倖田真子

あら、君たち

 後ろから声がして振り返ると、あの時の知らない女が立っていた。



 パパが浮気してたあの女だ。


 なぜこの女には僕らのことが見えているのだろう。


 ママには見えなかったのに。


 もしかして、このままだと僕らのママはこの女になるっていうお告げじゃないだろうか。

倖田真子

どうしたの、こんなところで。
ママとはぐれたの?

 女はとても優しい顔をしていた。


 少しだけ気持ちが安らいだ。



 それが逆に僕を不安にさせる。


 このままだと、ママがママじゃなくなってしまう。

水実

行きましょ、水樹

水樹

え、うん

 水実はお姉さんの顔を見ようともせず、僕の手を引っ張った。



 そのまま僕らはパパの後を追った。





 しばらく走ってると、座り込んで下を向いているパパを発見した。



 僕らは走るのをやめて、ゆっくりパパのところまで歩いた。



 パパのいる所と道を挟んで向かい側の段に、水実と座った。

水実

疲れちゃったの?

水樹

もう走らないの?

 涙をこらえてパパに声をかけた。


 水実の声が震えている。


 僕の声も震えているのかも。

渡利昌也

いや、走るよ。
でも、もう少しだけ休ませて

 パパはもう立ち上がらない。


 僕はそんな気がした。



 誰も何も喋らないまま、時間だけがどんどん過ぎていく。



 もうだめだと思った。


 そのとき、さっきの知らない女が僕らの方へ歩いてきた。


 隣には知らない男が一緒だ。



 女は僕らに向かって軽く手を上げて、僕らの隣に立った。

加藤むつみ

渡利君、どうしたの?

 知らない男が言った。

渡利昌也

あれ、加藤君と倖田さん。
二人こそ何してるの?

倖田真子

さっきこの子達が泣きそうになってたんで声をかけたんだが、何も言わず走っていったんでな。
気になって追いかけてみたら、お前がそんなところにうずくまってたわけだ

 女がパパにいきさつを説明している。

加藤むつみ

子供って?

 知らない男が言った。

倖田真子

ほら、ここに座ってるだろ

加藤むつみ

ええ?
もしかして幽霊?

 知らない男には見えていないようだ。


 パパと女にだけ見えている。

倖田真子

お前たち、幽霊なのか?

 女が僕に話しかけてきた。

水樹

違うよ

水実

恋のキューピットだもん

 僕は女の顔を睨んだ。

倖田真子

そうなんだ。
もしかして渡利の恋を応援しているのか?

 女はとても優しい笑顔でそう言った。


 僕はお山座りの膝に顔をうずめて目を閉じた。



 これ以上この女を見ていると、新しいママと認めてしまうんじゃないかと思った。

倖田真子

この二人、お前のバイト先に現れた子だよな。
知り合いか?

渡利昌也

知り合いというか。
どう説明したらいいものかな

 女の質問にパパが答えた。

加藤むつみ

え?
本当に子供がそこにいるの?

倖田真子

ええ。
でも大丈夫よ。
悪霊じゃないみたい。
とりあえずそれで納得してもらえる?
めんどくさいから

 知らない男が、女にそう言われて黙っちゃった。



 尻に敷かれてるな、この男。



 それからは誰も喋らなくなり、静かになった。

加藤むつみ

そういえば今日、夕方から卒業パーティーあるんだって。
渡利君は行く?

 しばらくして、知らない男がパパに話しかけた。

渡利昌也

わからない。
大事な用事がある……かも

加藤むつみ

山根さん?

渡利昌也

……うん

 パパはまだ、ママのことをちゃんと考えているみたいだ。


 僕は嬉しくて、下を向いたまま泣いていた。

加藤むつみ

渡利君、また物事を難しく考えてるんじゃないの?

 知らない男がよくわからないことを言った。

加藤むつみ

君は山根さんとこのままお別れになっても良い?
それとも良くない?

 この言葉はわかる。


 パパはどっちなんだろう。



 僕は祈るようにパパの答えを待った。

渡利昌也

良いわけないね

 パパがはっきりとそう言った。

渡利昌也

僕、行くよ

加藤むつみ

うん。
まずは会って話してみるといいよ。
その後のことはそれから考えればいいさ

 僕はうつむきながら、男とパパの会話を聞いていた。



 この男、多分いいやつだ。



 走っていく音が聞こえる。


 きっとパパだ。

倖田真子

おい、渡利

 女が止めた。

倖田真子

山根さん、もったいないなって思ってたんだ。
彼女、いつもうつむいてて暗いだろ?
笑ったら可愛いと思うんだよね。
だから、あんたが笑顔にしてやりなよ

渡利昌也

そんな無責任な約束できないよ。
でもちゃんと考えてみる

倖田真子

はは、お前らしいな

 この女、いいやつだ。



 パパの靴音がどんどん遠のいていく。



 お願い。


 早くママを見つけて。

倖田真子

あれ?
あの子たちは?
さっきまでここにいたのに

 女が言った。




 僕たちはまだここにいるのに。


 私と水樹は遊園地に立っていました。



 あっちこっちに楽しそうな乗り物があって、目を奪われそうになりました。



 でもここにいる目的は、もちろんパパとママの行く末を見届けるためです。

水樹

おい、見ろよ水実。
ジェットコースターだぜ

水実

もう、水樹。
パパとママを見失っちゃうよ

 人が中でぼよんぼよんして遊ぶ大きなクマさんに隠れて、私はママの様子を見ました。



 水樹はぐるぐる回る飛行機とか、びょーんって飛び上がるブランコを見てて、ちっともあてになりません。

水実

あ、パパが戻ってきた

水樹

ほんとだ。
ソフトクリーム買ってる。
自分らばっか!
ずるい!

水実

まあ、水樹ったら

 とは言ったものの、私も少しだけずるいと思いました。



 パパがママと手をつなぎました。

水実

やーん。
見てみて。
パパとママ、手を繋いでるよ

水樹

迷子にならないためじゃね?
子供みたい

 子供はあんただ水樹。



 この子は恋というものを分かっておりません。

水実

あ、二人で楽しそうなのに乗ってる。
いいなぁ

 パパはとても楽しそうでした。


 ママはなんだかもじもじしているみたい。



 でも時々、とっても素敵な笑顔を見せました。

 パパとママは色々な乗り物に乗ったあと、観覧車に乗り込みました。

水実

水樹、私たちも乗ろう。
ほら

水樹

うわ、待って!

 水樹の手を引っ張って、パパとママのすぐ後ろのゴンドラへと走りました。



 係員さんがそのゴンドラのドアを開き、中から知らないお兄さんとお姉さんが降りてきました。


 丁度、そのゴンドラに乗り込む人もいないみたいで、ドアが空いている隙に水樹と二人で乗り込みました。



 前のゴンドラにはパパとママが乗っているのが見えます。



 やがて、パパとママのゴンドラは私たちのゴンドラより上になってしまい、しばらく中の様子が見えなくなりました。

水樹

もうすぐパパとママが見えるよ

 ゴンドラが一番高いところまで来て、パパとママが見えるようになりました。


 いつの間にか、パパがママの隣に座っています。

水実

きゃーきゃーきゃー!
ちゅーしようとしてる

水樹

パパ、いったれいったれ!

 私たちがジッと息を止めていると、パパがこっちを見ました。



 ちょっと苦笑いして、私と水樹は手を振りました。



 パパは全然笑ってくれません。



 見るなってことみたいです。



 私は両手で目を隠しました。



 パパがママにキスしているのを
指の隙間から覗いた。



「めでたしめでたしだね」



 水実が言った。



 水実も覗き見てたんだ。

「僕らの物語はここまでみたいだ」



 水樹が言いました。

「そうだね」


 水実がパパとママを真っ直ぐ
見ながら答えた。

「ママ、漫画を読み聞かせしてくれてありがとう」


 水樹がちょっとだけ寂しそうな
顔で言いました。

「パパ、チョコレートパフェ美味しかったよ」


 水実がちょっとだけ寂しそうな
顔で言った。

「よーし! 思いっきりいくぞ!」


 水樹が言いました。

「せーの」


 僕は水実に合図を送った

「せーの」


 私は水樹の声に合わせました。

パパ、ママ! 

いつまでもお幸せに!

僕の私の物語 最終話

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