今日という一日はあっという間に終わっていく。人によっては遅く感じる者もいるが、基本は淡々と進んでいく。特に大きな出来事があれば尚更、時間のスピードは速く感じる。

 昼休み、俺のクラスメイト兼友人の草ケ部が窓をぶち破るという偉業を成し遂げた。何を思ってそこまでしたのかは分からないが、心底驚かされる。理由は分からないが、俺の知ってるあいつはそんな暴力的な奴ではなかった。口は悪い所があるにはあるが少なくとも手を上げるようなことは絶対にしなかった。

友原 和則

…………

 ここである憶測が浮かんだ。前回のヘイトスピーチといい、今回の暴力沙汰といい、何かがあいつの身にあったんじゃないかということを。

 根拠はない。これは一個人の見方として出た意見であって、勝手に決めつけるわけではない。ただ、ここ数日の行動を見てる限りではそれもあり得るということを俺は言いたいだけだ。

 時間は五限目の終わったあと。みんな、席を立って、未だに先ほどの事件をネタに好き勝手話している。事件を起こした当人の自業自得でもあるが、聞かされてる身としては些か良い気分がしない。ある意味、この教室は居心地が悪い。

 俺は気分転換も兼ねて、トイレに行こうと席を立つ。そのまま教室から出ようと出口に向かうのだが、ふと視界に國澤の姿が視界に入った。

 さっきの出来事のせいか、それともいつも通りのことなのか……席に着いた状態で俯いていて、表情が窺えない。特に誰とも話す様子もなければ、動く気配もない。言ってしまえば人形みたいだった。

友原 和則

ま、相変わらずなわけだ……

 心の中でそう自己解釈し、俺は教室を出て行く。

 トイレに入った時、まるでタイミングを見計らったかのようにポケットに突っ込んでいた携帯のバイブの振動が足から伝わってきた。さすがにここで電話するのもアレかと思い、トイレを出て廊下を渡りながら携帯を取り出した。

 画面を見てみると、そこには先ほどの事件の当事者の名前が表記されていた。聞きたいことも色々あり、俺は迷わず通話ボタンを押し、耳に当てた。

友原 和則

もしもし

草ケ部 蒼汰

あっもしもし! 良かったぁ……繋がって!

友原 和則

どうかしたのか?

 電話の向こうのアイツはやけに安心したような声で溜息を吐いた。

草ケ部 蒼汰

ごめん、お前に頼みがある!

友原 和則

頼みって……?

 何となく嫌な予感を感じながら、俺は恐る恐る彼に問いかけてみた。

草ケ部 蒼汰

國澤にあの日あの場所で、何があったか聞きだして欲しい!

友原 和則

お前……

草ケ部 蒼汰

頼む友原。今國澤に真相を聞き出せるのはお前だけなんだ!

 呆れて言葉も出なかったが、向こうの草ケ部の声は真剣そのものだった。それになぜか、電話越しに頭を下げられている気がしないでもない。友人として、助けになってやるのが定石だろうが、その前に彼に聞きたいことがあった。

友原 和則

何でそこまでして真相を知ろうとするんだ?

草ケ部 蒼汰

それは……

 草ケ部は言いづらそうに言葉を濁した。確かに真実を知ることも大切だ。偽りだけを信じ込まされ続けるのは辛い。本当のことを知り、正しい判断をしていくのは重要なことだと思う。だが、同時に真実を知った所でそれが本当の解決になるかどうかは分からない。それを踏まえた上で、彼はどう答えるのか、それが聞きたかった。

草ケ部 蒼汰

俺は、浪木を助けたい……

 真剣な声色でそう言ってきた。コイツがやろうとしていることは確かに良いことだ。純粋に他人を助けたいと思ってて、見返りもあてにしているような感じもしない。だからムカつく。

友原 和則

一言言っておくが、俺……お前のそういう所嫌い

草ケ部 蒼汰

ッ!?

 向うの方で驚いたようなそんな挙動が感じられた。こんなことを言われたら当然の反応だろうな。

友原 和則

前に國澤を救うとかなんとか言ってたが、結局自分を犠牲にしてただろ

草ケ部 蒼汰

…………

友原 和則

助けることにとやかく言うつもりはないが、お前自分を大切にしなさすぎ。ちゃんと考えて、どうすれば効率的にうまくいくか考えろよ

 とまぁ、ここまで言ったものの何も行動しなかった俺に比べたら十二分にマシだろう。こうやって説教染みたことを言ってる俺なんてアイツを助けることを考えもしなかった。故にこいつには、うまくいってほしいと思う。無事に浪木を救い出して、この険悪なクラスを元に戻してほしい。

 だから俺は友人にこう言うのだ。

友原 和則

だけど、お前のそういう所は良い事だと思う。きっかけは何か知らないが、よく頑張って努力したな

草ケ部 蒼汰

友原……

友原 和則

國澤は任せろ。俺のやり方でアイツを説得するから

 ふと向うから溜息が聞こえてきた。それが安堵のために出たものなのか、それとも俺に説教食らって落ち込んでいるものなのかは知らない。だけど、流れ的に良い傾向に向かってるのは分かった。

草ケ部 蒼汰

ありがとう

友原 和則

おお、なんか聞き出せたらまた連絡する

 そう言って俺は、携帯の電源を切り、踵を返す。

友原 和則

さて、國澤の説得かぁ……俺としてもアイツとの関わりなんてこれっぽっちもないぞ

 思考を深め、今アイツにどんな説得をしてやれば良いかと考える。あまり問い詰めるのも本人にとっていい気分ではない。だからといってあまり奥手にいくと必要な情報なんて引き出せない。このさじ加減がどうも難しい。

友原 和則

でも待てよ。俺の今の立ち位置を考え直してみろ

 國澤の視点から見る俺は、幾分かは他の奴と立ち位置が違うはず。前回のヘイトスピーチがアイツの立場を少なくとも良くしているはずだ。

友原 和則

ダメだ……それで口を開いてもらえるほど甘くはねぇよな。あいつがやらかした事例もあるし……

 まるで俺を追い詰めるかのように、甲高いチャイムの音が響き渡った。もう次の授業の準備をしなくちゃいけないことや、どうなるか分からないという不安に押しつぶされそうだった。

友原 和則

なんにしても……國澤が俺に惚れてるでもない限りは、ペラペラと情報を引き渡さないわな……

友原 和則

……ん?

 あれ? と何か俺の頭の中で革命的な案が浮かんだような気がした。

 授業が終わり、皆が帰るのを今か今かとうずうずさせていく中、担任の南方は死んだ魚の目でメモした内容を言っていく。

南方 功

もうすぐ文化祭だが、材料及び予算はくれぐれも使いすぎないように。だからといって、ショボいもん作らねぇようにな

 担任が覇気のない声で淡々と語っていく。いつもはとっとと終われと思うこの連絡も、これほど終わって欲しくないと思うのは初めてだ。

南方 功

んじゃ、説明は以上だ。帰っていいぞ

 呪縛から解き放たれたかのように各々が立ち上がった。俺もそれに参加し、とある人物に標的を定める。相変わらずの暗い表情を顔に貼り付け、俯き加減に教室を後にしようとしていた。

 ちょうどその後ろには、神薙が親し気に手を伸ばしているように見える。マズい、俺の頭の中でそのワードがひたすら強調された。このまま神薙も一緒にいる状態で國澤に声を掛けると、めんどくさいことになる。

友原 和則

どうするか……

 だが、困惑する俺に救いの船が来るのはそう時間がかからなかった。

南方 功

おい神薙、ちょっと来い

 神薙が國澤の肩に触れる寸前、南方の声がその動作を防いでくれた。神薙は一度体を硬直させると、いつもの笑顔を南方に向けた。

友原 和則

ありがてぇ南方! これほどお前を尊敬したことはねぇよ!

 内心、南方に礼を述べて俺は國澤の方へと走りだす。ガラにもないが、少し明る気に気さくな感じで……。

友原 和則

あ、おーい國澤! ちょっと用があるんだけど!

 俺はそう言って彼女の横を陣取る。男が横に立ったためか、彼女は少しばかり体を委縮させた。目もこちらに合わせず、空虚な視線が下を向いている。

國澤 真奈美

なに?

友原 和則

ちょっとあまりここでは話せないんだ。人が少なくなったらで良いか?

 大体の生徒が帰ったであろう時間。場所は校門前。彼女は待ってる時間、俺と一言も会話をせず、他人がいなくなるのを怯えながら待っていた。

 人の流れが途絶えた頃合いに、初めて彼女は自分から口を開いた。

國澤 真奈美

で、用って何よ

 不機嫌さを表しているような感じもなく、彼女はただ不安気に俺に質問をする。確かに、あまり人がいない状況で男女二人きりというのは緊張するな。現に、背筋の汗が尋常ではない。だが、やると言ってしまった以上、やらなくちゃかっこ悪い。

友原 和則

國澤、今お前は学校が楽しいか?

國澤 真奈美

皮肉のつもりなの?

友原 和則

いいや、純粋に思ったことを聞いてるんだよ

國澤 真奈美

楽しいわけないでしょ……皆が私を悪者として見てる。何を訴えても、抗議しても誰も信じてくれない

友原 和則

それは本当に言い切れるのか? 誰かからそれを直接聞いたのか?

國澤 真奈美

言わなくても分かるわよ。皆の目を見ていたらね

 この時の國澤の口調は少し強めだった。若干ではあるが、感情が出てきているようだ。

友原 和則

なんだ、それだったら当てにできないな

國澤 真奈美

…………!?

 その言わずと知れた根拠はただの決めつけ。國澤が孤立しているのは他の奴でもなく、自分のせいだ。何もやっていない、それを信じてもらいたくて、必死に皆に訴える。だけど、それでは到底皆に信頼されないだろう。だって、信じようとしてないのはクラスの皆ではなく彼女自身なのだから。

 彼女の感情が少し表に出ているうちに、俺は話を進行させる。

友原 和則

クラスの奴を信頼できないんじゃくて実際に信用できないのは國澤じゃないのかな?

國澤 真奈美

そ、そんなわけないでしょう……!

 國澤は俺の言葉を切り捨てた。

國澤 真奈美

私は……

 彼女の口からそれ以上の言葉が出てこなかった。彼女も自分ではどこか認めてしまっている所もあるということなのか、否定の言葉は聞こえない。

 なら、と俺は思い切った行動に出る。

友原 和則

じゃあここからが本題

 俺は案を出すように人差し指を立て、こう言った。

友原 和則

俺と付き合ってください

俺が國澤 真奈美を助ける

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