駅まで来れば、あとは学校の最寄駅まで、お金さえ払えば寝ていても運んでくれる。高レベルなインフラと治安の良さに感謝感激。日本大好き。
 電車内は、睡魔との戦いだ。乗り過ごすわけにはいかないが寝ないのも難しい。立ったままでも寝てしまうから本当に油断ならない。
 そううつらうつらしていると、声をかけてくる同級生――女子の同級生があった。

加奈子

おはよう! ゆーくん!


 やたら元気な挨拶をしてくる、ショートカットで愛くるしい顔の、隣のクラスの女子。ちなみに百目鬼さんもぼくとは別のクラスだ。
 ゆーくんという呼び方はこの子しか使わない。ぼくはこの呼ばれ方が嫌だ。でも嫌だと伝えたところで無意味なのも承知しているので、気にしないようにしている。

加奈子

えへへ。また一緒の電車になっちゃったね。不思議な縁だね


 不思議だとか縁だとかいうことを人は簡単に言う。しかしそういう、得体の知れないものが作用していると思考放棄するのはどうなのか。わからないのは単に自分が未熟だからであって、それを誤魔化している言い方だ。もっと素直に、自分はバカだからわからないと言えばいいのに。ぼくは常々そう思っている。

加奈子

ねえ、ゆーくん……


 先ほどまでの活発さとは逆の、しおらしさを見せながら彼女は言う。

加奈子

ゆーくんは私のこと、どう思ってる?


 ぼくはバカなのでわかりません。
 ところで不思議な縁も何も、時間帯が一緒なのは偶然ですらなく、彼女がぼくに合わせたからだ。中等部の頃にそうぼくに告げてもいたのに、いつの間にか不思議な縁ということにされている。
 さて。ここまでで彼女がぼくの何なのかを察するのは難しいかもしれない。察しのいい人ならわかるのかな。

 まあ、いわゆる、ストーカーである。

 名前は、本坊加奈子(ほんぼうかなこ)。
 幼馴染だったり仲が良かったりして「ゆーくん」などと親しげに呼んでいるのではないし、ぼくに相手にされていないことを理解した上でアタックを続けている片想いというわけでもない。

 あれ、でも、理解した上でも一緒かな。つまりぼくも百目鬼さんのストーカー。なーんだ、似た者同士じゃないか、あはは。
 ……はぁ。
 ストーカーといっても、被害届といった展開はまず訪れない。彼女を信用しているというわけではなく――多少は信用しているし一時的に舞い上がっているだけと許容したいことはあるけれど――、警察と関わるのが金輪際嫌だからだ。かつて警察と関わったら……と書くと四百字詰め原稿用紙一万枚あっても書き足りないくらいの警察批判をしなければならなくなるので、やめておく。
 彼らのような、権力とプライドだけはあるのに責任も能力も伴わない人たちに比べれば、軽度ストーカー犯罪者なんて可愛いものだ。
 実際本坊さんのケースは、ぼくが我慢さえすれば死にはしない程度のことしかない。一方警察が関与したら犯罪助長して死者だって出かねない。だから泣き寝入りするしかないのが現状だ。泣き寝入り推奨国家、日本大好き。



 授業がつつがなく進み、つつがなく終わる。放課後の到来だ。
 現在のぼくは勉強ができない状態に陥ったりしていないので、授業も普通に受けられていた。
 ああしかし!
 百目鬼さんのことが気になって仕方ない。恋の病ということならそれなりに乗り越えたと思うけれど、問題は昨日のことだ。今日は学校来ているだろうか、昨日みたいなことが起こってはいないだろうか、もし起こっていてそれを悪意ある人に……くそ、いても立ってもいられるけれど、無視まではできない!
 そういうわけで、ストーカーよろしく、百目鬼さんのクラスまで急ぐ。うまくいけば帰る前に捕まえられるかもしれない。

加奈子

ゆーくんあのね、えへへ、よく効くおまじないがあるって噂、やっぱり本当――


 なんか知らない間に余計なのが付いて来ていた。
 ぼくは朝からずっと無視し続けていたのだけど、初めて口を利くことにする。

雄二

ぼくのミルク飲みたくない?

加奈子

み、ミルク!? ゆーくんの!? そんないきなり、あ、ううん、絶対嫌ってわけじゃなくてね、ふ、えへへ、いいよ、飲んであげるね。ふぅん、こんなにいっぱい……こぼれちゃう……ふ、えへへ……


 驚愕から一転、にやけきっただらしない笑顔になり、その後恍惚とした表情でぶつぶつ呟いていた。
 よし、うまくいけば一時間ほど足止めできるだろう。
 じゃ、さよなら。

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