カグヤから5人の求婚者たちに課題が出されてから数か月が経過した。
その間に、カグヤの暗号を解き明かしたものはおらず、課題に書かれたものを持ってきたものは皆無だった。

中には暗号を解き明かさずに、カグヤの家の周りで聞き込んだ結果と勘で品物を持ってきた男もいたが、当然、課題をクリアとは認められず、持ってきた品物を素気無く返却されてしまった。

その結果、求婚者として名乗りを上げた男たちも一人、また一人と求婚を諦めるようになり、数か月が経過する頃には挑戦者5人全員がカグヤへの求婚権を放棄した。

おじいさん

まったく……だらしない奴らじゃ……


お爺さんが求婚を諦める旨が書かれた手紙をくしゃり、と握りつぶし、お婆さんがそれを囲炉裏の火に放り込んで燃やす。

おばあさん

まぁ、そんな根性のない連中にわしらの大事なカグヤを娶らせるだなんてありえないですね……


灰となった手紙が煙に巻きあげられる中、カグヤは読んでいた本から目を離してため息をついた。

カグヤ

私としては、どこの馬の骨とも知らない馬鹿たちに嫁ぐ気なんてさらさらなかったので、そもそも課題を突破したところで盛大に振ってやるつもりでしたが……
まさか、ここまで情けないとは思いませんでした


何気にひどいことを計画していたカグヤに、お爺さんとお婆さんは一瞬おかしそうに喉を鳴らしたあと、ふと心配そうな眼を向けた。

おじいさん

それにしても、本当に結婚しなくてよかったのかい?

おばあさん

そうじゃよ……
わしも爺さんも先は長くない……
わしらが死んだあとに一人では寂しかろう?
誰かと結婚しておれば……

カグヤ

いいんです……
私はお爺さんとお婆さんが大好きですから……
好きでもない人と結婚してこの家を離れたくありません

小さく首を振ったカグヤは、『それに』と付け加えようとして、しかしその先の言葉は呑み込んだ。

一方そのころ、日本を治める帝がいる朝廷では、5人の求婚者全員がカグヤ争奪戦から脱落したという知らせを受け、噂を聞きつけてからずっと気になっていた帝が、嬉々として部下に命令を下していた。

よいか?
この手紙を必ずカグヤのもとへ届けるのだ
そして何としても、カグヤを我が元へ連れてくるのだ
この任務の失敗は絶対に許されん!
行け!

部下

しかし相手はあのカグヤ姫……
一筋縄では……

渋るようなら金でも出して連れて来い!
今回の任務には金に糸目をつけん
さっさと行け!

帝の命令に逆らえない部下は、話は終わりだとばかりに奥へ引っ込んでしまった帝を見送ってから小さくため息をつくと、傍に控えていた部下に命じて人を集めると、どうせ断られると思いながらも出発していった。

帝の命令で部下たちがカグヤを迎えに行って数日が経過したころ。
まさか帝からそんな話が飛び出していたとは欠片も思っていないカグヤは、ある夜を境に月を眺めては深くため息をつくようになった。

おじいさん

カグヤや……
そんな月を眺めてため息なんぞついて……
一体どうしたというんじゃ?

おばあさん

月を見て大猿や狼に変身するわけでもなし……
女には男にいえない気分になることもあるもんですよ

お婆さんもカグヤの気持ちを慮って放っておけと忠告するも、その声音にはどことなく心配が混じっている。

それを敏感に感じ取ったカグヤは、顔を真剣なものにしてから、ゆっくりとおじいさんとおばあさんを振り返る。

カグヤ

お爺さん……
お婆さん……
私を拾い、ここまで育ててくれたこと……とても感謝しております……
ですが……
どうやらもうすぐでお別れしなければならないようです……

おじいさん

それはどういうことじゃ!?

おばあさん

まさか結婚相手が決まったのかの!?

カグヤ

いえ……そうではなく……
もうすぐ……月からの使者が私を迎えに来るんです……

そしてカグヤは淡々と語り始めた。
自分が実は月都市の住人であること。
地球へは文明や科学技術の発展度合いの調査へ訪れたこと。
その際に、地球人の行動を見るためにサンプルとして自分が幼い状態で残されたこと。
そして、そのサンプルデータが十分に集まったため、自分の役目も終わること。

カグヤ

恐らくは……数日のうちに使者が来ることでしょう……

おじいさん

お前はどうしたいんじゃ?

カグヤ

えっ……?

おばあさん

カグヤが故郷に帰りたいというのなら、わしらは何もいいはせん……

おじいさん

じゃが、お前が帰りたくない……
ここに残りたいというのなら、わしらはお前を全力で守る……

おじいさん

お前はどうしたいんじゃ?

カグヤ

わた……しは……

カグヤ

ここにいたい!
おじいさんとおばあさんとずっと一緒にいたい!
帰りたくない!!

カグヤの心の叫びに、おじいさんとお婆さんは大きく頷いた。
そのときだった。

部下

カグヤ殿はおられるか?

夜遅くにも関わらず、玄関先から人の声が聞こえ、お爺さんとお婆さんは思わず顔を見合わせる。
そして瞬時に険しい顔になると、壁にかけてあった刀と薙刀を手に、玄関へと掛けていった。

おじいさん

カグヤを連れ戻しに来たか、この宇宙人め!!

おばあさん

カグヤはここに残る!
消え去れ!!

出会い頭に刀と薙刀を突きつけられ、それどころか頬を掠めたことで粟を食った部下たちは、慌ててその場を退散。
結局帝からの手紙を渡すことなく、立ち去っていった。
ちなみに、任務が失敗したことで彼らは帝から酷く怒られ、帝は部下からの報告でお爺さんとお婆さんが恐ろしくなり、カグヤを諦めたというがそれはまた別の話。

何はともあれ、お爺さんとお婆さんはすぐに月の使者迎撃の準備を始めた。

お爺さんは軍人時代の伝から、優秀な傭兵を雇い入れ、お婆さんはカグヤと共に膨大な資料から最適な作戦を立てていく。

カグヤ

月の使者たちは、光学兵器で相手の戦意を奪い、無力化する力を持っています

おばあさん

ならば、罠を張った屋敷に敵を迎え入れて、罠に混乱している隙を狙って敵を奇襲するのがよいな……

そして、ついに月の使者たちがカグヤを迎えに天から降りてくる日が来た。

準備を整え、使者たちを迎え撃つべく、カグヤやお爺さんお婆さん、傭兵たちが物陰に隠れて息を潜める。

一方、月の使者たちはカグヤの姿が見当たらないことを不思議に思い、屋敷を捜索すべく、何も知らずに中へと踏み入っていく。
その直後だった。
ぴん、と使者たちの足に細い糸が引っかかり、僅かな抵抗を残して切れる。
その瞬間、

屋敷のあちこちから、月の使者たちめがけて大量の矢が殺到した。

使者

ぐわぁっ!?

使者

何だ……ぎゃあっ!!

使者

まさか罠!?
がふっ!?

矢に貫かれ、悲鳴を上げながら使者たちが次々と倒れていく。

カグヤ

今です!

そこへ、カグヤの号令を受けた傭兵とお爺さんお婆さんが武器を持って突入していく。

罠で混乱する中への、完全な奇襲。それは、圧倒的だったはずの彼我の戦力差をひっくり返すほどだった。
とはいえ、当然使者たちもやられっぱなしでいるわけではなく、罠を乗り越えた兵士たちがそれぞれの武器を手に傭兵たちを迎え撃つ。
屋敷の中はまさに混戦状態へと突入していく。

そしてそれは、カグヤの目の前で起こった。

使者

くたばれ!
老いぼれ!!

おばあさん

あぁっ!?

おじいさん

婆さん!?

使者

テメェもだ!
じじい!!

おじいさん

ぐぁああああぁっ!!

薙刀を手に、使者たちを打ち倒していたお婆さんが敵の凶刃に倒れ、それを庇うように飛び込んだおじいさんまでもが、刃に貫かれてしまった。

カグヤ

お爺さん!!
お婆さん!!

カグヤが慌てて駆けつけるも、二人の出血は酷く、素人目に見ても、すでに手遅れだということが分かる。

そんな中、血に濡れた手でカグヤの手を取りながら、お爺さんとお婆さんは微笑んだ。

おじいさん

わしらは……もうだめじゃ……
じゃが……最後にお前を守ることができた……

おばあさん

わしらは……幸せじゃ……
カグヤのような……娘を孫に持てたんじゃからな……

カグヤ

お爺さん!お婆さん!
喋らないで!!
早く手当てを……

おじいさん

いいんじゃよ……
もう……いいんじゃ……

おばあさん

カグヤ……
お前は……お前の幸せを……探すんじゃ……

その言葉を最後に、お爺さんとお婆さんの体から力が抜け、二人は永遠に目覚めることはなく、カグヤは溢れる涙をとめることができなかった。

それから少しして、月の使者を殲滅した傭兵たちから勝利の声が響く中、お爺さんとお婆さんの血がついた手を握り締めながら、カグヤは叫ぶ。

カグヤ

まだです!
この使者たちは本隊のほんの一部!
本隊を……いえ、月都市に住む女王を倒さなければ……敵はいずれまたこちらへ攻めて来るでしょう……
これはもう……戦争なのですから……

カグヤ

だから皆さん……
どうかお願いです……
お爺さんとお婆さんのためにも……
この戦場に散っていった仲間たちのためにも……
今一度私に力を貸してください……
月の女王を倒す力を……

強く手を握り締め、深々と頭を下げるカグヤの懇願を断る兵士は、一人もいなかった。

それから数ヵ月後。

報告します
ラグランジュワンの反乱軍、鎮圧に失敗しました!
反乱軍の抵抗は勢いを増しています!

女王

そうですか……
ご苦労様です

部下が深々と頭を下げてその場を去ろうとした矢先、別の部下が慌てて女王の前に飛び出してくる。

使者

報告します!
反乱軍より、我々へ通信が入りました!

女王

つないでください!

その数瞬後、女王の前にホログラムが浮かび上がり、カグヤの姿が映し出された。

カグヤ

お久しぶりです、女王陛下……

女王

カグヤ……
やはりあなたでしたか……

陛下
発信源は地球と思われます

耳打ちした兵士の言葉に小さく頷き、女王は話を続ける。

女王

それで?
一体何のようですか?

カグヤ

宣戦布告に決まってるじゃないですか……
我々はこれより、そちらへ攻め込みます……

女王

そうですか……
しかし、地球と月の距離は約37万キロ……
我が軍の宇宙船を使っても数週間は掛かります……
当然、その間に我々は迎撃の準備を……

カグヤ

もう遅いですよ……
女王陛下……

カグヤの言葉と同時に、女王の間に振動が走り、直後に兵士が血相を変えて飛び込んできた。

報告します!
現在、月都市へ反乱軍が攻撃を!!
先頭には……竹の模様が入った旗を掲げる船が……!
か……カグヤです!!

女王

どういうことですか!?

慌ててモニタに目を向ける女王へ、カグヤは冷徹に告げた。

カグヤ

発信源の偽装は情報戦の基本中の基本……
私はすでにあなたのすぐ傍まで来ていたんですよ……
陛下……

カグヤ

さあ、お別れです陛下……
私から大切な家族を……
幸せな日々を奪った罪……
あの世で後悔して下さい……

次の瞬間、女王の間を含めた月都市全体が眩い光に飲み込まれ、カグヤの通信が途絶える。

こうしてカグヤの復讐から始まった地球と月の戦争は終わり、復興した月都市は「タケトリ・シティ」と名づけられ、カグヤはそこの新たな女王としていつまでも暮らしたという。

おしまい

第三幕 竹取戦姫

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