それは河辺での再会だった。

女の子の母

その節はどうも……

隼人

……どうも

女の子

あの時のおねーちゃんだ!

女の子の母

これ、待ちなさい!

女の子は母親の手をすり抜け、あけみに走り寄る。

あけみ

こんにちは!

女の子

こんにちは!

女の子

あのね、手紙読んでくれた?

あけみ

手紙?

隼人

あ……

以前、俺が捨てた母親から渡された包みの中に、女の子が書いた手紙が入っていたのだろう。



俺はあけみにそのことを耳元で囁いた。



あけみはため息をつくと、女の子に言う。

あけみ

ごめんなさい! 読む前に……無くしちゃったんだ

女の子

えー、読んでくれてないの?

女の子

ま、いいや! ちゃんと言いたかったし!

あけみ

本当にごめんね?

女の子

ううん、いいの!

女の子

えっと、この前は助けてくれて、ありがとうございました!

ぺこり、と頭を下げる女の子。

あけみ

ううん、どういたしまして

隼人

……

女の子の頭を優しく撫でるあけみ。











正直、俺は微妙な心持ちだった。



この女の子には罪はない。



もちろん、母親にもだ。











でも、この女の子と母親さえいなければ、希望は死ぬことはなかった……。



もし、何事もなかったなら、臨月が近づいた今頃、希望の誕生を今か今かと心待ちにしていたことだろう。



いや、そんな「たら・れば」の話なんて、意味がない。



現実に希望は早くに産まれてきて、死んでしまったのだから……。










でも、どうして俺とあけみだけ、こんなに苦しまなければならないんだろう……。










頭では分かっているのに、感情が止まらない。











隼人

うちの娘は死にました

女の子の母

え? あ……

あけみ

ちょっと、隼人!

女の子

女の子の母

……本当に申し訳ございません

女の子の母

……どうやって償えば……

あけみ

いえ、そんな……別に償ってなんて……

隼人

あけみは黙ってろ!

あけみ

隼人……

隼人

償ってくださると言うなら……娘を生き返らせることで償ってください

女の子の母

ごめんなさい……それは……出来ないです……

隼人

だったら、100兆円支払ってくださいよ

女の子の母

……一生かかっても……そんなお金、支払えるはずが……

隼人

じゃ、こうしましょう。あなたの娘さんを養子にください!

女の子の母

ごめんなさい! それだけは……それだけは出来ません……

隼人

はあ? あれも無理、これも無理……

隼人

気安く「償う」なんて言葉、使うんじゃねーよ!

あけみ

隼人、いい加減にして!!!!!

女の子

……ひゃっ

女の子の母

……

隼人

痛っ……

あけみにビンタされた……生まれて初めて。

隼人

ってーな! 何すんだよ!?

あけみ

どうしてそんなこと言うの!?

隼人

だってよ……あけみは悔しくねーのかよ……

あけみ

悔しいよ……でも、仕方ないじゃん……

隼人

仕方ない? 仕方ないで済む問題か!?

女の子

あのー……

あけみ

だからって、そんな滅茶苦茶な言いがかり……ひどいよ!

女の子

あのー……

隼人

何が悪い!? 人が死んでんだぞ!?

女の子

聞いてよ!!!

隼人

……っ!

あけみ

……っ!

ちっちゃな女の子が叫んだことに、2人して驚いてしまう。

女の子

さっきから、そのクマのぬいぐるみが言ってるよ

女の子

「パパ・ママ、ケンカはやめて」って……



















え?



今、女の子は何て言った……!?










隼人

ちょ、今、何て……

あけみ

こ、こ、このぬいぐるみが……しゃ、喋ったの?



















女の子

うん! 今も喋ったよ

女の子

「やっとケンカやめてくれた」って

俺はあけみと思わず顔を見合わせ、次に揃って母親を見る。

女の子の母

……

「聞こえませんでした」と、かぶりを振った。

隼人

あの……このクマの名前を聞いて貰っていいかな?

正直、手が震えていた……いや、全身が震えている。

女の子

クマちゃん、お名前なぁに?

女の子

ん……へー……

女の子

「ノゾミ」だって!

女の子

でも、本当は
「ノゾム」だって!

あけみ

え? どういうこと?

















一瞬、この親子の仕込みかと勘繰った。



……が、希望が男の子だった時の名前である「ノゾム」は、俺とあけみしか知らない。



いや、もう一人知っているとしたら……それは「本人」だけ。



あけみのお腹の中にいる時に聞いていた希望だけだ。















女の子

あ、そうなんだ……

女の子

なんかね、もうお空にかえらないといけない……って

女の子はたどたどしいながらも、一生懸命に言葉にしてくれた。















本当はボクは男の子として産まれてくる予定だったんだ。



そして産まれてきても、この世にいられるのは3日間だけのはずだった。



……でも、パパとママはボクが産まれてくることを、とっても楽しみにしてくれていた。



だから、神様に無理を言ってお願いしたんだ。



「ほんの少しだけでも良いから、パパとママと長くいさせてください」って……。



すると、神様はお願いを聞いてくれた。



その代わり、身体は女の子になったし、早く産まれて来なくちゃならなくなった……。















隼人

だから本当は「ノゾム」か……















今、起こっていることが夢に思える。



いや、夢でも醒めないでくれ……!







あけみ

……うん







見ると、あけみが頷いた。



きっと、俺と同じ気持ちなんだろう。








ボクが死んでからも、パパとママは色んなところに連れて行ってくれたね。



すごく嬉しかったし、楽しかった。



でも、さっき神様に言われたんだ。



もうお空に還ってきなさい……って。







あけみ

ねえ! また、パパとママの子どもとして、生まれ変わって来てくれるよね!?

女の子

……

女の子

それは約束できない……って

あけみ

そんな……どうして……?

隼人

パパとママのこと、嫌いなのか……?

女の子

そうじゃない……

女の子

……もう、パパとママはボクがいなくても、生きていけるから……だって

女の子の母

……こんなことって……

女の子の母親が口元を抑え、嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた。

女の子

うん……分かった

女の子

「ありがとう」

女の子

そして「さようなら」

隼人

ま、待ってくれ!

あけみ

いかないで!!!

女の子

それから……














「パパ、ママ、大好き」






女の子

……だって

隼人

希望……

あけみ

……











それから、希望ベアが話すことはなかった……。



















-後日譚-











隼人

青いな……

あけみ

うん……青いね……

お互い、無事に高校を卒業し、希望の命日に籍を入れた。





そして今日は、大学に進学してからの初めてのゴールデンウイーク。





俺とあけみは1年前と同じく、バカみたいに空を見上げていた……。





















希望は天使だ。





命を懸けて、

俺とあけみを幸せにするために

舞い降りてくれた天使。





あけみと過ごす時、

食事をする時、

眠る時……。





一瞬、一瞬が、本当に貴重で。





何でもない日常が、

幸せに包まれているということ。





……もちろん、

ケンカをすることもある。





でも、

昔みたいに長引いたりはしなくなった。





ただ、感情をぶつけ合い、

その後は仲直りするだけ。





そして、

もし、次に子どもを授かったなら。





きっと何倍も……いや、

何十倍もの喜びを

噛み締めることが出来るのだろう。





喪うことの辛さと、

苦しさと、

悲しみを知っているから。










希望は天使だ。










命を懸けて、

俺とあけみを幸せにするために

舞い降りてくれた天使。



















隼人

希望……元気にしてるよな!

あけみ

うん、きっと元気にしてるよ!









どこまでも晴れ渡る青空。















手を伸ばすと、

暖かくて優しい風が

そっと手を握ってくれた――。




























FIN.









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