店主

さぁ、私の商売道具……返してもらおうか

後ろは壁になっており逃げ場がない
正太郎は打開策に頭を巡らせていた。
すると

店主たちの背後で大きなもの音が鳴った
彼らはその音に気をとられ、意識が正太郎たちから離れた

正太郎

いきますよ!百合さん!

百合

は、はい!

正太郎は店主たちを突き飛ばし、下の階へ急いだ

店主

くそっ!
何してる!早く追え!絶対に逃げられるな!
あの女にはもう買い手がついてるんだ!
逃がしてたまるかぁ!

追手が鬼のような形相で正太郎たちを追う

店主

絶対に逃がすものか……

正太郎は百合の手を引いて店の中から出るために走った。
店の構造に関しては百合のほうが詳しいため、逃走ルートは百合が指示していた。

正太郎

どっちに逃げれば……

百合

その角を右にある裏口のほうに行きましょう
裏口方向からなら追っ手も少ないかと……

正太郎

わかった

そう言って正太郎と百合は裏口を目指した

百合

あの扉です!

百合が勢いよく扉を開けた
しかし、そこには……

下っ端

待ってたぜ?

正太郎

こっちに!

正太郎たちは元来た道を戻ろうとする
しかし、追っ手は後ろからも来ていた

店主

観念しなさい……

はーなーれーろー!!!

店主の後ろの階段から大声とともにガタガタと机の様なものが落ちてきた
あまりに突然のことに店主たちはもちろん正太郎たちまで驚く

百合

お菊!

お菊

来ちゃった

そこにはお菊を先頭に遊女の仲間たちが百合の逃走の手助けに来ていた

店主

お前ら……
自分たちが何やってるか分かってんだろうな!

店主が鬼の形相で叫ぶ
しかしお菊はそんなことどこ吹く風といった様子だ

百合

お菊……こんなことしたら……

お菊

百合……
私の分まで……幸せになってね
どこにも行かないでなんて言ったけど……
百合が幸せになってくれるなら、それでいいから……

百合

お菊……

お菊

ほら!いった!いった!

お菊は最後の力を振り絞り下っ端たちの自分は足止めを図った

下っ端

どけ!邪魔だ!

百合

お菊……

正太郎

行きましょう……百合さん……

お菊

早く!百合!
私の分まで……幸せになってね!

百合

お菊!
私はあなたのこと絶対忘れないから!

正太郎と百合は吉原の町から逃げるように走った。
聞きなれた喧騒が遠くに離れてゆく

一人の少女が鳥かごから放たれたときだった

二人は追手を撒いた先で息を切らしていた。
ここまで来れば安心だろうと正太郎は息を深く吐いた

百合

はぁ……はぁ……

日ごろ走ることをあまりしないせいか百合の息は絶え絶えだった。
正太郎はそんな百合を見てふと思いついた。

正太郎

百合さん目をつぶって、僕の肩を持っててください

百合

は、はぁ……

百合はよくわからないといった様子で正太郎の指示に従う。
少し歩いた先で正太郎は立ち止まり、百合に顔を上げてくださいといった。
百合はそのまま顔を上げた。
そこには

百合

綺麗……これ……山茶花……?

正太郎

そう……
今ならちゃんと言えそうだよ……

百合

言えるって……

正太郎

僕と一生連れ添ってくれますか?

百合

もちろんです……
私はあなたのことを心の底からお慕いしていますから……

正太郎

やっぱり君には山茶花が似合うね
花言葉も含めて

百合

そう言えば……私は山茶花の花言葉を知りません……
教えていただけませんか?

百合の問いかけに正太郎は待ってましたといった表情で答える

正太郎

山茶花の花言葉は『君が一番美しい』だよ

百合

なっ……

百合の白い頬が瞬く間に山茶花のように赤く染まっていく
正太郎はその顔を見てニコニコと笑った

正太郎

じゃあ行こうか
僕らのこれからの場所へ

正太郎はそう言って百合に手を差し伸べる
百合は照れながらその手を取り二人で歩きだす

微風が二人の道を作るかのように山茶花の間を抜けてゆく。
花々は二人の明日を祝うかのように揺れる。

一人の心なき少女の未来への物語

これにて終幕――

最終章:地上に咲くは夢の花

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