何かを忘れてしまったような気がして
旅に出た。

今までの人生で、不自由なことは、あまりなかった。

成績も中くらい、学校も中くらい。
家も中くらいで、身長体重も中くらい。

顔もかわいい系で、美人ではないけれど、
悲観する程不細工でもない。

欲しいものや、やりたいこともあるし、それらはそこそこ手に入る。

彼氏はいなくても、友達はいて、
仲間外れとかをするような子はいなくて、何をしてもわりと受け入れてもらえた。

友達の中で、私が一番
いじわるかもしれない。

ダメなものはダメと言われ、よければ「イイね」と言ってくれる。
背伸びもせずに付き合える。

きっと、
いい友達なんだろうな。

と、たまに思う。
もちろん、不満がまったくないわけでもない。

ケンカもするし、悪口も言う。
それでもずっと友達だった。

不自由なことなどない。
それに不満を感じることも少ない。



そんな生活をしているのに、何もかも放り出して、旅に出たくなることが、たまにある。

ガイドブックを手に、ひとりで彷徨って、家に帰ってどんな旅をしてきたのか、家族や友人に話す。

きっと、これは、
とてつもなく幸せなことなんだと思う。

ここ?
……でいいの?

思い切って海外に来ていた。

異国の見慣れない景色は、私にとってファンタジーの世界なのかもしれない。

言葉も通じず
よくわからん世界だ。

という意味でも……。

歩いている人は黄色人種ではなく、肌が白くて背が高くて鼻も高い人たちばかり。

これは十分にファンタジーではないか?

憧れの物語の中
にいるみたい。

右を見ても左を見ても、いつもと違う景色が広がる。

小さいころに聞かせてもらった物語が、実際に存在している場所での出来事だと知り、ぜひ行ってみたいと思った。

日本から持って行ったのは、その物語の場所に行った人が書いたエッセイだった。

旅行専門の本ではないので、もやっとしていたが、微妙な英語で現地の方々のお世話になり、昨日はなんとか主人公のお墓まで行けた。

今日の目的地は、天使が作れと言って出来たお城だ。

物語に直接、関係はなかった。
そこの近くに、主人公の甥御さんが住んでいたらしい。

エッセイを書いた人も、「ちょっと足を伸ばして」という程度。

甥も主人公っぽいんだけど、本編の主人公とはあんまりからんでないんだよね。

とにかく「天使」というキーワードに、私は飛びついた。

海……
どこだ?

天使が海にあった島を指さし

「ここにお城を作りなさい」

と言ったから、人間がお城を作ったとそのエッセイに書いてあった。

私の足元は石畳、周囲はレンガの壁だった。
日本ではあまり見かけない住宅に囲まれて、海を見ることはできなかった。

匂いは、
海に近そうなんだけど。

海の気配は感じた。
吹いている風は、湿っぽくって塩っぽい。

でも、どっちに行けば目的の海があるのかわからなかった。

あ、人だ。

…………。

近所の人っぽくて、大した荷物も持たずに歩いていた。

その人に聞くことにした。

海岸に遊歩道があるはずで、そこを通ると、海を観ながらお城が見えるところまで行けるはずだ。

その遊歩道の出発点を知りたかった。

えくすきゅーずみー

Hi(と言っている気がする)

えーっと
シー パス ゴー ウオント

「海に行く道を教えてください」
と、言いたかった。(でも、無理だった。)

それでも、地図を見せれば、だいたいの人は察してくれるのだが、そうする隙を与えてくれなかった……。

Ou!

なぜか、おばさんは驚いたような顔をして、
そして、怒り出した。

Come on! Come on!

と、言って、どこかに誘導しようとしてた。
……と思う。

え?

なんか、ついていかないと、とってもいけないような言われ方で、わけもわからず、ついていった。

●×☆◇〇 ×〇×□◇●
☆★☆彡 ◇◇●☆彡
×●×〇 …………

しばらく何か言っていたが、早口でよくわからない。
遅くてもわからないが……。

おばさんの表情と身振りから、

「あなたみたいな小さな子が、ひとりでそんなところに行くなんて、危険よ」

と言いたかったのではないかと勝手に思った。


成人はしていたが、東洋人は幼く見えるらしく、けっこういろいろな人に親切にしてもらっていた。

しばらくついていって、おばさんの剣幕が落ち着いた頃に、向きを変えてフェードアウトした。

おばさんは私が去ったのに気づかず、先に行ってしまった。

たぶん、あのおばさんは、
親切な方だったんだろう。

迷子になっていた私を見かねて、どこかいいところに連れて行ってくれようとしていたに違いない。

そのおばさんからは、親切な人オーラがあった。
と、同時におせっかいオーラも……。

と言っても、私にオーラは見えない。
なんとなくそう思っただけだ。

私が行きたいの、
天使のお城なんだよね。

天使が「作って」と言ってその島を指さしたから、人間が作ったというお城。

そのおばさんについて行くと、予想外の興味のないものに行き当たるような気がした。

ただ、そのおばさんが行こうとした反対を行くと、海があった。

やっぱりこっちでよかったんだ。

なんとなくこっちかな?という方向はあったんだけど、不安だったから聞いただけだった。

無駄に歩きたくはなかったし。
連日歩きどおして、疲れてもいた。

おばさんの逆を行くと着いたということは、やっぱり聞いてよかったんだ。と、勝手に思った。

やっぱ私
さすがだね。

そんなおバカなことを考えながら遊歩道に向かう。

遊歩道はきちんと整備されていて、方向を示す看板もあった。

日本の道案内の看板のように木ではなく、石でできた案内図。
そこにくっきりはっきりと、目指す場所の名前が書いてあった。

ようやく海の遊歩道のスタート地点にいた。

この先に、天使のお城がある。

そう思うだけで、パァっとした気分になった。

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