何も言えなかった。



 佑二がゆっくりと僕の方を向くのがわかったが、その視線を受け止められない。


 スギヤマ君、その名前に込められた不気味さをどうやって払拭したら良いのかわからない。



 杉山。



 こんなにも身近な名前であるはずなのに、口の中が乾いて張り付いたようだった。

おい……今のって



 僕は佑二の方を見ずに、首を振る事しかできなかった。


 佑二はそっと息を吐いたようだった。
 すぐに衣擦れのような音が聞こえ、僕はのろのろと顔を上げる。

まあ、なんか変な声だったし。
なにか、テレビの音でも入ったのかもしれないしな。

 佑二はわざとらしく、一つ咳払いをした。

それにしても、テツはどこに行ったんだ。
先に帰ったのかな。


 確かに、一緒に掃除をしていたはずの哲志の姿が見えなかった。

先に、帰った?
僕たちを、放っておいて?

あのおせっかいに限って、それはなさそうだけどな

 哲志は僕たちの幼なじみだ。

 ついつい授業やら何やらをさぼりがちな僕とも、がさつで落ち着きの無い佑二とも違い、しっかりした優等生然としたやつだ。

 僕たちが体育倉庫の片付けを命じられたと聞きつけて、一緒に手伝ってくれていたのだが、今この場に哲志の姿はない。

 僕たちを置いて帰るというのは、哲志の行動として大分不自然な気がした。

と、とりあえず……帰るか。
ここにいても仕方が無いし。

そうだね

 ここにいても仕方が無い。
 
 僕は念のためぐるりとあたりを見回してから、頷いた。








 午後6時を回ったばかりであるのに、やけに外が暗い気がする。


 ゴールデンウィークが終わったばかりのこの時期、午後6時はまだ外は明るいはずだ。

雨でも降るのかな

 窓から外を眺めてみるが、ちょっと不思議なくらいに薄暗い。
 夜と言ってもいいくらいだ。

 佑二も不思議に思っているらしく、外を見る表情は強ばっていた。






 昇降口までやってくると、そこには数人の人影が見えた。
 みな、立ち尽くしている。


 僕たちは一度だけ顔を見合わせると、その人影に近づいて行った。

お、まだいたか

 派手な髪をした長身の男が、振り返ってそう言った。

結構残ってたんですね。
今日に限って……?

 不安げに呟いたのは、小柄な男子生徒だ。

 赤いタイという事は一年生だろう。

 




 言われてみればそうだ。
 
 いつも口うるさく下校を促されるのに、今日に限ってこれほど多くの人が残っているというのはどういう事なのだろう。


 この場に集まっているのは僕らを入れて11人。

 いずれも男子生徒ばかりだ。








 それにしても、11人もの生徒を見逃すなんて事があるのだろうか。




 全員の顔を見回したが、あいにく知った顔は無かった。



 そのとき、再びスピーカーのスイッチが入った音がした。

スギヤマ君が獲物と合流しました

 ブツっという音とともに沈黙が戻り、僕らの間には不可解な探り合いのような空気が流れたが、すぐに鋭い舌打ちの音がその気まずさを打ち破った。

な、んだ。
獲物?

 舌打ちに続けて不機嫌そうにそう言ったのは、最初に口を開いた派手な男だ。

 今にも掴み掛かってきそうな雰囲気で、僕たちを睨みつける。

お前らが来たとたんに、これだ。
あの放送は何だ?
お前らのどっちかが、スギヤマか?
で、俺らが獲物ってのはなんだ?あ?

 男は矢継ぎ早にそう問いながらも、大股で距離を詰めて来た。

 思わず後ずさった僕とは違い、佑二が一歩前に出る。









 知らない。




 こんな状況の意味も、放送の理由も。




 でも、一つだけ気になる事があるのは確かだ。

























 僕の名前は、杉山涼太と言う。











【プロローグ】スギヤマ君

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