さんの気分だろう。

澪里

いやいやまあそれは良いんだけどさ、聞いてよ聞いて!

逸貴

今度はどうした?

澪里

私、新しい魔術体系の開発に成功しちゃったかもしれない

逸貴

あーはいはい、それはすごいですね

澪里

うわ物凄い棒読み! 物凄い興味なさそう!

逸貴

いやいや興味深いよ、世界を変える力がどの程度か僕に見せてくれ

澪里

うわ何その台詞だっさ!

逸貴

……コイツ

 駄目だ。この人は本当にお馬鹿だ。天才的お馬鹿だ。

……とまあ、そんなこんなで、下らない会話をしたり、いかにもオカルトな映像を見たりして、時間を潰した。

澪里

そろそろ帰ろっか


 時計を見ると、そろそろ最終下校時刻の6時が迫っていた。

逸貴

あぁ、もうこんな時間か

 僕と澪里さんは、そそくさと荷物をまとめ、部室を後にした。

澪里

ねぇねぇ本屋寄ってかない?

逸貴

そうだね

澪里

多分今日あの本入荷してる筈なんだよ

逸貴

あの本?

澪里

あれだよあれ、『斑鳩法の全て』ってヤツ

逸貴

ああ……

 斑鳩法と言えば、日本に古来より存在すると云われる暗殺集団が使う戦闘技術だったか。まったくもってオカルトである。

逸貴

……

 それ以降、特に口を開かなかった。
 けど、特に気まずいとは思わない。
 澪里さんはいつもの様に笑顔で、軽い足取りで歩き続ける。

 僕はこうして、下校だけは澪里さんと途中まで一緒に帰る。
 そして、時々道中の本屋に寄ったりしている。

澪里

おやすみ、また明日

逸貴

うん、また明日

 たったそれだけの事を云うと、僕らは道を分かれていく。

 大抵、下校時は僕も澪里さんもこんなテンションだ。何の事も無い、ただ疲れただけ。それでいい。
 どうせ家に帰ったら、食事だとか風呂だとか、あるいは課題に追われなくちゃならないんだ。

 澪里さんがいつも何を考えてるのかは知らないけど、僕としてはこの時くらいは穏やかな気持ちで居たいから、それで問題無い。彼女と馬鹿やってるのも、もちろん楽しいけれど。

 いつもの公園。

 この喧騒から解放された場所では、虫の鳴き声が響いていて、落ち着いた気分になる。
 そのまま気分に任せて、ベンチに座ってぼーっと空を眺めたりする事もある位だ。

逸貴

はぁ……

 何となくため息をついて、ジュースの自販機とベンチのある所へ歩いていく。

 すると、何とも珍しい事に。

??

ふぅ……

 そこには、先客が居た。

 綺麗な長髪が、闇に浮き出ていた。白い肌が、僅かな明りに照らされていた。
 その少女が空を眺める姿は、一つの絵の様だった。

澪里

……つづくっ♪

第一章 邂逅する

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