泥宮城。その名とは対照的に、造りのしっかりとした、此方もまた荘厳な城。仮に此方を竜宮城と亀に言われても、信じ切っていたことだろう。
そんな浦島の考えも、門を開けた瞬間、すぐに撤回されることになる。
泥宮城(でいぐうじょう)って意外と近いのなぁ
まぁな! 亀を使って十五分なら速い方だろう!!
二人分乗せて泳ぐ私の身にもなって欲しいのですが……
泥宮城。その名とは対照的に、造りのしっかりとした、此方もまた荘厳な城。仮に此方を竜宮城と亀に言われても、信じ切っていたことだろう。
そんな浦島の考えも、門を開けた瞬間、すぐに撤回されることになる。
わぁ、お前等敵だな!? しばき倒してやる!!
泥宮城の中には、人と呼べる者は一匹たりともいなかった。沢山の、海洋生物がいる。
その一匹であったスライム状の敵が、見た目とは相反する過激な言葉を言った。すると、彼の言葉を皮切りに、魚人兵が浦島を襲った。
本拠地と言っても、相手は竜宮城で戦った者共と戦力も大して変わらない。冷静に魚人兵達を一匹ずつ倒していくと、残されたスライム兵達はぷるぷると震えだした。
あああんっ、ご、ごめんなさぁい! ボク達は戦えないんだよお!! ただ海底アイドルなんだよぉ!!!
じゃあ、エラそうに指揮なんてするなよな。乙姫様、コイツ等も竜宮城行きだ
良いぞ良いぞ、彼等は可愛いからのう
スライム兵を竜宮城に向かわせ、浦島達は泥宮城の奥へと進んでいった。
エレベーターなど、最新的な機械も幾つかあったが、泥宮城は、階段のみで、ルートも一つしかない。その所為で、道中敵と毎度顔を合わすことになり、その度に銭湯を強いられた。これには、流石の浦島や亀も、体力を削られる。
ちぃと疲れたなぁ。どっちでも良いから、ちょっと俺のことしばいてくれないか?
バカ言ってないで行きますよ浦島さん
わかるよ? あえてしないって言う痛めつけ方もあるんだけどね。俺は甚振ってほしい派なんだな
私はしませんからね
亀が断固拒否していると、まぁまぁと乙姫が亀の肩を叩いた。乙姫は、浦島の少しおかしい様子を見ても、楽観的に笑っている。
おやおや。こんな時も鍛錬をしようとは、頼もしいぞ浦島! さ、やってやれ、亀
姫、そこまで言うならご自分でなされば如何です?
イヤだ☆
コイツ、浦島のこと分かっててやってるな。亀はもう笑うしかない。
誰でも良いから、俺を元気にさせてくんねぇかなぁ
浦島はため息をついた。
その後も三人は疲弊しながら城を進んだ。やっとのことで最上階まで来ると、王の間の扉が見えてきた。王の間へと急ごうとした浦島一行だったが、彼等の前に、一人の魚人が立ちはだかった。
おやダンナ、お疲れですねぇ。ちょいとオイラがほぐしてやりやしょうか?
誰が行くか!
いやいやぁ、そんなカタいこと言わずに~
青い肌をした魚人は、浦島の手を引いて、王の間の一つ手前の部屋へと連れ出した。
部屋は、無駄な家具がほとんどなく、あるのは部屋の真ん中に椅子が一つだけだった。椅子に浦島を座らせると、下駄を脱がし、魚人が浦島の素足へと手をやった。
ソレッ!
いでっ! イデデデデッ!!
魚人が浦島の足の裏を強く押すと、浦島は激しく悶絶した。分かりやすい反応に、魚人も嬉しそうに笑う。
どうだ、オイラのツボ押し攻撃は! きいたか!!
う、うむ。……効くゥ
……珍しいねぇ、この激痛に喜ぶヤツがいるなんて
まぁ、丁度体も休めたい所だったのじゃろ? 良かったな、浦島
ああ、元気百倍だ。でも、普通にツボ押しの腕前は良いと思ったぞ? 亀や乙姫様もどうだ?
いや、結構です
私は疲れておらんからな
気を遣わなくても良いのになぁ。オイラはただ、このツボ押しを誰かに披露したいだけだったのに
その後も、亀と乙姫は魚人のしつこいツボ押しセールスを断ると、気を取り直して扉の前に立った。
扉の先には、多くの兵と、そして諸悪の根源が待ち構えていることだろう。浦島達も固唾を飲む。呼吸を整えると、その扉を勢いよく押した。
王の間は、意外にも兵がほとんどいなかった。手前に兵を置きすぎたのだろうか。王の間の奥には、威厳ある風格をした魚人が座っていた。彼が、魚人兵の言っていた魚男らしい。魚人が立ちあがると、ゆっくりと此方へ歩み寄る。
そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ
ああ、来ちゃったぜ
皆を元に戻さんか!
戻せと言われて簡単に戻すような男に見えるかね?
そこをなんとか。頼むぜ王様
まぁ、ツートップで美人だった星姫が元に戻らないのは、個人的には大歓迎なんだがな!
……私より悪役らしいのが一匹おるのう
何を本気にしておるのだ! ウソだぞ、うそウソ!!
……絶対本音混じってるよなぁ
戯れは此処までだ。とにかく、此方は考えを曲げる気は無い。此処まで来たことは褒めてやるが、お前達には我の部下となってもらおう
魚男は後方に下がり、距離を取る。その場から指をパチンと鳴らすと、部屋に隠れていた部下が一気に現れる。浦島と亀が武器を構えると、今まで同様に雑魚兵を倒していく。
フン、流石は此処まで来ただけのことはある。それじゃあ、これはどうかな?
男は両手で指を鳴らす。魚男の両隣から水の渦が現れると、その場所から美しい水の精霊が二人現れた。
ふふ、久々の出番ね! 行くわよ、ウンディーネ!!
ええ。セイレーン、ちゃちゃっとやっつけましょう!
セイレーン、ウンディーネ。聞き覚えのある名前、そして二人から溢れる神々しきオーラに、浦島と亀もつい武者震いする。
……こんなところで怖気づいてられるか! 俺が行かずに誰が行く!!
震える足を手で押さえつけると、震えの止まった手を彼女達に向けて伸ばした。
行け!! ツボ押し師!!!
あいよ! 任せな!!
お前かよ!!
動けない浦島達の代わりに、先程ツボ押しをしていた魚人が、精霊達の元へと飛び込んだ。精霊二人は浦島同様素足にされると、その場に座らされ、片足ずつ同時にツボを押された。
い、いたたたたたっ!!
いだいっ! いだいです……
でも、気持ち良いだろ
浦島の問いの後、ツボ押し魚人が手を離すと、泣いていた二人の表情が緩んでいった。
う……!
うん……!
嘘でしょ!? と言いたげに、亀と乙姫が凝視する。あんなに痛そうだったのに、二人はもう一度とツボ押し魚人にツボ押しを要求した。
お安い御用だぜ!
ツボ押し魚人がツボを押すと、また泣き叫ぶ二人。しかし、手を離すとやはり幸せそうな顔をしていた。
その様子を見ていると、亀と乙姫も、ツボ押しがどれ程のものなのか気になってきた。
……あ、あの! 私も良いですか?
わ、私も私も!
オーケイオーケイ。そこへ並んでくれるかい?
んじゃ、俺ももう一回……
ボスを目の前にして、ツボ押し会を始める浦島達。魚男は、列に並ぶ彼等に呼びかける。
おい、オイ
しかし、何度呼びかけても誰も気づかない。
痺れを切らした魚男は、目をつり上げて怒号を上げた。
オオイ!! 聞けよお前等!!!
一斉に魚男の方を振り向くと、長い沈黙が起こる。魚男が咳払い一つすると、言葉を続けた。
我にもやってくれ
魚男の言葉の後、少しの間があったものの、ツボ押し魚人は笑顔で答えた。
じゃ、後ろに並んでね!
魚男は頬を赤らめると、静かに浦島の後ろへと並んだ。