鬼頭

まったく勝手なことしてくれやがって

百手

うちの従業員が誘拐されたんだからしょうがないだろう?

鬼頭

それでもこっちがやるっていうルールなんだよ。人間の社会ではそういうことになってるんだ

百手

まったく鬼頭は融通がきかないね

鬼頭

お前がやりすぎなんだよ

 ゆかりを助けて数日が過ぎ、要がいつものようにコンビニにやってくると、百手といかつい男が何やら言い争いをしている。

おはよう、ございます

百手

やぁ、高橋くん。おはよう

鬼頭

高橋? このガキが件の向こう見ずか

えっと、どちらさまでしょう?

百手

鬼頭だよ。私たちみたいな異種族と人間の間を取り持ってるような奴かな

そうなんですか

鬼頭

噂は聞いてるぞ。あの譲ちゃんのウイルスが効かないんだってな

そんな噂になってるんですか

鬼頭

そりゃそうだ。なんてったって俺たちにもわからねぇ未知のウイルスだからな

俺にはあんまり深刻さが伝わってこないんですが

鬼頭

そりゃ俺らには関係のない話だからな。困ってるのは人間だけよ

 かはは、と鬼頭は豪快に笑う。

 人間とはいえ自分も一切の危害が加わらない要も乾いた笑いで答えた。

鬼頭

どうだ。ちょっとうちの細菌ウイルス研究に付き合ってくれねぇか?

そんな。俺はただの大学生ですし

鬼頭

別に研究員をやれとは言ってねぇよ。ただちょっと実験の治験者になってくれればよ。給料だってこんな貧乏コンビニより羽振り良く出すぜ

百手

ちょっとちょっと。うちの従業員を引き抜かないでくれよ。貴重な人材なんだから

 割って入った百手に、鬼頭はけちくせぇな、と眉根を寄せる。

鬼頭

しかしあんまり危ないことに首突っ込んでるといつかはねられちまうぞ。気をつけな

 鬼頭は自分の首元を親指で真一文字に切る。傷だらけの顔の男にそうされると要は思わず身震いしてしまう。

百手

こらこら、脅かさない

鬼頭

まぁいい。金は振り込んでおく。店潰さないようにしろよ

百手

はいはい。それじゃあね

 百手に普通の手を振って見送られ、鬼頭は帰っていった。

お金って何のことですか?

百手

こないだ捕まえた魔王の息子の懸賞金とか私の傭兵の仕事料とか

そんなことやってるんですか

百手

だって、このお店ほとんどお客さんがこないんだもの。経営は私が傭兵で稼いだお金で成り立っているからね。あとは廃棄になりそうな商品を異種族チームに買い取ってもらったり

こないだの黒服の異種族の方たちですか

っていうかそうやってこのお店成り立ってたんだ

百手

さぁさぁ、着替えておいでよ。高橋くんがあと三人はいればお店にずっとお客さんが来てくれそうなのになぁ

結構難しいと思いますよ、それ

 ロッカーで着替えを済ませ、休憩室の障子戸を開けて、まずは一言。

こら、働きなさい!

ゆかり

あ、要くん。おはよ

またごろごろしてるよ

ゆかり

だってー、あたしこないだ変な薬嗅がされて体が本調子じゃないんだもーん

もう何日同じこと言ってるの?

小木曽

高橋さん。姫は体調が芳しくないんです。大声はやめてください

小木曽さんは甘いなぁ

ゆかり

そーだそーだ。あたしをもっと甘やかしてよ

これ以上どうやったら甘くなるんだよ

 やれやれ、と首を振って、要は店頭へと出て行く。ぐるりと店の中を見て回っていると、秋乃がおにぎりコーナーの前で固まっていた。

秋乃

仙台牛タン、仙台牛タン。ありませんね。私のデータではこの辺りに置いておくはずなのですが

おはよう、秋乃さん

秋乃

おはようございます、マスター

仙台牛タンおにぎりなら期間限定で、昨日で販売終了したよ

秋乃

そうだったのですか。ではデータを更新しておきます。さすがはマスターです

休憩室にイベント一覧あるんだから最初からデータに入れておけばいいのに

秋乃

日々の業務に追われてなかなか気が回りません。マスターはいろんなことに気がついて素晴らしいと思います

そうかな。あんまりそんな気はしないんだけど

秋乃

それに先日の一件から積載兵装を大幅に増加させたので体が重くて

それは置いてきなさい!

秋乃

そんな。マスターを守るためですのに

 しゅんと沈んだ秋乃に少しの後悔を覚えながら、要は逃げるように店の巡回に戻る。

 窓側に並んだマガジンラック。今日はゆかりが並べていないからか、特に間違っているところはない。

あ、今日この雑誌の発売日だっけ。最近色々あったから忘れてなぁ

 窓の外に客の姿はない。

ちょっとくらい読んでもいいかな?

 ラックの内の一冊に手を伸ばす。

ジーナ

か、な、め、様

うわぁ! びっくりした

ジーナ

そんなところにある本なんて読まなくても私がお相手いたしますわよ

お相手? ってなんで一冊だけ青年誌が混ざってるの!?

ジーナ

そんなわざとらしい反応をなさらなくても

ジーナさんが混ぜたんでしょ?

ジーナ

え、いえ、まさかそんな

未成年のお客さんが読んだらどうするの!

ジーナ

うぅ、すみません。でもお客さんの心配をする要様はお優しいです

そういうこと言ってるんじゃないの!

 混じっていた青年誌をとって、ラックの一番端に移す。

ジーナ

もうちょっと構ってよー

わがまま言ってると駄々こねてる子供みたいですよ

ジーナ

そんなー!

 へなへなとしおれるように座り込んだジーナに見向きもせず要はレジの方へと戻ってくる。

まったくもう、みんな好き放題やってるんだから

百手

今日も巡回お疲れさま

店長にやってほしいんですけどね

百手

でも私が店内歩き回ってるとお客さんが逃げちゃうし

難儀ですねぇ

百手

それに曲者揃いで私にもなかなか簡単にはいかないよ

じゃあしっかり時間をかけて社員教育してくださいよ

百手

高橋くんがやった方がうまくいくんじゃないかな?

これ以上仕事増やさないでくださいよ

百手

ははは、それにしても

 要の曇った顔を見て百手が笑う。

百手

またすぐに逃げられちゃうかと思ったけど。こうしてここで仕事と続けてくれるなんてね

何を急に感慨深く言い出すんですか

百手

やっぱり高橋くんはまともな人間じゃないんだな、ってね

そんなことないですよ! 俺はまともですってば!

百手

うんうん。それじゃお店のほうは頼むよ

 要の言い返した言葉に楽しそうに頷いて、百手は店の奥に逃げていく。

店長までそんなこと言うんだもんなぁ

 もちろん要にとってもこのコンビニは嫌いではない。

 こうして色んな人間ではないものたちとでもうまくやっていくことができるのだ。

 窓の外の青空を見ていると、そんな気がしてくる。

さて、今日も一日頑張りますか

 気合を入れるために頬を叩くと、自動ドアが開いて入店音が流れる。

いらっしゃいませー

 要の声に背筋を震わせた客の姿を見て、要は苦笑いを浮かべた。

<終>

最終話 そしてまともな人間もいなくなった(後編)

facebook twitter
pagetop