朗々たり!
群馬の山中に角笛の音が響く!
朗々たり!
群馬の山中に角笛の音が響く!
リッターホルン! この近くなのだな、キティ卿!
っと! おお! キティ卿!
あら、ラプラスじゃない。いいところに来たのね。
……ひっ……!
ラプラスの出現に怯えるヤンキ!
キティの仲間であると
思ったからではない。
今の彼は
いかなる生き物の出現にも
おびえよう。
たとえハムスターでも。
無事なようで何よりだ、キティ卿!
お馬鹿さんね。
私があんなボクちゃんたちに後れを取るはずないでしょうに。
あ、そうだわ。
ラプラスが来たからには、ボクはもういらないわね♡
ひぃ!
ヤンキはとっさに駆けだす!
バネ音が響く!
だがヤンキの体は動く!
死んでいない!
殺人ビー玉が外れたのか!?
恐るべき精度であったというのに!
ヤンキには何もわからない。
自らが考えていることにも
気づいているかどうか。
ただ蘇った生存本能に従って走る!
……成長したこと♡
キティは射撃を行っていない。
ポルターカッツェのトリガーを
空押ししただけだ。
キティ卿、何を……?
……っ……ん……!
ちょうどいいわ。この子も起きたみたいで。ラプラス、ついてらっしゃい。
どこに行くのだ?
さっきのボクを追うの。番長とやらのところへ案内してくれるでしょうから。血の跡をたどればいいからラクね。
かや子! あなたもよ。
……えっ? ……ってか、ここ、外……?
ハイ! そこの番長さん! 「美人座モダン」です! ストリップ! おっぱい! 裸! ごまかしなしのホントのすっぽんぽん! ハイハイ「美人座モダン」ですっぽんぽん!
ハァ~♪ ハレの本日、語るは「狼王伝」! 古き話に候が、退屈するとの憂いなし! 寄りてお聞き候べし、お代は後にて結構でござい!
お寄り候へ! お聞き候へ!
群馬県草津市
ヤンキー温泉街。
レースは一時休憩だ。
ゆえに
前橋の会場から
ワープゲートで移動してきた
ヤンキーたちも
ここで温泉につかったり
ダベったり
ゴロまいたりと
思い思いに過ごしている。
全裸! めちゃシコ! べっぴんぞろい! 映像じゃないから「This video has been deleted.」なんてこともねえですぜ! 料金は五千円ポッキリ! ヤンキーさんは割引で四千円!
……部族長には見目麗しき娘あり! ローマの邪帝エラガバルは和平の条件に娘を求めた! 部族長、妻ともども泣く泣く娘を差し出しぬ! 父母娘の流せる涙、ラインの水嵩も増さるべし……!
無論
ワープゲートは常のものではない。
水戸番長が天狗の神通力で
鶴殺しレースのために作った
一時的なものだ。
このヤンキー温泉街も
鶴殺しレースの特需を
見込んでのものだ。
普段は
ヤンキーたちの代わりに
観光客
湯治客
四足獣などが
まばらにいるばかり。
いわゆる普通の山間の温泉街だ。
地名に
「ヤンキー」
という語がついてもいない。
全裸! 全裸ですよ! おっぱいでっかいべっぴんのヌードさんたちがみんな全裸! パンツも腰巻もズロースも脱いじまうホントの全裸! 全裸は「美人座モダン」! ヤンキーさんは割引で四千円!
……邪帝娘を見て驚きぬ! 娘の腹は臨月のごとくに膨らみたり! この朝突然かくなれり! 邪帝怒りて剣を抜く! 『女の股より生まれし者には殺され得ず』との予言受けたる邪帝! 人を人とも思わず悪行三昧! 咎なき娘を殺すの大罪、いささかも痛痒感ぜざる!
……その、すごい熱気だね……ここは……
せやなー。
Hai! Zear izu presidento-san!
Japanese HENTAI strippingu! Onry fivu thousando Yen POKKIRI! Very sexy! Very Sekkusu Very much!
GEISHA gahru ooru nudo! SUGOI HENTAI! YABAI Sekkusu! Werucamu BIJINZA-Modann! GOSENYEN-POKKIRI!
すわ! 娘ぞ斬られて死なん! 邪帝、剣振り上げたるまさにそのとき! 娘の腹ぞ喰い破らる! 飛び出でたるは牙持つ赤子! かの赤子こそ誰ならん、天晴れ! のちの狼王なれ! 閃く剣をひらとかわし、赤子邪帝を殺したり!
なるほど予言は正しけれ! 赤子女の股より生まれし者にあらざれば!
世界は
狼王マーヤの儀式によって
変わった。
現でも
トイファイターの力を
使うことができるだけでなく
何語の話者も
お互いに会話ができる。
ストリップ劇場の客引きは
我知らず
片言英語日本人ごっこをしていた。
ま、こんな僻地に来ることもめったにあらへんし、祭りやってはるみたいやさかい、探検隊気分で楽しもうや、アルテュール。
そだね……上位者の宿は豪華って言ってたから、さしてひどくもないだろうし……
マーヤおねえさま、どうしてばしゃをよんだのですか? ただめざめるだけでは、月都にはかえれないのですか?
ええ、そうなのです。現が夢に近づいたように、夢も現に近づきましたから
『夢の庭』からの帰り道
箱馬車の中。
『ゆめのにわ』はちきゅうにあるのですか?
どうなのでしょう?
夢が場所を取ったりするのかしら。でもトイファイターの大半は地球に住んでいますから。くわしくはわからないけれど、お城が遠く感じるのはあなたもでしょう、オスカー?
はい……
会話が絶える。
馬蹄が夢をたたく音。
夢に轍をきざむ音。
そして
互いの息遣いだけが聞こえる。
……さっきはごめんなさいね、オスカー
え? なんのことですか、おねえさま?
大したことではありません。
……我が家の者は皆が人殺しであるかのように私は言いました。でも誤りでした、オスカー。
……あなたのような子供と、私を除いた女。彼らの大半は、殺しなどしていないことでしょう。狼や騎士、いわゆる『一人前』の者として扱われてきませんでしたから……
なんのことだか、よくわかりません……
……あなたは悪くない、ということです、オスカー。……どうしてでしょうね? 気が付くと、一番嫌っているものに自分がなってしまっているのは……それに抗おうとしてのことなのに……?
マーヤは
オスカーの頭をなでる。
だがすぐに身を離す。
いえ、何もかもお忘れなさい。
私は狼王です。私の言うことは勅に等しいのです。いいですね。
はい……
明日、私は絵を描くつもりです。供をなさい。昔のように。
わぁ! ほんとですか!
ぼくとってもうれしいです! マーヤおねえさまとおえかきしてあそべるなんて! ほんとうにあそんでくれますか!
ええ、もちろんです。私から言ったことですもの。
やくそくです! うそついちゃだめですよっ!
嘘などつきません。
明日、楽しみですね……!
はいっ!
うおおお! すっげえ! すっげえなあ!
……その、カケト君……見つめられると困るんだけど……
Beau! Grandiose!
Quel splendide SYMBOLE de prince!
何たる燦然!
何たる高雅!
げに逸物なり貴公子!
なお、読者諸卿よ
今使った逸物の語は
「群を抜いて優れたるもの」
の意であることを
堅くお断り申し上げるぞ!
いや、だってすげえからさ……見ちゃうよ……
いいからカケト君! 落ち着いてつかりたまえ!
ここは
草津の旅館の露天風呂男湯!
アルテュールは
現れるなり貴公子の品位を示した!
その絢爛たる御姿により!
また貴公子の堂々たる逸物により!
くどいようだが諸卿!
「逸物」の語は
「群を抜いて優れたるもの」
の意として用いている!
ゆめ
無用な曲解したもうなかれ!
私の語りは正確なのだ、諸卿!
本当に正確なのだぞ、諸卿よ!
しかしまあ、どえらいエッフェル塔やで! ワイの通天閣も負けてへんけどなあ!
ゼウス君、君まで何をふざけたことを言っているんだ! 君は僕より年上だろう!
しかしすごいなあ……
まあまあ、カケトと僕は小三だし。年齢的に小さいんだからふつうだよ。
ああ!
カケトよ落ち込むなかれ!
時は
しかるべき時に
しかるべきものを
運びたまうゆえ!
汝の持ちたる最良のもの
未来の光栄は
何物も曇らしえぬのだ!
はっはっは! いや、楽しそうで何よりだ。修学旅行みたいだな。ははは!
泳いでもいいんだぞ。俺はダメな大人だから怒ったりしないで一緒に泳ぐ!
泳ぐ気分じゃないや……今回おれいいとこなしだぜ……失格になるし、ヨロイビートル三つもこわしちゃったし……
なあに! うちの大事なトイファイターさまのためならうちの商品くらい三つと言わず三ダースだって提供するさ! はは!
いやカケト君ありがとうな! 君の活躍がテレビで流れたおかげで、ヨロイビートルは全国展開だ! はは! まったく最高だぜ!
へえ、そうなのか。よかったなあ。おっちゃんがうれしいなら何よりだよ。
お礼と言ってはなんだが夕飯は期待してくれよ! ここの女将や板前には知り合いがいてな、大枚渡してよろしく言っておいたから、きっとご馳走だぞ! アレルギーとか嫌いなものとかにも配慮するように言ってある!
……うぅ、今のうちに上がって服を着よう……!
いやー、にしてもアルテュールはすごいなあ……
ああ!
逸物のみならで
背や尻さえも輝けるとは!
いと天晴なる裸形かな!
げに
アルテュール・
マリー・
ド・プランスピュールこそは
まことの貴公子なれ!
笏も冠も何もなくとも
隠しえざる品位の燦然!
下郎、いかに雅に束帯すれど
裸のアルテュールの前では
雑巾同然!
天爵の光栄ぞ不変なる!
褒めてくれるのはうれしいが、妙なところを見て言うのはやめてくれたまえ……本当に……
仕切りを隔てたその向こう
露天風呂女湯!
男湯はさわがしいな……
小学生と中学生と、精神年齢小学生のおじさんが入ってるからね……
楽しそうねえ……私たちもおっぱいについて話す? 男の子の御ちんちんトークに相当するものだと思うのだけど。
あぁん♡♡♡プリンちゃんのプリンちゃん♡ほんとプリンちゃんだニャン♡♡
なっ、何を言って!?
男湯へ聞かせるように
キティは甘い声を出す。
反応はなかった。
カケトたちは
変わらずに騒いでいる。
Scheiße! せっかくサービスしてあげたのに。
やめてよね、そういうの。私は向こうに父親がいるんだから。聞こえたら気まずいじゃん? 何か別のこと話そ。
どの子が一番かわいいか? とかかしら。かや子はやっぱりカケト押しなの?
だからそういうんじゃないって。……あ!
そうだ、二人はトイファイターじゃないんだよね? ならどうやって「夢の庭」に行ったの? キティさん何か言おうとしてなかった? テレビで見てた感じ、なにか言いたそうだったけど……
……つまらないこと聞いてくるのね。せっかく薄壁一枚向こうに裸の男の子がいっぱいいるのに……ま、いいでしょう。
はっきりとはわからないけれど――
しかし、キティ卿――
お黙りあそばせ。あなたの言いたいことはわかるけど聞く気はないわ! 専用機を奪っておいてあの女に義理立てするのもあきれた話でしょう?
ああ、そうだな。……どうしてこうなってしまったのか……私はゲルマニア帝国に忠実な模範的騎士でありたかったのに……
知ーらない。
さて、トイファイトができた理由だけど、私は暗殺用の武器としてビードロボーイの扱いに慣れていて、そこの落ち込みプリンは家業が鉄道関係だったか何かで、ポリレールに慣れていたの。
慣れてはいても、トイファイターではないんだよね?
ええ。トイファイターは子供しかいないもの。小さかったころも、トイファイターではなかったわ。
で、カケトと戦った日の少し前、女王に呼ばれてね、トイを使うところを見せるように言われたの。何でかは知らないけど、女王は私たちの様子をスケッチしていたわね。たぶん、それで私たちは夢の庭に行けたのでしょう。細かい理屈はわからないけどね。
ああ!
沈黙を守るつもりであったが
やはり耐えられぬ!
私の語りは正確であるが
無謬とは言い切れぬらしい!
読者諸卿よ!
ご容赦をお願い奉る!
キティは
トイファイターの力なしに
あれだけの戦を繰り広げたのだ!
げに恐るべきこと!
また褒むべきかな!
ゲルマニアの技術力を!
火薬も使わぬ子供のおもちゃに
銃撃めいた威力を
発揮させる改造を施すとは!
詳細が気になる読者諸卿は
先の10話をご覧あそばされ
キティの戦ぶりを
確かめていただきたい!
そっか。ありがとね、キティさん。
あと、助けてくれてありがとう。
いいえ。たいしたことじゃないわ♡
いきなりさらわれて災難だったけど、温泉旅行を楽しみましょ? もう迷惑かけられる心配はないのだから。
時刻はやや前後する!
群馬県前橋市
鶴殺しレース会場
三番長控室!
よし、撤収は終わったな! 俺らもワープゲートで移動するとしようぜ!
番長さん方! お助けくだせえ!
囲ってたスケが一匹急に化け物になりやがって、バネで、みんなやられて、でも俺九九言えて……ヤバいんス! ヤバいんス! お助けくだせえ!
あン? テメェこら、落ち着かねえか。猫がしもつかれ食ったような顔してねえでよお。何が何やらわかりゃしねえ。
……ひぃっ! 猫……! うわあ!
こんにちは、番長のボクちゃんたち。
我らに用か? もののふよ。
ナグルやクラウを抑え
前に出る水戸番長!
幾星霜を生きる
水戸番長にはわかった!
この小娘は
彼と互角に戦いうる
まことのもののふであると!
人をさらっておいて結構な言い分ですこと。ま、私も利用しようと思ってさらわれたのですが。
でも事情が変わったので、好きにします。
ああ、それと、そこのボクちゃんとお友達は無礼だったので手討ちにしました。あなた方の元への案内もしてもらいましたし、止めを刺しますわね♡
ひぃ!
ンだその勝手な言い分は! テメェは鶴殺しレースの賞品なんだぞ! 好きになんざ――
待て! 宇都宮番長! その者は手練れぞ! 牢の見張り共がこの者を残して消えたことからもそれがわかろう!?
らうたき猫の装いせる狼よ、何用にや参られた? この者を手討ちにするためのみならば、とうにやっていよう?
気まぐれですわ。眼前で子分を殺して、あなた方の男気とやらを貶めるのも楽しそうだと思って。えい♡
バネ音!
殺人ビー玉が放たれる!
ぬん!
受け止める水戸番長!
ビー玉の衝撃により
彼の手からはかすかに血がにじむ。
こはいかなこと!?
三八口径弾めいた威力のビー玉を
手で受け止めて
この程度の傷とは!
げに奇怪なり!
なれど
それは水戸番長が
人だとしてのこと!
天狗の神通力ならば
ありえぬ話では決してない!
狼よ、まことお怒りの様子とお見受けする。なれど、この者を殺すのは止めるべし。この水戸番長、根性焼きを持って謝罪するゆえ。
宇都宮番長、Zippoをお貸し候へ。
あんたがやるこたねえ! こいつは南栃木肩パン連合のもんなんだからよ! 俺が根性だ!
男、餃子クラウ、根性見せやす!
宇都宮番長の手の甲が焦げる!
音はさながら焼き餃子!
そんなのどうてもいいわ♡
バネ音!
否!
バネ音が響かない!
よせキティ卿! 卿は自由なのだ、もういいだろう。
お黙りなさい。報復ではなく、私は殺したいから殺すだけです! 謝られたって私に楽しいことなんてないのよ!
……ちょっと無茶苦茶過ぎない? てか、私カケトが心配。トイファイターでも小学生なんだから、いじめとかカツアゲにあったりしないかな……
ご両人いたみいる。ではこうしよう。我らはあの小童にかけた賞品をとりさげる。汝らはこの者を殺さぬ。損のない条件だと思うが、如何?
小競り合いによって
ヤンキが負傷したのち
この条件で手打ちとなった。
キティたちも
ワープゲートで草津へ移動し
サクゾウの
配達トラックに乗せられて
草津へ来ていたカケトたちと合流し
入浴したのだった。
草津!
男気露天風呂!
やかましく入浴するヤンキーたち!
一人呆然と湯につかり
虚空を見る印照ヤンキ!
……なんでだ? なんでこうなっちまった? 俺はヤンキーで、番長さん方もいらしたってのに……
楽しみだなあ! 夕食には餃子のデザート! やっぱ親分は精霊に男気してるぜ!
……おう。まあ、湯冷めしねえようにしっかりつかれよ。後、サブのことを祈るんだ。今頃は精霊に還ったはずだからな……
……あれは何だったんだ? ……洞窟をはねて……猫……アアッ! ……狼? ……アアッ……!
ひぃっ!
……ん?
……何をしてるんだ! ブザマだぞヤンキ! 俺はヤンキーだ。記憶に怯えるなんて男気のねえことはしちゃいけねえ……! ……湘南パラパラボーイズにもらい飯したときのことを思い出せ……! ここにゃあちこちのヤンキーがいるんだ、南栃木肩パン連合の名に傷をつけるようなことがあっちゃ……!
いや、囲ってたスケに殺されかけて泣く泣く逃げた次点でもう相当ダメだ……!
……ぁ……
ヤンキの涙は
汗と湯気とに隠される。
ほいじゃ親分、おりゃ、お先に上がりまさあ。
おう。ちゃんと体ふいて脱衣所行けよ。
………………
よう。俺ぁ、中之条ガンギマリピーポーの葉吾武キメルだ。お若けえの、どうした……?
いやっ、あの、俺――
吸いな。
………………
差し出されたハーブを
ヤンキは呆然と吸う。
……あー……人はなりたいものになれる……そうだろ……精霊が……男気が……答えを……
なりたいもの……? たしかに俺はヤンキーになった……でもダメだった……俺だけじゃない、番長さん方もあのスケをとっちめられなかった……どうにもならない……
ヤンキが
精霊から啓示を受け取ることは
なかった。
ゲルマニア帝国
月都ヴォルフストゥルム城
狼王の寝所。
寝顔はやはり姫君だ……起きてるときはサイコなのに……
マーヤは仰向けで
穏やかに寝息を立てている。
布団に隠された胸が
規則的に上下する。
……気づかれてはいないな……
音もなく
騎士たちは槍や剣を振りかぶる。
……っ! 何だ!?
奇怪なり!
布団に隠された
マーヤの腹の辺りが突然ふくらむ!
だが確かめる暇はない!
マーヤは意味もなく人を殺す!
謀反の逆臣を
生かすはずもない!
暴君は
ここで死なねばならぬのだ!
必殺の勢いを持って
騎士たちは刃を振り下ろす!
紫電一閃!
勲功華やかなりし精兵らによる
げに恐るべき斬撃ぞ!
布団に
防刃加工があろうとも薄紙同然!
城壁なれども防ぎ難し!
何事か!?
何かが飛び出す!
布団のふくらみを破って!
飛び出せる荒々しきものは
空に弧を描く!
殺到する斬撃を弾き飛ばした!
何たること!
こはいかな道理ぞや!?
防ぎ得ざるものを
跳ね除けるとは!
飛び出せるもの何にかあらむ!?
ぁ!
また声の主は何者か!?
狼の咆哮のごとくすさまじき迫力!
女か子供の高い声!
狼に狼たるとはいかな者!?
驚き目覚めたる
マーヤにはあらじ!
なれど
かほどの斬撃を退ける猛き者!
ゆめただ人には非ざるべし!
ぼくはオスカー・フォン・ヴォルフスケーニヒ! 狼王の血をひくものだ!
天晴れ!
いとやんごとなき皇子にてましますぞ!
げにかしこむべき威厳なり!
齢六にしてかほどの峻厳!
ただただ行く末恐るべし!
なのりもあげず、きってかかるとはなにごとか!? 騎士たちよ、それが栄えあるゲルマニア帝国騎士のすることか!?
オスカーは
布団の穴から出て仁王立ち!
その足元
寝台の下にひざまずくものあり!
戦狼精神で身を固めた獰猛なるL4WD
シュトゥルムヴォルフだ!
……Mein Wolfskönig……!
謀反に参加した騎士の一人
ギュンター・
ヴォルフスキント・
エーデルクナーベは
剣を取り落とし、膝をついた。
ギュンターは
似た光景を見たことがある。
狼王生誕図。
一朝にして
処女の腹に宿り
腹を破って自ら生まれ
襲い来る蛮族の王を噛み殺した
という初代狼王の神話を
描いたものだ。
布団を破って出て立つオスカーは
感涙にかすむギュンターの目には
皇子には見えなかった。
狼……! まことの狼……!
暴君の治世に苦しみ
卑劣な不意打ちで
謀反をなす身に堕ちんとした
ギュンターを救いに現れた
まことの君
ゲルマニアの伝説の英雄
狼祖ヴォルフスケーニヒその人だ!
まったく、ぼくはねおきなのに……
狼にまつろうべし!
ギュンターだけでなく
幾人もの騎士たちが
膝をついていく。
ここにいるのは狼だ。
六歳児ではありえない。
狼への畏怖でなければ
身に走る震えはなんなのか!?
まともに見れば牙の餌食か!?
神聖なるものへの恐れから
ありえないことを考える者もいた。
当初の目的に固執する者は
誰もいない。
……オスカー……!
わ。父上……!