乙姫

あなた鬼ですね、浦島太郎さん

浦島太郎

……………えっ?

何故、どうして、見破られた。そんな思いが頭を駆け巡る中、ぼくは1つの希望を見つけたのを密かに理解した

浦島太郎

乙姫様は鬼の存在を知っている!

それが何より嬉しかった

乙姫

どうやって人間に化けているのかは分かりませんが、あなたは確実に鬼の気配がします

そう断言する彼女に僕の興奮も最高潮になる

浦島太郎

はい。乙姫様の言う通り、僕はレンという名の鬼です。ある人物に殺されて、目が覚めたら浦島太郎さんの体に乗り移っていました。

乙姫

乗り移っていた………成る程、それは凄く興味深い話ですね

またも乙姫の顔に笑みがこぼれる
だが僕が知りたいのは何故乗り移ったかじゃない

浦島太郎

失礼ですが乙姫様は“鬼ヶ島”をご存じでしょうか?

乙姫

えぇ、勿論。昔に少し訪れただけですが、

浦島太郎

やった!遂に鬼ヶ島を知る人物を見つけた!

浦島太郎

あの!僕をそこまで案内してくれませんか!

浦島太郎

一刻でも早くマナのところに行きたい!

そんな思いが滲み出てしまった
そう言うと乙姫様は、考えるように下を向いて、数秒してから呟いた

乙姫

良いでしょう

浦島太郎

っ!!

乙姫

ただし、

浦島太郎

ただし……?

乙姫

あなたがどうしてそうなったのかを、事細かく話してください。大丈夫です。時間はたっぷりあるのですから

浦島太郎

…………分かりました

ここで乙姫様の機嫌を損ねるわけにはいかない。僕は早く鬼ヶ島に行きたい衝動を抑えて小さく頷いた

乙姫

では、そこにお座り下さい

浦島太郎

はい

僕はふかふかの座布団に座り、話を始めた

浦島太郎

―――――そして、1週間経って現在に至ります。

一通り説明を終える。だいぶ時間を使った気がするが、どのくらい経ったかはいまいち分からない。

乙姫

そうですか…………やはり、原理が全く分かりません。本当に神の為せる技としか考えられませんね

浦島太郎

………そうですか

僕を鬼と見抜いた乙姫様でもこればっかりは分からないらしい

浦島太郎

そういえば乙姫様はいつから僕が鬼だと分かっていたんですか?

乙姫

それは勿論、一週間前にあなたが浦島太郎さんの体に乗り移った時です。

浦島太郎

………えっ?

乙姫

私はときどき海の上の生活を覗くのですが、丁度その時見ていたんです。あなたが浦島太郎に乗り移るのを、細かく言えば、浦島太郎さんらしくない行動をとるのを、それからは何度か偵察部隊を送って状況を確認し、苛められている亀を助けたという理由を元に竜宮城に来させたのです。

驚いた事に、乙姫様には全てがお見通しだったらしい。じゃあ僕の1週間は何だったんだと無性に凄く叫びたくなった。

浦島太郎

それで、乙姫様!僕の事は全て話したんですから、鬼ヶ島に連れていって下さい!

乙姫

まぁ、そう慌てないで下さい。

浦島太郎

慌てますよ!こうしてる間にも時間は刻一刻と過ぎているんですよ!

乙姫

大丈夫です。竜宮城にいる間は時間の概念が違いますから

浦島太郎

概念が違うっていっても……………今なんて言いました?時間の概念が違う?

乙姫

はい。竜宮城はただのお城ではありません。いうなれば“時間軸の違う世界”とでも言いましょうか

浦島太郎

時間軸の違う世界?

僕は言葉の意味が分からず、その言葉を繰り返す

乙姫

例えば、レンさんが何か楽しいことや面白いと感じる事があったとします。その時、時間の経過は普通よりも早く感じますよね

浦島太郎

はい

乙姫

逆に退屈や、つまらないと感じた時は時間が長く感じる

浦島太郎

そうですね

乙姫

それが竜宮城では用いられているのです。竜宮城にもっと居たいと思えば思う程、時間の経過は早くなり。早く帰りたい、ここから出たいと思う程時間の経過は遅くなる。レンさんは先程から鬼ヶ島に早く行きたい。つまりはここを早く出たいと考えているわけです。

浦島太郎

ってことは今の時間の経過は普通よりも遅くなっている……ということですか?

乙姫

はい、その通りです。

そう言ってにっこりと笑う乙姫様の顔は凄く綺麗だった。

浦島太郎

つまり乙姫様は時間軸の違う、この世界の支配者というわけか

亀の言葉の意味をようやく理解した

そうだ、時間はいつもより遅い、それなら竜宮城にもう少しいてもいいんじゃ……………

浦島太郎

いや、それでも……

浦島太郎

僕は一瞬でも早くマナに会いたいです。

それは心の奥底から出た言葉だった

乙姫

………………そうですか。では最後に1つ、あなたにお土産を差し上げましょう

浦島太郎

お土産?

持っておいで、乙姫様がそう言うと、部屋の奥から玉を乗せた魚が現れた
乙姫様はそれを受けとると、僕の目の前に差し出す

浦島太郎

これは?

乙姫

それは秘密です。ここで言ってしまうと面白味に欠けますので、

そう言って渡された玉は海の色にそっくりの美しい玉だった

乙姫

ただ1つだけ言っておきます。この玉はマナという人が“あなたをレンだと信じられなかった時にだけ”使って下さい。私との約束ですよ

浦島太郎

分かりました

乙姫

では、レンさん。楽しい時間をありがとうございました。

そう言う乙姫様に一礼して、僕は走って竜宮城の外に向かった。

乙姫

……………

乙姫

……さよなら、大好きな浦島さん

浦島太郎が去った部屋、乙姫はそこで独り呟くのだった

そこにはやはり亀がいて僕の事を待っている様子だった

浦島太郎

本当に、恐ろしい程準備がいいな

僕は、さっきまで見ていた乙姫様の姿を思い出す。
あの洞察力は恐ろしいものだが、今は凄く頼もしい

浦島太郎

それじゃ鬼ヶ島まで頼むよ

急いで亀に跨がる

分かりました

亀は竜宮城に来たときよりも何十倍も早く海の中を駆けた

ものの数分で着いた鬼ヶ島を、僕はとても懐かしく感じた。そこは僕が最後に見たときと何も変わらない。いや、前よりも腐った鬼の死体が無数にあるところだった

そんな光景を目撃し、亀は少し顔を歪める。僕もあまり見ていられる物ではない

浦島太郎

ありがとう亀さん。それじゃあ行っていいよ

このまま時間を使うのも勿体無いので、一先ず亀を帰らせる
亀は『また何処かで』というとまた海の中に潜っていった
見えなくなるのを確認してから僕は鬼ヶ島の洞窟の奥に向かった。

浦島太郎

マナ!待っててね!

だがそこには桃太郎にとられたであろう宝物も、マナの姿も無かった。

浦島太郎

*あれから1週間経ったんだ、流石にここに居るわけない

そう自分に言い聞かせてまたもマナを
探して走る

浦島太郎

マナ~!何処にいるの~!

だが何処からも返事がない。
それもその筈、

マナはもう鬼ヶ島には居ないのだから

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