……

 ようやく昇り始めた月が、ティアが佇む部屋の壁を小さく照らす。

 白く光った、壁に掛けられた豪奢な衣装を睨むと、ティアは窓の外に広がる森に目を向けた。

……はぁっ

 口から出るのは、深い溜息。

 明日の朝、ティアはここを、父と母が亡くなってからずっと寄宿していたこの女子修道院を出て、新しくこのフルギーラの地に赴任してきた若王リュカの腹心と婚礼の式を挙げる。兄が、この地を支配してきた領主の最後の男子が亡くなったのだから当然の処置ではあるが、それでも。怒りと、無力感がティアの全身を震わせた。しかし、この感情をぶつけるべき相手は、もう、どこにもいない。心を落ち着かせるために、ティアは夜空を見上げた。

 白い月明かりと、兄が眠る場所に置かれた墓碑の色を、重ね合わせる。ティアの兄、アキは、中央集権を目指す若王リュカに心酔し、それ故に、王に恨みを抱いた近隣の小領主達によって捕らえられ、そして無惨な死を遂げた。

兄上……

 閉じ籠められた地下牢で首締めの拷問に掛けられ、首の骨を折られた兄の、一目ではその人と分からないほどに面変わりしていた死顔が、ティアの脳裏を過ぎる。

 食物も拒否していたのであろう、壊れそうなほどに痩せ細ってしまっていたその兄に死装束を着せたのは、ティアと、敵対する小領主達の過酷な刑から生き延びたアキの部下達。その一人、盗賊上がりのユエは、若王リュカに願い出て、自身の部下達と共に王国の遊軍となった。

 一方、アキの一の従者を自称していたシンは、「世界を見てくる」とティアに一言残し、その姿を消した。

あの王の手助けをする
それが、アキの望み、だろう?

アキが願った通り、
……アキの代わりに世界を見てくる

 暇を告げに来たユエも、シンも、ティアに、同じ言葉を言い残した。それが、……悔しく、悲しい。アキの横に葬られた、小領主達によって首を刎ねられた老騎士サクの優しい声を思い出し、ティアはそっと、溢れる涙を拭った。

兄上は、結局、我が儘だった
……それだけのことなのよ

 圧倒する感情を、その一言で整理する。

 フルギーラの領主、王の騎士、学者、旅人、その全てになりたかったから、命を懸けて我が儘を通した。ただ、それだけ。

 だが。

 心の中でそう結論付けても、悲しさと虚しさは去らない。

……兄上

 ティアは大きく息を吐くと、涙を落とさないように星空を見上げ続けた。

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