さあ大変、近所でたまたま見かけちゃった探され中のネコちゃんをうっかり捕まえちゃったクロシェことデボゲレアクロシェンモが飼い主から御礼に三万円ももらっちゃったよお立会い。あのお金大好きっ子ちゃんがこれに味を占めないわけはない、というような話が今回も始まります。よろしいか、よろしおすか。

クロシェ

猫五郎やーい


 夏に百均で買った昆虫網を肩に、クロシェがあたりを見回しながら図書館の前を通り過ぎる。北へ下る斜面にある住宅地で、日が差さないので三月になったとはいえまだ肌寒い。入口の石段には暇そうにしている小学生の女の子がふたりいて、この変なお姉ちゃんをじっと観察している、その後ろを数歩離れてあたしはついていく。こっちは変でないと思って欲しい。

ミミミ

ネコゴロウなんて名前じゃなかったでしょうが! ミモザちゃんでしょ

クロシェ

そんなサラダみたいな名前だっけ?

 クロシェはスマホで撮った「探しネコ」の張り紙を眺める。張り紙の字は筆ペンの達筆で、モの字が「毛」に見える。

クロシェ

もうなんでもいいよぅ。ネコはネコじゃーん

ミミミ

よくないよ、それってアレじゃん、人間にヒト太郎とか人間雄とかつけるのと一緒じゃんネコゴロウ

クロシェ

ミミミ

何よ

クロシェ

ヒトシ、っているじゃん。ミミミんのハゲ散らかしたおじさんとかに

ミミミ

そんなハゲ散らかしたおじさんはいないけど、ヒトシさんは普通におるなぁ

クロシェ

でしょでしょ、だからネコ五郎も、ネコシ君もあるんだよ

ミミミ

探してるのはメスですけどね

クロシェ

んだよミミミミは細かいなぁ。そんなんだからおっぱいが育たねぇんだよ

ミミミ

るせぇ、殺すぞ化け乳房

クロシェ

キレやすい、胸がない、付き合いがいい、のKMTだよ君ぁ

ミミミ

最後褒められたしわけがわからない!

クロシェ

ところでミミミさん、質問なんですけれど

ミミミ

はい、なんでございましょう

クロシェ

ネコってのは、どこを探したら見つかるのかな?

 漫画だったらクロシェの背後に「ケロッ」という書き文字が付いただろう。

ミミミ

まったくのノープランだったのかッ!

クロシェ

松茸のノーブランド?

ミミミ

無理にボケなくていいよ!

クロシェ

あーあ、ご都合主義的にミモやんとやらが目の前に現れないかなぁ

ミミミ

うわぁ、さっそく飽きはじめた!


 本当にご都合主義的にネコが現れると都合がいいのですが、当然そんなことがあるわけがない。
 小説じゃないんだから。

クロシェ

よし、諦めよう

ミミミ

そうしましょう

 三月という言葉のマジックのせいだ、うっかりコート無しで出かけてしまったので、普段だったらこの状況にツッコむあたしも賛成する。最寄りのコンビニで二個入りのショートケーキのパックを買って店を出て、クロシェの家に向かう道すがら、向かいの塀の上をまるまるとした灰色のネコが向かってくるのが目に入る。クロシェは「ヒャッハー」と一声挙げるとケーキを振り回しながらネコの後を追いかける。

クロシェ

あのネコだ!

ミミミ

え、全然違うでしょ?

クロシェ

何が違うのよ? 顔見たでしょ? 彼だったじゃないネコ五郎さん!

ミミミ

メスだってば! でも、だって写真は長毛の

クロシェ

だーかーらー、あれは綺麗にカットされてるんだよ! あんなに綺麗にブラッシングされて!


 急に人間ふたりが追いかけてくるのですからネコだって必死に逃げるに決まっている。で、当然捕まらない。

クロシェ

いやぁ、いたねぇネコ太郎

ミミミ

いたかなぁ、本当にいたかなぁ

クロシェ

電話してみよう。お宅のネコちゃん、誰だかの手によって綺麗にトリミングされてます、って


 云うや早いがクロシェはスマホを取り出して電話をかけようとする。が、電話番号がわからない。あ、電話番号は写真フォルダの中だ、と画像を取り出すと今度は電話がかけられない。数回同じ動作を繰り返すクロシェにさすがのあたしもうんざりしてきて、ちょっと貸して、と今度は自分のスマホでミミミのスマホの画面をチョリッピーン。あっ、チョリッピーン、はスマホのシャッターを押した時に出る音である。念のため。

ミミミ

ほら、これを見ながら電話をかけたらいいじゃん

クロシェ

すごいあったまいーいミミミん! まるでものの云いようが大正時代の成金みたい!

ミミミ

ああ、あれか。札束燃やして足元を照らすやつか!

クロシェ

そうそう、って


 クロシェは目が悪いのであたしのスマホを凝視する。

クロシェ

電話番号、画像が粗くて読めねぇー


 結局張り紙の貼ってあったところまで戻り、電話をかけたが誰も出ず、しかたなくクロシェの家に戻って電話をかけるとやっぱり出ない。クロシェの気が短いんじゃね? というあたしの指摘を参考にして、今度は長めに電話を待っていると、やっと出た。

ばあちゃん

さっきからの電話、あんたさんかい? 年寄りだから電話にでるのが難儀でねェ

クロシェ

うわっ

クロシェが泣きそうな顔でこっちを見る。

クロシェ

ばあちゃんだ。声がすでに婆ちゃん!

ばあちゃん

なんですかいね

電話の向こうのおばあちゃんも相当声を張ってくる。

クロシェ

お宅のネコの件でおでん

ばあちゃん

すみませんねぇ、耳が遠いもんでェ、はっきり喋っていただかないとェ

クロシェ

あのですねっ! お宅のネコゴロウちゃんが!

ミミミ

ネコゴロウちゃうやろ! ミモザやろ!

ばあちゃん

藤五郎は宅の主人ですがねェ、もう十五年も前に中風で死にましたんじゃあ


 もうダメだ代わって、とクロシェはあたしに電話を押し付ける。手汗で受話器がぬるっとする。

ミミミ

お宅のネコちゃんをですねぇ、見かけたと思うんですけれどもォ

ばあちゃん

うちのミモザひゃんはねえ、今アテキシの隣で寝てるんザマスよォ

クロシェ

なにそれ!

ミミミ

だから、張り紙を取り忘れたんでしょ、ネコが見つかった後に

クロシェ

それ、何度も聞いたよ。こういうときの正論は吐くほど嫌い。なにそれ!

ミミミ

その『なにそれ』も七回目なんですけどね


 クロシェのおかげでぐしゃぐしゃになったいちごショートケーキ二個入り、四一〇円(税込)をだいたい半分ずつぱくついている。デパ地下では何かのカリスマと権力を手に入れた一個六〇〇円(税別)のショートケーキがあるが、比べてなんと奥ゆかしいことだろう。スポンジとスポンジの間にはクリームしか入ってないけど。クロシェは左手のスマホを離さず、右手をフォークとティーカップとに持ち替えて食べている。実に忙しない。

クロシェ

――っと、あったあった

ミミミ

何よ

クロシェ

りついーとかくさんきぼう、鎌塚稲荷三丁目のかまつか幼稚園のモモちゃん三歳を探しています、と。お、鎌塚なら行けるんじゃない?

ミミミ

ちょっと待ってよ、ネットで探してまでネコ探しをするつもりなの?

クロシェ

ちっちっちっ、違うのだよミミミん


 そういうとクロシェはスマホの画面を顔に押し付けてくる。

クロシェ

じゃじゃーん! モモイロペリカーン!

ミミミ

もうええわ!


 結局クロシェはペリカン捜索に行かなかった。ペリカンといえば川、この寒いのに川に網持って入ってくのかね、というあたしの指摘で心が折れたようだった。だったら普通にバイトしたらいいじゃない、と思う方もいるだろうが、働かなくても金のある家なのだ。
 ボギーちゃん電話、と階下からクロシェのお母さんの呼ぶ声がする。へいへいほーぅ、とクロシェ。内線で回してもらって喋ること数分、呆れ顔でクロシェは受話器を置いた。

クロシェ

いやー、さっきなんと私、財布を落としてたらしいんだよねえ。警察から電話だった。駄目だな自分。でも知らなかったので反省はしない


 クロシェの財布にはいつも、諭吉紙が群をなしている。
 実にいい御身分だ。その割にケーキはあたしに買わせるんだけれども。

pagetop