貴様に名乗る名などないわ

それは! 大変失礼いたしました!

 ぴょんと跳ねて頭を目一杯下げるサンザシにむかって、魔王は大きなため息をつく。

あのなあ、俺がやろうと思えば、お前の名前を使って悪いことだってたくさんできるんだぞ。

名前を気楽に教えるんじゃない、例えそれがあだ名であっても、だ!

本名です!

なら、なおさらだ、バカ者!

 もういい、ときびすを返していなくなろうとする魔王の背中に、サンザシは叫んだ。

待ってください、魔王様! 

本名は、両親以外には、私の働いている場所の魔法使い様と、そのおつきのお医者様方以外、誰も知りません! 

魔王様にだからお教えしたのですよ!

……なぜだ?

 魔王は、わけがわからないと言うように、首を横にふった。

ますます意味がわからん。どうして、そんなに大切な名を……

だって、魔王様はそうしないと、私のこと信用してくださらないって思ったんです!

 サンザシの言葉に、魔王は目を丸くし、その場で硬直する。


 サンザシは、だって、だってと呟いた。

魔王様、思っていたよりずっとお優しい方で、なのにこんなところにひとりぼっちで。どこか寂しそうで、私を見て嬉しそうでした!

何を……自意識過剰な

でも、でも! 本当です! 
私はあなたに信用してもらいたい! 

私は魔王様ともっとお話がしたい!

なぜ?

わかりません!

 吠えるように、サンザシが言った。

 王様にたいしてこんな態度をとるなんて、怖いもの知らずにもほどがある。

 魔王も同じことを思っているようだ。

 きょとんとした表情のまま、しばらく止まり、やがて、ふふふ、と小さく笑い始めた。

……は、はははは

 魔王は、天を仰いで高らかに笑った。

そうか、はは! わからないが、本名を教えた! は、はは! なるほど、いいだろう、サンザシ・モリー!

はい、魔王様!

また来い、楽しい雀よ

す、雀?

その姿が、そっくりだ。チュンチュンさえずる姿もな。また、夜に来い

……はい!

 サンザシが、頬を染めて飛びあがった。

 魔王はその姿を見て鼻で笑うと、奥の扉の向こうへと引っ込んでいった。

……夢みたい。なんて素敵な方なんだろう

 サンザシがその場に座り込む。それと同時に、おともなく、俺たちは別の場所に飛ばされた。

……見いっちゃった

俺も

サンザシちゃんと魔王が、この物語の主役なのかも

そうだね……サンザシの罪と魔王は、関係しているのかもしれない

その可能性は高そうね……って、ここは?

 突如飛ばされるのにもなれちゃった、とミドリが苦笑しながら、辺りを見渡す。

昨日の廊下だ。サンザシの部屋の前

あ、本当だ。サンザシちゃん、見つけた

 ミドリが指差す方向に、サンザシとトウコの姿が見えた。すぐそこだ。

 なにかをひそひそと話している。

 俺たちがすぐそばまで近寄ると、トウコがえー! と叫んだ。サンザシが慌てて、トウコの口を封じる。

秘密秘密秘密秘密秘密!

んー! んー!

 サンザシが手を離すと、もう、とトウコが笑った。

ごめんって

絶対に秘密なの!

別に、秘密にする必要なくない? いい方だったんでしょ?

だから、でしょ!

 頬を赤く染めるサンザシを見て、わお、とトウコが目を輝かせた。

そういうこと?

おそれおおいけどさ! でも、誰にも、この事は知られたくないって……思うの

そっかそっか、なら言わない。ひーみーつ!

 二人が笑ったところで、周りの景色が変わる。

7 記憶の奥底 君への最愛(12)

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