あるところに、ひ弱な亀がいた。ひ弱な亀は、何時ものように子供達に手足を蹴られ、わんわんと泣いていた。
あるところに、ひ弱な亀がいた。ひ弱な亀は、何時ものように子供達に手足を蹴られ、わんわんと泣いていた。
どなたか、どなたかお助けを
はは、亀が泣いてるぞ!!
亀が弱々しくなるほど、子供達は喜び、亀へのいじめもヒートアップする。
誰か助けて! 亀は心の底から願った。
すると、そんな亀の声を聞いたかのように駆けつける青年が一人いた。
ボディービルダーいじめはやめろ!
ボディビルダー? もしや自分のことだろうか? 海中サッカーで鍛え上げられた筋肉は、確かにボディービルダーにも見える。
声の方を見ると、亀をボディービルダーと言ったのは、島一番に勇ましいと聞く浦島太郎(うらしまたろう)であった。
だってこのおっさん、筋肉ムキムキなのに弱いんだぜ~? 可愛がって何が悪いんだよ!
……!
浦島の感情はピークに達した。ボルテージが限界を超えると、一歩一歩に体重をかけながら、少年達に近づいて行った。
な、なんだよ
禍々しい気を持って近づいてくる浦島に、少年達もひるむ。浦島が少年の前に膝まづくと、少年を睨んで言った。
……そんなボディービルダーより、俺をいじめろ!!
……エエエエエエッ!!! 亀は驚愕した。
浦島の言葉を聞くと、子供達は一斉に逃げ出した。
うわああ! やっぱりドMの浦島だあああ!!
と、言い残して。
浜辺には、残された浦島と、それを茫然と見つめる亀。浦島は、亀の方に近づいて行った。何だか嫌な予感がする。海に飛び込もうとしたが、太い腕を思い切り掴まれた。
なぁ、お前で良いから頼むよぉ
……あの、私には用事がありますので……
数分くらいは時間あるだろ? これでチャチャッとやってくれよ
浦島は、持っていた釣竿を強引に亀へと手渡す。それを、腰に向けてツンツンと指をさし、打たせようと促す。
一回やったら開放してくれるだろうか。浦島に現実の痛みを知らさせる為、亀は全力で腰に打ちつけた。
……も、もう一度頼む!!
い、いや……
まぁまぁ堅く考えないでさ、お前だって子供にいつもいじめられて腹が立ってたろ? それを、俺にぶつければ良い。で、俺はそれを喜ぶ。幸せのスパイラルじゃないか!!
浦島に上手いこと言いくるめられ、亀は浦島に更に釣竿を打ち続けた。通りすぎる島人が、白い目で見ている。
「あの人達、そう言う関係なのかしら?」
と。
亀はこの時点で、次からこの島に来るのを止めることを誓った。
は~スッキリした! どうもどうも!!
こっちはスッキリしたような、しなかったようなです。やっぱり人を甚振るのは良くないことだと学んだ気がします
真面目な亀の言葉に浦島は笑った。
しかし、そんな浦島の体には、あざや小さな傷がある。これで罪悪感を感じない者などほぼいない。
申し訳なく思った彼は、彼にお詫びをしようと考えた。
あの、お詫びと言っては何ですが、宜しければ我等の住む、竜宮城(りゅうぐうじょう)と言う城へ行きませんか?
お詫びなんて良いのに。でも、城は気になるなぁ
でしたら是非! 美しいお姫様もおりますから
亀の背中に乗り、浦島は海の中へと潜り込んだ。亀の力なのか、不思議と海でも息が出来る。深い海の底へと降りて行くと、大きく荘厳な城が一つ見えてきた。
城の前に着くと、浦島はその城をキラキラとした眼差しで見た。亀にとっても、この城は自慢だ。浦島の反応に、鼻が高くなる。
ささ、中へ入りましょう
まだ城の外側を見たそうな浦島を強引に中へと連れて行く。ブーブーと唇を尖らせていた浦島が、中を見た瞬間に、またもや目を輝かせた。中も荘厳で美しい。立派な石工の柱を、思わず触る。
これは凄いなー!
でしょう、でしょう! さ、どうか姫にもお会い下され
亀に促され、浦島は水中エレベーターに乗った。ガラス製の室内から、魚の姿を観賞出来るようになっているのには、浦島もつい唸る。
城の最上階へと移動すると、大きな扉の前に立つ。
門番に亀から浦島に助けてもらったと説明すると、門番二人が扉を開いた。
おや、お客人とは珍しい
深海のように青い髪の、美しい女性が、浦島を見て自ら近寄っていった。人間とはほとんど変わらない姿だが、耳が魚のヒレのようになっている。どうやら彼女が乙姫らしい。
乙姫は浦島の体を上から下までじっくりと見る。美女に見られる為か、浦島も妙にドキドキする。見終わると、乙姫は素早く顔を上げた。
この傷は、名誉の負傷か?
まぁ、そうとも言いますね!
自信満々に答える浦島。ある意味、ね。隣にいる亀は心の中で訂正する。自分が甚振りましたと言うと、乙姫に怒られそうなので、亀もあえて口にはしなかった。
乙姫は浦島の返答を聞くと、途端に笑顔になる。
……素晴らしい!!
え?
こやつは何時もガキンチョにやられておるからの。でも、そこを果敢に立ち向かうとはなんと頼もしき男か! さしずめ、大男にぶたれたりもしたことだろう!!
まぁ、確かに大男にぶたれましたが……
そこで照れるな気持ち悪い。亀の鍛え上げられた腕に一瞬で鳥肌が立つ。
かっこいい! かっこいいぞこのこの!! まるでヒーローのようだ!!!
乙姫が肘で小突くと、浦島も満更でもなさそうに照れる。自ら望んで甚振られた傷が名誉の負傷だなんて。亀は呆れた。
乙姫、なにやら足音が多く聞こえてくるのですが
そうだな。もしや何かあったのかもしれん。一体何が……
乙姫が話す時、二人の門番が倒された。咄嗟に亀が乙姫を後ろにやると、亀と浦島が扉の方を見る。すると、そこから数人の魚人が現れた。
ケッケッケ、ここの守りはザルだなぁ
全くねぇ。アタシのお色気作戦でコロッといっちゃうなんてバカなオ・ト・コ・タ・チ
……
お前等! 竜宮城は渡さんと何度も言ったはずだろう!?
え、これ普通に進んじゃう系?
お前達がしつこく渡さんと言うから、此方の主がお怒りになったんだよ。大人しく売っときゃこんな犠牲者は出なかったろうに
倒された門番は、顔中にうろこが生えていた。息はしているようだが、完全に魚人化が進んでいる。魚人に倒されたがゆえの症状のようだ。浦島も察すると、うわぁと顔をしかめた。
あれはなりたくねぇなぁ。特に、あの人間の足生えてるヤツ
……
浦島さん、今一度だけ、力をお貸しいただけませんか? 今、残されているのは、私と貴方と乙姫しかいません
任せな。その代わり、報酬は高くつくけどな
そう言って体を撫でる浦島。亀は口元を押さえて嗚咽した後、懐に隠していた小刀を取りだした。浦島は伸縮性のある釣竿を持ち、ムチのように振った。
魚人兵も剣を構えて亀と浦島に向かって行く。
浦島が釣竿で立ちうちしようとしたが、その前に亀が魚人兵の剣を瞬時に吹き飛ばした。俺要らないじゃん。浦島は心の中でつっこんだ。こんなにも強い大男が、何故子供達にいじめられていたのだろう。浦島は改めて不思議に思った。
しかし、魚人兵は思いのほか多い。亀一人じゃ太刀打ちできない量になってきたので、浦島も釣竿を振るって魚人兵を返り打ちにした。
キャー、かっこいい!!
目の前で繰り広げられる戦いに、乙姫は腰を振って喜んでいた。幾らドMでも、女性の目は気になる。乙姫が喜んでいるを見るとつい調子に乗り、浦島も全力で戦った。
雑魚兵を倒しきった所で、残ったのは、亀に話しかけていた魚人兵三匹のみとなった。
さ、これであとはお前達だけだ
逃げるなら今のうちだぜ。何なら、こっちの兵になった方が無難なんじゃねぇか? な、乙姫様?
浦島が乙姫を見ると、先程まで敵対視していた魚人兵達も、すがるように乙姫を見た。
え~。魚人を仲間に加えるのかぁ? ちょ~っと、美しい竜宮城には合わんのだが~……
オイ、そりゃあないって乙姫様。どんな相手でも大きな度量で接する。それが愛される姫ってもんさ
たまには良いこと言うじゃないか。亀は感心した。
……すまない。本当はオレ達もこんなことしたくなかったんだ。けど、あの魚男(さかなおとこ)がオレ達を自由にしてくれなくって
そうなのか?
ええ。私達だって元は人間だったのよ。それを、あの魚男があんな凶悪な魔法を使った所為で……ううっ、悔しい!
アンタもなのか?
魚の体から足の生えた魚人にも聞いてみるが、この魚人だけ返事をしない。浦島が不思議に思っていると、代わりに魚人の一人が話し始めた。
……その人こそが、オレ達の本当の主、オレ達の国の姫なんだよ
ええ!?
そ、そうなのか!? お前達のとこの姫って、確か超美人なあの……それが、アレだと言うのか?
ああ。紛れなく。彼女こそが、我等が城の主、星姫(ほしひめ)様だ
亀と乙姫は、星姫と呼ばれる魚人を見た。亀は痛ましそうに星姫を見ていたが、乙姫はその表情をやがて崩すと、堪え切れずブフッと笑う。亀と浦島は、思わず、「オイ」と同時につっこんでいた。
そりゃああんまりだな。しかも、年頃のお嬢さんがなっちまうなんて。どうにか出来ないのか?
どうにか、か。もしかしたら、お前達なら出来るかもしれない
手があるのか!?
確証はないが、そもそもこの魔法をかけたのがあの魚男なんだ。アイツを倒せば、オレ達は勿論のこと、オレ達が倒したヤツ等も元に戻るんじゃねぇかなぁ
そうよ、ソレだわ! ねぇ、どうか私達を助けてちょうだい!!
レディ(っぽい魚)に泣かれては仕方ない。浦島と亀は頷き合うと、魚達に向き合った。
んじゃ、とりあえず行ってくるわ
私も行きます、浦島さん
ハイハーイ! 私もついてくぞ!!
姫、多分あちらは危ないと思いますよ。魚人にされるかもしれません
そ、そりゃあそれは嫌だが……ぶっちゃけ、ココにいてもたぶん良いコト無いと思うし。魚人と一緒におるよりかは、やはり人間といた方が、な?
まぁ良いじゃんか! 旅は道連れってよく言うしな、それじゃあ行くぞ!!
おーっ!!!
三人は、まるでピクニックにでも行くかのような和やかな雰囲気で、竜宮城を後にした。
いざ、向かうのは魚男の待つ泥宮場(でいきゅうじょう)だ。