僕の学校には不思議な校則がある。


 県立四角山高校は、数年前に創立100年を迎えた古い公立高校だ。

 ブレザーの制服も、少し小高い丘の上に立つ立地も、偏差値や部活動の実績もごくごく普通の高校。
 良く言えば堅実な、悪く言えば地味な学校だった。









 しかし、そんな僕の学校には、不思議な校則があるのだ。





 午後6時以降、学校内にいる事を禁ずる




 というものだ。

 定時制の課程があって、昼間の学生は夕方以降校舎内に残らないようにしているという学校があるとは聞くが、僕の学校に定時制課程は無い。

 学校施設が夕方以降の使用に耐えないという訳でもなく、校舎が夕方以降何かに利用されているという訳でもない。


 理由はわからない。
 しかし、この校則は他のあらゆる校則よりも優先されているようで、先生たちですら皆、午後6時を待たずに校舎を後にする。

 電子的な警備システムを導入しているらしいが、それ以外の人員を夜間に配する事も無く、僕の学校は6時には完全に無人となるのだ。







 その理由を、僕たちは知らなかった。







おい! 起きろ! 起きろよ!

……なに? 

なに? じゃ無くて……ほら

 

 目が覚めて真っ先に思ったのは、埃くさいという事だった。

 ぼんやりと記憶を辿れば、体育倉庫の片付けを命じられて、そのまま昼寝を決め込んだことが浮かんでくる。


 

 目の前にはクラスメイトで、同じように体育倉庫の片付けを命じられていた佑二が、僅かに眉を寄せて手元のスマホを覗き込んでいる。

やべえ、もう6時になる。

 思った以上に眠り込んでしまったらしい。

 校則違反のペナルティで掃除をしていたのに、この上さらに校則違反を重ねるというのも面倒だ。

 僕らは一瞬顔を見合わせると、すぐに立ち上がった。

 6時を過ぎれば警備システムが働いてしまう。その後にドアや門を開ければ校則違反はごまかしようがない。

いそげ! とりあえずこのまま帰ろうぜ

 佑二も寝ていたのだろう、右側に盛大な寝癖をつけたままそう言って、すぐに立ち上がった。

 ばれないようにと倉庫の扉を閉めていた事も良くなかったのだろう、普段なら先生があちこち見回って下校を促してくるはずなのに、こうして二人で慌てている。

 一瞬、鍵をかけられているのではという想像が頭を過ったが、幸い扉はすんなりと開いた。


 だが、次の瞬間











 頭を揺らすほどの、悲鳴とも咆哮ともつかない音が響き渡った。










 思わず、耳を押さえるが、その音は頭の中で鳴っているかのようで、僕は平衡感覚を失ってその場に膝をついた。



 なんとか佑二の方を見ると、佑二も耳を押さえたまま扉に寄りかかるようにしてズルズルと膝をつくところだった。






 一体、何の音だ。






 音が止み、おそるおそるあたりを見回すが、いつも通りの体育館が広がっているだけで、何も変わりはない。



なに……いまの

わかんねえ、けど……

 佑二がおそるおそると言った様子で、体育館の壁を指差す。

6時、だ

 壁には大きな時計がかかっている。

 その時計は見慣れたもので、だが唯一この学校では見かけない時間を差していた。




 6時2分。



 その時間を認識するのと同じ頃、僕らの耳には不快にざらつく電子音が聞こえて来た。


午後6時になりました。
スギヤマ君が登校します

 


 音声ソフトで作ったような声が、そう告げた。


【プロローグ】校内放送

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