日野の言葉通り、カメラに映っていた女生徒の制服は、聖アリシア女学園のものだった。
丁度下校時刻に被ってしまって、校門は同じ制服を着た女性徒で溢れかえっている。

そんな光景に真夏はいささか気遅れしてしまった。うかつに声をかけたら警備員に取り押さえられてしまいそうな気がする。

しかし、尻込みしている場合ではない。
覚悟を決めて、真夏は警備員へと歩み寄った。

だがそこで、真夏は警察手帳を取り出し掛けた手を止めた。

警備員の向こうから、今こちらに向かってくる女生徒。ツインテールの両方にシュシュをつけた髪型は防犯カメラの人物と同じで、顔もよく似ている。

慌てて手帳を仕舞い、その場を離れる。不審人物みたいになってしまったが、今は問題の女生徒を見失わない方が先決だ。

充分に距離を取ってから、もう一度さっきの人物を確認する。他の生徒達が、二、三人、もしくはそれ以上のグループで連れだって帰るのに対し、彼女はたった一人で校門を出ると、高級住宅街に続く大通りとは違う道へと歩き出した。

他の女生徒達の流れを見て大通りの方にいた真夏は、慌てて彼女を追ってそちらへ向かう。どんどん人気のない方へと向かった彼女は、やがてお世辞にも柄のよくない男達と合流した。

真夏は携帯を取り出し、ボタンを押した。

電話を切って尾行を続ける。やがて、全く人気のない工場のようなところに辿りつくと、男達の中の一人が女生徒に封筒を差し出した。

満面の笑みで封筒を鞄に仕舞うと、彼女は煙草を取り出して咥えた。それに男が火をつけてやる。

不満そうな声を上げながら、ふぅっとため息のように女が煙を吐き出す。

彼女は地面にしゃがみ込むと、しばらくしかめっ面で煙草をふかしていたが、やがて煙草を投げ捨てると立ち上がった。

踵を返し、女生徒がこちらに向かって歩いてくる。まずい、と真夏は焦った。男の数は三人。抵抗されたら一人で取り押さえるのは無理だ。

そう考え、真夏が場を離れようとしたときだ。

女の悲鳴が耳を打ち、真夏は足を止めた。

何事かともう一度様子を窺うと、下卑た笑顔を浮かべながら、男が女生徒を拘束している。

それを見たとき、真夏は咄嗟に飛び出していた。

飛び出してきた真夏を見て、男達が身構える。警察学校で逮捕術くらいは学んでいるが、男三人をねじ伏せられるほど真夏は腕に覚えがない。

応援を待たずに独断で行動したのは早計だっただろうか。そう焦りながらも、しかし今飛びださねば女生徒は酷い目に逢わされるだろう。自業自得とはいえ、それを見過ごす気にはなれなかった。

はったりで凌ぐ。

警察手帳を見せると男達は一瞬怯んだが、それでほっとするのは早かった。

女生徒を拘束していた男が、自棄になってこちらに殴りかかってくる。咄嗟に真夏が取れた行動は、顔と頭を両手で庇うことだけだった。

だが、覚悟した衝撃はいつまでたっても訪れなかった。



怪訝に思いながらガードを解いて目を空けると、二人の男が呆然と自分の向こうを見ていた。振り向くと、殴りかかってきた男が倒れて伸びている。

状況がつかめずぽかんとしていると、視界の端で何かが動いた。それを追う。

目に入ったのは、肩で揺れる茶色の尻尾。

驚きの隠せない声と共に、拳を振りかぶった男が宙を舞う。二人の男が地面に転がったのを見て、最後の一人が懐からナイフを取り出した。

そう、次々と男をねじ伏せているのは女だった。

赤いラインが入った、スタンダードな紺色のセーラー服に、見覚えのあるポニーテール。

言葉半ばで、男がナイフを振りおろす。あぶない、と真夏が飛び出す前に、女は男の手をとって腕を抱えていた。

男が苦悶の表情を浮かべてナイフを取り落とす。そのまま彼女は男を地面にねじ伏せると、腕をねじり上げたまま動けないようにその背に乗った。

そう言って振り向いたのは、ラーメン屋の娘、莉子だった。

セーラー服を着ているところを見ても、莉子はまだ学生だろう。車を運転できるとは思えない。納得行かない様子で叫ぶ真夏に、莉子は「んー」と気まずそうな声を上げた。

まったく理解できず混乱しながらも、莉子に急かされて男に手錠をかけた丁度そのとき、サイレンの音が耳に届く。

唖然とする真夏を置き去りに、莉子は自転車に飛び乗ると、パトカーの音とは逆の方に走り去って行った。