俊之の母が仕事を終えて、自宅へ帰って来る。
俊之の母が仕事を終えて、自宅へ帰って来る。
勝手口の鍵を開けたつもりが閉まっていた。
という事は最初から開いていたのだろう。
庭先に絵美の自転車が留まっていたので、
まだ絵美が居るのか、そう思いながら、
再び鍵を開け、続けてドアを開ける。
ただいま。
絵美ちゃん、居るの?
お帰りなさい。
絵美がリビングから返事をした。
俊之の母は台所からリビングへ向かう。
絵美ちゃん、ずっと、
ウチに居たの?
いえ、一度、帰りました。
それで、さっき、また来たんです。
そう。
どうかしたの?
鍵を返さなくちゃと思って。
そうなんだ。
別に返さなくていいのよ。
え!?
俊之の事を好きでいてくれている
間は持っていていいって事。
でも。
俊之が嫌いになったら、
返して頂戴。
解りました。
なくさない様に、
ちゃんと持っていてね。
はい。
絵美ちゃんは、もう
ウチにとって身内みたいなもんだから。
ありがとうございます。
だから、いつでもウチに
来てくれていいし、自分チの様に
寛いでくれてもいいのよ。
はい。
じゃあ、私、時間がある時に
お手伝いをしましょうか?
お手伝い!?
掃除や洗濯だったら、
私にも出来ると思うので。
だったら、絵美ちゃんは
自分のお母さんを手伝ったら?
ウチのお母さんは専業主婦だから。
俊君のお母さんは仕事で
大変そうだと思って。
あら、そう!?
じゃ、遠慮無く、
お願いをしちゃおうかしら。
どうぞ、何でも言って下さい。
だけど、洗濯は私が朝に
やっちゃうからねぇ。
そうなんですか!?
時々、寝坊をしちゃった時に
出来なかったりはするから、
その時にお願いをしようかな。
任せて下さい。
洗濯機の使い方は
後で教えるとして。
はい。
先ずは洗濯物の収納先を
教えておこうかな。
はい。
俊之のものは、このリビングの
箪笥と俊之の部屋。
はい。
下着やタオル類は洗面所の箪笥。
はい。
詳しくは開けて見れば、何処に
何が入っているか分かるはず。
はい。
そして私のものは、
私の寝室のベッドの上にでも
置いておいてくれればいいわ。
はい。
寝室に入るのは構わないから。
ただ、余り物を
いじったりはしないでね。
解りました。
それと、後はお掃除だけど。
はい。
私の寝室と和室は
掃除をしなくていいわ。
私がするから。
はい。
後は適当にやって貰って構わない。
はい。
洗濯も掃除も、
本当に出来る時だけでいいからね。
はい。
出来なかったところは今まで通り、
私がやればいいんだから。
はい。
でも、本当に助かるわ~。
いえ、俊君もお母さんも毎日、
一生懸命に働いているのに、
私、何にもしていなかったから。
俊之、本当に、いいお嫁さんを
見つけてきてくれたわ。
お嫁さんだなんて。
絵美は少し照れた。
私はもう、
絵美ちゃん以外は許さないわ。
そんな~。
迷惑だった?
いえ。
とても嬉しいです。
じゃあ、もう、決まりでいいじゃない。
俊君の意見は
聞かなくてもいいんですか?
だって、俊之はもう、
絵美ちゃんにベタ惚れだもの。
え!?
そんな事、
聞かなくてもいいに決まっている。
そうなんですか!?
そうよ。
絵美ちゃん、もう自分でも、
それくらいの事は
判っているんじゃないの!?
それくらい?
俊之に惚れられているって事。
そんな事を言われても、
うん、とかは言い辛いですよ~。
それも、そうね。
でも、俊君、私に
プロポーズはしてくれました。
え!?
そうなの!?
聞いていませんか?
初耳。
俊之、全然、細かい事は
私には言わないからね。
そうなんだ。
って、プロポーズは
細かい事じゃないわよね。
プロポーズって言っても、
仮みたいなものです。
仮!?
私達、まだ若過ぎるから、
また時期が来たら、
ちゃんとプロポーズをしてくれるって。
そうだね。
だから、私の事をとても大切に
してくれている様には感じます。
そう。
なら、いいじゃない。
はい。
それで私も俊君の事をとても
大切に思えるし、大好きなんです。
照れながら絵美が言った。
ありがとうね。
俊之の事をそんな風に
思ってくれて。
いえ。
でも、これから、
あなた達の事を訊くなら、
俊之に訊くより絵美ちゃんに
訊いた方が良さそうね。
どうしてですか?
さっきも言ったけど、
俊之、細かい事は私には
何も言わないのよ。
へぇ~。
まあ、大事な事は、ちゃんと
話をしてくれるから、いいけど。
なんか、信じられないな~。
何が?
私、おしゃべりには
自信があったんだけど、
俊君としゃべっていると、
俊君には敵わないなって思うから。
あはは。
そうなんだ。
そうなんです。
それは、俊之が絵美ちゃんに
惚れているからだろうね。
そうなのかな!?
とにかく面白い話を聞かせて貰ったわ。
そんなに面白かったんですか!?
だって、あの俊之が、
そんなにおしゃべりだったなんて。
あはは。
なんか、
母親の限界を感じちゃったかな。
母親の限界ですか!?
まあ、いいわ。
そろそろ夕飯の支度をしなきゃ。
絵美ちゃんも食べていく?
いえ。
今日は帰ります。
そう。
でも、時々でいいので、
料理の方も教えて下さい。
いつでもいいわよ。
それじゃ、今日は失礼します。
そして絵美は勝手口へ向かった。
あ、そうだ。
絵美ちゃん、ちょっといい!?
はい!?
これからは絵美ちゃんも、
ウチに入る時は勝手口からって事。
解りました。
絵美ちゃんは、
もう身内なんだから。
玄関はお客様用。
はい。
それじゃ、また明日、来ます。
そう言うと、絵美は勝手口で靴を履いた。
お願いね。
絵美が勝手口から外に出て、ドアを閉めた。
絵美はそのまま庭先に留めてあった
自分の自転車で、自宅へと帰る。
あ、洗濯機の使い方を
教えるのを忘れたわ。
まあ、明日でいいわ。
それより夕飯の支度を始める前に
洗濯物を取り込まなきゃ。
俊之の母は洗濯物を取り込みに行く。
洗濯物を干しているところの、
ちょっと先には俊之の母の小さな花壇があり、
幾つかの秋桜の花が可愛らしく咲いていた。