里沙

涼!!
大丈夫!?

翌朝。
恐々帰宅した私を待っていたのは、憔悴しきった姉さんだった。

私の顔を見るや、血相を変えて私に抱きついた。
連絡もなしで、彷徨いていればこうもなるだろう。
悪いことをしてしまった。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
何をしていたんだろう。そう振り返ると思う。

姉さん……ごめん
心配させちゃって

真白

……別に謝罪はいらないよ
ってか、何があったわけ?

姉さんがいたのはいい、真白もいたのか。
まだ朝は早いから、行くまで余裕がある。
私はどうしようか、迷う。
即ち、本当のことを言うか。
あるいは、先生が誤魔化してくれたままにしておくか。

真白

最初に言っとくよ
本当のことを白状してよね

真白

あんたがあのお人好しと結託して事態を誤魔化してるのはお見通しだよ
全部あったことを包み隠さずいいなよ

…………

里沙

…………お願い、涼
本当のことを教えて?

…………誤魔化しているのがバレている、か。
だよね。
私のことなんて、お見通しってことか。
そりゃ……家族だものね。
私は大して驚かず、一度頷いた。

そうだね
白状……するよ、全部

怒られても当たり前のことしてるし……

私は、ポツポツと何があったのかを説明する。
……屋上の一件も、彼女には悪いが巻き込まれている手前、家族には説明しないといけない。
放課後のシンディの一件、そしてそこからの放浪、そして先生との邂逅。
全部説明した。自分の心境まで含めて、全部。

真白

…………
大体分かったよ

真白

あたしは元からこういう性格なんだ
今更変えることはできないし、そこは相性の問題だろうね
あんたのそういうのもわかっちゃいると思ってる

真白は私の本音を聞いて、そう言った。
そして、問題は私にもあると。

真白

こんなこた言いたかないけど……
あんたそれ被害妄想入ってるよ
どうしようもないのも、わかるけどさ

真白

あたしたちにない悪意まで勝手に作り出して恰もこっちだけが悪いみたいにいうのはお門違いってもんでしょ

うん、そうだと思う
状態がマイナスに傾くと大体私はいつもこう
だからって制御できるわけじゃないし、そういう時は接触を避けることしかできない
今回は、それが酷かったの

私が姉さんと真白や他の人の接し方に勝手な悪意を感じていただけだと思う
……ごめん、こんなこと考えていて

結局は私の妄想だったんだ。
他の人は見下しているつもりなんてなくても、私が勝手に嘲笑われていると思い込んで、信じ込んで、一方的に悪者といって。
本当の問題は、自分にあったのに。

真白

それも違うね
悪意のある奴は本当に悪意がある
あんたは他人の悪意と自分の中で生まれた妄想の区別がついていない

真白

あたしもその手のことはわからない
でもね、あんたを攻撃する人間には少なからず悪意があるよ
見下しているのはそういう奴ら

真白

あたしも人のこと言えないね
あんたに……涼にそう思わせるだけの言動してたし
そこは……ごめん
なるだけ気を付けても、言っちゃうもんは言っちゃうからさ

真白と私は、言ってしまえば相性の悪い人間同士だ。
不機嫌になると周囲に八つ当たりをする真白のような気質と、不器用で容量が悪く、薄鈍の私は一度混ざり合えば大体衝突が起きる。
それは一種の必然。
互いの性格はもうどうしようもない。
出来ることは、互いに謝ることぐらい。

里沙

…………

妹とのことは、仕方ないで強引に片付けることも出来る。
問題は……姉さんと私の関係だった。
姉さんは優しい。私に対しての労力を惜しまない。
それが、私には苦痛となるのだ。
これが『普通』と『普通じゃない』人間の違い。
私達の……基本の形。

……姉さんは悪くないよ
私が罪悪感とか負い目を感じてるだけ
私が悪いんだよ

里沙

わたしは涼を見下しているつもりはないよ?
今までそんなこと一度もしたことない

だから、姉さんは悪くないんだよ
私のせいだ

里沙

それとも無意識で、そういう言動をしていたのかな
気を付けていたんだけど……

姉さん、話聞いてる?

駄目だ。
姉さんは自分にも非があると思っている。
私が悪いのに、姉さんは何も悪くないのに。
これじゃあ、話し合いが平行線に……。

真白

受け入れなよ、里沙
あたし達とは感覚が違うんだ
悲しいけど、それが現実

真白

意図がどうあれ、受け取り手がそうなら相手にはそう伝わるんだ
それがコミュニケーションの難しいところだって言うでしょ?

真白

両方悪かった
それでいいじゃん
ややこしく考える必要はないよ

真白が間に入って、両成敗でいいじゃないかと言う。
互いが互いに自分が悪いと言っているなら、それでいいと。

姉さん、兎に角ごめんね

里沙

わたしもごめんね、涼

謝罪をして、それで終わり。
ややこしく考えても、徒労に終わるのは見えていた。
私達と姉さんたちの間には、埋めがたい、あるいは超えがたい溝や壁は立ちはだかる。
どんな人間でもその答えを見つけることは難しい。
取り繕っても、最後はここで必ず止まる。
現実とはそういうものだ。

真白

あたし朝飯いらない
そろそろ行くから
あんた達遅れないでよ

真白はリビングから一度姿を消すと、鞄を持って再び現れる。
その間に私と姉さんは、ぎこちない動きで朝食の用意をしていた。
そうだ、と思い出したように真白は私に言う。

真白

あんたが屋上で会ったっていう橘だけど
あいつ、つい最近までこっち側の人間だったんだ
そっちに送られたのキッカケってさ
揉めたんだよクラスメートと

弥生さんは確かに最近、こちらにきたと聞いている。
その原因は……やはり人間関係か。
それは予想できていた。

……だよね

真白

周りに連中が言ってるよ
あいつは奇行が前から目立ってたけど、理由は変人だからじゃなくて、頭がおかしいからだったってね

頭がおかしい。
ああ、そのとおりだ。
『普通』の人間は大体私たちをそういうんだ。
酷い言葉だけど、的を射ているのは事実だ。
反論は出来ない。

真白

言い方悪いけど、大抵あたしの周りにいる連中はこういうんだよ
あんたもさ、気を付けなよ
成り立ちは似たようなもんだったよね

真白

あんたと、あたし達は違うんだ
そこだけは曖昧にしちゃダメ
じゃないと奴みたいになるよ

これは警告だろうか?
違うということを自覚しろ。
さもないと、また無くなったイジメが再開すると。
逆に、私ならある程度振る舞いを演じることはできる。
私も似たような環境だったから。
それでも、ボロが出たら終わりだ。
そんなリスキーなことはしない。
違うなら違うものとして、振舞うしかない。

違うことは嫌ってほど自覚してるよ

真白

そ……
ならいいけど
あいつみたいにまだ自分は同じなんだとか思ってるとああなる
一度避けられたら最後、修正なんてききやしない

真白はそう言って、私を見た。
冷たい瞳だった。
家族とは思えない、姉妹とは思えない、冷酷さを湛えている。

真白

プライドで生命まで捨てるような真似だけはしないでよ

しないよ、私チキンだし

真白

普段ならね
でも今回みたいに制御不能になったらどうすんのさ?
だからそン時は担任ところにすぐ逃げな
あんたには逃げ場所がある
そのことも忘れないで

真白

あたしじゃあんたにどうこうできない
頼れる人がいるなら、全力で頼りなよ

真白

逃げることだって、必要なときがある
あたしはそれを否定しないよ

私に助言して、真白は学校に行った。
逃げることが必要な時もある。
……そう、か。逃げてもいいのか。
立ち向かう強さすらない私には、一人でどうにかできない。
結局何を足掻こうがそれが終着。
助けてもらえるなら、プライドを捨てろ。
苦しいなら抗うな、負けを認めろ。
さもなくば、もっと辛くなるだけ。

私は強くない
弱いなりに生きるしかない
それでいいんだ

もう、あれこれ考えるのはやめよう。
私は私にしかなれない。
私に出来る方法しかない。
それを行う以外に、私にできることもない。
だから、それでいい。
後ろ向きでも、進むだけマシだ。
立ち止まるよりは。

里沙

ご飯食べよっか、涼

うん

こうして私は、今日も無様に生きていく為に一日を始めた。

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