市ヶ谷

柏君、久しぶり……
相談したいことがあるって言ってたけど、なにかあった……?

はい。相談って言うか、話を聞いて欲しくて

市ヶ谷

そう……
高校の後輩のこと……?
それとも、先輩のこと……?

えっと、今日は、僕の話です

市ヶ谷

……柏君の話?
珍しい気はするけど……聞こうか

僕、今お店でお洋服委託して貰ってるじゃ無いですか

市ヶ谷

うん……もしかして、売れ行き不振?

いえ、売れてるんですけど、実は、逆に売れすぎてて、それでなんか不安になっちゃって

市ヶ谷

売れすぎ……生産が追いつかない……とか?

生産は、ちょっと追いついては居ないんですけど、それでも、納税して、尚且つ今のアパートだったら生活していけるくらい、売り上げがあるんです

市ヶ谷

それじゃあ……何が不安?

僕、本当にこのまま、お洋服のブランドとして独立しちゃうのかなって思ったら、だんだん怖くなってきたんです

市ヶ谷

うん……

お洋服のブランドを持つのは昔からの夢だったし、でも、それが気がついたら目標になってて、今は現実にすごく近いんです

市ヶ谷

……そうだね

そしたら、なんか、昔はすごくキラキラした物に見えてたのに、急に何かで塗りつぶされたような気になっちゃったんです

市ヶ谷

……うん

それで、僕が欲しかったのはこれなのかなって、思っちゃったんです

市ヶ谷

……そっか。
あのね

はい

市ヶ谷

それで嫌になったのなら、やめても誰からも文句は来ないんだよ……
だから、辛さに見合うほどの喜びが無くなったって言うんだったら……やめるという選択肢が有っても良いと思う……

やめる……

市ヶ谷

君には選択肢が有る……
このまま続けて、独立をすると言う選択……
それと、独立を諦めると言う選択……
どちらを選ぶかは……柏君次第だ

えっと、市ヶ谷先輩は、僕は独立した方が良いと思いますか?

市ヶ谷

それは……僕が決める事じゃ無い。
でも、柏君は、何かに塗りつぶされたそれを、投げ捨てることが出来る……?

辛い事は有るけど、でも

市ヶ谷

でも。と言ったね……
君は今、『独立したい』って言う気持ちに自信が持てなくて……後押しが欲しいんだと思う

…………

市ヶ谷

柏君は、洋服のブランドとして独立して、何が欲しい……?
お金?名声?承認?
……これらを欲しがるのは良くないと、よく言われる……でも、これらを欲しがるのは正常なことだし、柏君がやっているような範囲でのことなら……悪いことではない

えっと、お金は欲しいし、有名になれたら嬉しいです。いろんな人から認めて貰えたらいいなって、思いもします

市ヶ谷

うん……

でも、中学の時に、クラスの子にお洋服作ったらすごく喜んでくれて

市ヶ谷

うん……

僕のお洋服で喜んでくれる人が居たら、それはとっても嬉しいなって

市ヶ谷

うん……

多分それは、認めて欲しいって言う事だと思うんですけど、でも、えっと

市ヶ谷

うん……難しく考えちゃうよね……
でも……そんなに『やめない理由』を言うっていうのは、どういう事かわかる……?

……はい

市ヶ谷

どうするかを決めるのは柏君だ……そして、決断のタイムリミットはそんなに遠くない……

はい

市ヶ谷

多分、今の柏君には……昔から持っていた『夢』が現実に近づいて、『欲』に染まっていくのに戸惑いが有るんだと思う

…………

市ヶ谷

でも、その『欲』は悪いものじゃない……『欲』が他の人に『夢』を与えることもある……

……はい

市ヶ谷

行きすぎた『欲』は確かにいけないかも知れない……でも、自分の『欲』を怖がりすぎないで

……はい

市ヶ谷

大丈夫……君はちゃんと、夢のような白を描いてる

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