□四月二十一日(月)

真紅

おにいちゃんだいすきー


 そう言って彼女が行なってきたのは、幼女のほっぺにちゅー的な可愛らしいものではなく、ガチで唇奪うディープなものだった。

雄二

んーー、んむんむぅーーー


 必死で抵抗するぼく。何をって、唇を重ねる行為というよりも、舌をねじ込んでくる行為をだ。
 やばいまずいやめて!
 あれ、でもこれは念願叶っているのかな? 彼女とキスができるなんて夢のよう。
 ……違う、断じてそうじゃない!
 得も言われぬ快感が襲ってくるなか、ぼくは鋼の意志で堪えて、彼女を腕づくによって引き離した。

雄二

はぁ、はぁ

真紅

にへー


 危ない危ない。こんな住宅地の路上で最後までやらかすわけにはいかない。って、場所に依らず駄目です。

雄二

落ち着こう。ぼくも、君も


 周囲に目をやる。幸い、人通りもなく、誰もいないようだ。住宅内から目撃なんてことも運が悪くなければないだろう。

真紅

もう一回ちゅー

雄二

駄目だよ! そういうのは愛がないと! あ、愛はあるんだった。どうしようどうして駄目なのか説明できないっ!


 ぼくは彼女のことが好きだ。大好きだ。告白も半年以上前に済んでいる。こっぴどくフラれたけど、ぼくの想いはまったくこれっぽっちも衰えてなんかいない。
 でも、だけど。

雄二

一つずつ確認していこう

真紅

ん? なにー?


 首を小さく傾げた。……何故かそのまま首は戻らなかったけれど、ぼくは構わず続けることにする。

雄二

あなたの名前は何ですか?


 まるで英文の和訳のような言い方で問う。

真紅

真紅(しんく)! 百目鬼(ももめき)真紅!

雄二

うん、よく言えましたー

真紅

にへへー。ちゅーしてー

雄二

だから駄目だって! ええと、じゃあ君の歳はいくつかな?

真紅

十五歳!


 両手を広げながら答えてくれた。それだと指が五本ばかり足りないよ?
 彼女は十五歳の高校一年生。そう、彼女は幼女ではない。だから同い年であるぼくが彼女を好きだというのも、ロリコン的な意味を全く含まない。至ってノーマルな恋愛だ。
 ついさっきまでは、そのはずだった。

 百目鬼真紅。
 友人らからの愛称は、モモ、モモちゃん、など。中等部からぼくと同じ学校に通う同級生の女の子だ。
 惚れている補正を抜きにしても、圧倒的な美少女である。
 つり目気味で、しかしキツイというよりも凛々しく、眼力がある。その瞳は大きく、世界の歪みを見逃さず宇宙の真理さえ映し出しているかのようだ。顔の輪郭は少女としての丸みを帯びているものの、眼光の鋭さからか幼い印象は少ない。

 髪は光沢と威厳のある黒髪ストレートロングで、そのストレート具合が本当に真っ直ぐだ。チャーハンで喩えるとわかりやすい、べちゃっとした失敗作ではなくプロが作ったようにパラパラで一粒一粒が独立している感じ……全然わかりやすくないな。ともかく、綺麗でさらっさらな髪をしている。一度でいいから触ってみたい。さっき触れる機会あったけど自重しました。
 髪はどこも結っていないのに、かんざしを一本刺していた。赤い花型のかんざしで、獲物を仕留める際にも用いる。本当である。ぼくも見たことがあるので。ちなみにスペアを常備しているようで、投擲したかんざしを回収しなくてもすぐに同じものが髪に刺されていた。

 身長は160センチちょっと。体型的には、見事に出るところが出ている女性らしい体で……、一言で言うと、巨乳だ。掌に収まらないくらいに大きい。ぼくは人間の本能としておっぱいが好きだけど何もおっぱいに惚れたわけじゃない。だって好きだと自覚し始めたのは中一の終わり頃で、その頃は人よりは大きかったもののここまでの巨乳じゃなかったのだから。もちろんおっぱいは好きだけど。
 好きな人を語るのに外見的な特徴を挙げるのはどうかと思う人もいるかもしれない。確かに女性を外見で判断するのは最低だ、ぼくも常々そう思っている。でも美少女を外見で語らないのは、自粛や奉仕や依願退職を他人が強制するような矛盾と同じで、意味不明なのだ。日本人の悪い癖だね、そういう不合理なのはよくない。よし、完璧な理屈だ。

 まあでもぼくが彼女を好きなのは、やっぱり内面が主な理由だ。今でも繰り返し思い出す、あの時のこと……告ってこっぴどくフラれた時のこと。
 ありえない、三回死んで生まれ変わってから出直してきて、あんたは女子と付き合っていい人間じゃない――。
 彼女のこういうところが好きなんだから、どうしようもないね。一応断っておくけどぼくはマゾではありませんよ。
 そんな百目鬼真紅さんが、今日の帰宅途中、ひょっこりとぼくの前に現れて……、どうしてこんなことになっちゃったんだ。

雄二

百目鬼さん、ぼくのことはわかるんだよね?

真紅

真紅わかるよー。ゆうじおにいちゃん!

雄二

うん、名前は合ってる。……同い年だからお兄ちゃんじゃないけど


 武笠雄二(ぶりゅうゆうじ)、それがぼくの名前だ。そして歳、学年は百目鬼さんと同じで、十五歳の高校一年生。
 ところで百目鬼さんの首は、一度傾げてからずっと戻っていない。不自然だし首疲れそうなので、頭の両端を掌で挟んで、ぐいっと強制的に戻してあげた。
 そうすると、彼女は静かに目を閉じて……

雄二

って違う! ちゅーするって意味じゃないよ!?

真紅

ぶー


 ほっぺたを膨らませて、わかりやすく不満を伝えてくる。いやあ、可愛いね! じゃなくて。
 元の凛々しさが欠片も残っていない。別人だと言われたほうが、まだ納得できるほどだった。
 と、

真紅

……うー


 彼女は突然うつむき、唸り出した。

雄二

どうしたの?

真紅

あのね、真紅、何だか……お股がむずむずするの

雄二

ぶっ!

真紅

うー


 気が付けば顔が紅潮している。
 これは、やっぱり、ええと、

雄二

あ、そっか。トイレ行きたいんだね!

真紅

違うよー。それなら真紅わかるもん。何だか、よくわかんないの。おにいちゃん、助けて……


 上目遣いのうるうる瞳で、発言内容的にもエロゲ街道まっしぐら!
 ちくしょう、何の罠だ、何の試練だ。

雄二

そうだ、百目鬼さん……真紅ちゃん、お腹空かない? 家もうすぐだから、何か食べて行きましょうそうしましょう

真紅

うん、おにいちゃんのお家いきたいー

 ぎりぎりで話を逸らすことに成功した。
 ……あれ、でもこれって言葉巧みに家へ誘い込んでいるんじゃないのか。
 違う、狙いじゃない、成り行きで仕方なくだ!
 でも中止にしようとは思わない!

四月二十一日(月)①

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