罠にかかった鶴太郎

むかしむかし、あるところに、与兵(よひょう)という若者が住んでいました。

与兵は人嫌いで、雪も深い山奥にひきこもっていました。
そこはかなりの僻地です。

与兵

たりぃ。

と、あまり働かなさそうに見えますが、意外と働き者で、山に入って薪を拾ってきたり、食べられそうなものを収集したりもしていました。

一人暮らしなので、炊事洗濯も自分でします。
贅沢さえ言わなければ、それなりの生活ができました。

与兵

今日も朝日がまぶしい。

それに、この大自然の中で生きることができるのです。
与兵は今の生活が気に入っていました。

与兵

よっぽどなことがなければ、
人にも会わないし……。

ものっすごく人間が嫌いでした。

ある寒い雪の日のことです。
町へ薪を売りに出かけた帰り……。

与兵

町に行くのは面倒だが、山では入手できないものもあるからな。

だからしぶしぶ町にも行きます。

与兵

ん?

与兵は雪の中に何かがいるのを見つけました。

与兵

何だ?

鶴太郎

い……、痛いよう。
痛いよう。しくしく。
しくしく。

罠にかかっている子供でした。

鶴太郎

しくしく、しくしく。しくしく、しくしく。しくしく、しくしく。しくしく、しくしく……。

与兵

…………。

いつ、誰が置いたのかはわかりませんが、古びた鉄の罠が、子供の足をしっかりとつかんでいます。

動けば動くほど子供の足を締めつけています。
その子の大きな瞳からは、ポロポロと涙がこぼれていました。

与兵

痛そ……。

そうつぶやくと、通り過ぎようとしました。

この手のタイプに関わると、ロクなことがないのを本能的に知っていました。

鶴太郎

お、お兄さん。
そこのお兄さん。

与兵

あ゛?

見つかってしまいました。

鶴太郎

お願い……。
助けて…………。

かわいい子です。

鶴太郎

助けてくれたら
何でもするから……。

与兵

ちっ

かわいい子に「何でもする」と言われて、多少よこしまなことを考えましたが、それは置いておいて、与兵は助けてあげることにしました。

なんだかんだ言っても、困っている人を見捨てることができません。

ぎっちりと足を挟んでいた罠を外してあげました。

鶴太郎

ありがとう

かなりの上玉でした。

与兵

じゃあ、気を付けて帰れよ。

でも、与兵は人間が苦手です。
かわいい女の子は特に。

かわいい女の子は、自分がかわいいことを知っていて、とんでもない無理難題を押しつけてきます。

まだ町に住んでいた頃、与兵は酷い目に遭いました。

鶴太郎

あ……、あの……。

こんなにかわいくて、性格が良いはずがありません。
与兵はスタスタと家に向かいました。

与兵

…………。

鶴太郎

…………。

なぜか、その子はついてきます。
しかも足を痛めたらしく、引きずっています。

与兵

…………。

鶴太郎

えっ、えっ。

さっきよりも泣きじゃくっています。

しかも、膝丈のスカートから、細くて白い綺麗な足が出ています。
ひざ小僧は寒そうに赤くなっています。
どうやってこの雪道を歩いてきたのだろうという、白い靴下に青い靴です。

見ているだけで寒そうです。
よく見ると、ブルブル震えながら与兵の後をついてきます。

鶴太郎

えっ、えっ。

さっきよりも泣きじゃくっています。

与兵

はー。

与兵はため息をつきました。
そして、ちょっと後ろを歩くその子の前まで行きました。

鶴太郎

びくっ

その子は与兵のしかめっ面を見て、体を強張らせました。

与兵

ほら、乗れよ。

そう言って、与兵はしゃがんで背中をその子に向けました。

鶴太郎

え?

与兵

痛いんだろ?
足……。

鶴太郎

うん……。

その子はおっかなびっくりという感じで、与兵の背に乗りました。

与兵

う゛……。
意外に重い……。

背負えないわけではありませんが、見かけより重く、おまけにガリガリで柔らかい感じがしません。

与兵

食うもん食ってねえのか?
でも、重いな……。

「重い」は女の子にとって禁句だということを、与兵はとても良く知っていました。
だから、黙っていました。

与兵

どこ行くんだ?

背負ったは良いのですが、その子がどこに行こうとしていたのか知りません。

鶴太郎

え……?

与兵

家はどこだよ。

送り届けて早く楽になろうという魂胆です。
それに、自分の家に連れて帰る気はまったくありませんでした。

家を知られてストーカーになられたら困るからです。
与兵は昔からこの手の顔の女の子に、付きまとわれることが多かったのです。

鶴太郎

遠くて……、
歩いて行けない……。

与兵

はぁ?

鶴太郎

旅の途中で、
みんなとはぐれちゃった……。

鶴太郎

それで、迷ってたら罠があって……。

家族のことを思い出したのか、ポロポロとまた泣き出しました。

与兵

参ったな。
旅芸人の子供か?

旅芸人など見たことはなかったのですが、与兵はそう思いました。

その子の足を見ると、酷い怪我を負っていました。

与兵

じいさんとこ連れてけばいいか。
それで、置いてこよう。

そう思って、与兵はさきほどまでいた町に戻ることにしました。

罠にかかった鶴太郎

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