サンザシは、屋敷の奥の一室に戻った。小さな部屋がいくつもあった。使用人の部屋のようだ。

サンザシはここで働いてるんだね

みたいだね……さてと、この部屋の前で寝ますか

床で?

いやだ?

 いいながら、床にごろりと横になってしまうミドリ。たくましい。

ミドリは大丈夫なの?

平気平気

それはさすがにね

 セイさんの声だ。えっ、と俺たちが驚いて顔をあげると同時に、柔らかな布団が二セット、どこからともなく現れた。

それ、君らにしか見えないから安心して! おやすー!

……気のきく神様だなあ

 ミドリは布団にもぐりこみ、きもちいい! と歓声をあげた。

神様っぽいね、セイさん。見守っててくれる

 確かに、と俺は思い返す。

 何だかんだ、セイさんは俺たちの旅を助けてくれた。楽しんでもくれていたように思う。

よくわかんない人だ……

 俺は、布団にもぐりこんだ。確かに、その布団はふわふわで、とても気持ちがよかった。

 扉がきしむ音で目が覚めた。ミドリも目覚めたようで、隣でごそごそと動く音がする。


 目の前には、辺りをきょろきょろと見渡しているサンザシがいた。部屋からこっそりと出て、後ろ手に扉を閉めている。


 そろり、そろり、と廊下を歩き始めて、わずか数歩。
 とりあえず追いかけよう、と俺がミドリに言おうとしたそのときだった。

こんばんは。どこに行くのです?

 光と共に、どこからともなく一人の女性が現れた。サンザシはのけぞりながら

お、オルキデア様!

 と叫ぶ。オルキデア!

親指姫の世界で出会った、魔法使いだ

ルキ、って呼ばれてたんだっけ

 ああ、と俺がうなずくと同時に、ルキが話し出す。

どこに、行くのですか

……えっと、ワスレモノを

 棒読みすぎる。思わず小さく笑ってしまう。サンザシらしい。

嘘をつくのが下手ですね。

どこに出掛けようとしていたのです。正直に答えなさい。

別に、叱り飛ばしたりはしませんから

……ええっと、魔王様に、会いたいなって……すみません嘘です嘘です帰って寝ますね

 魔王の言葉に目をむいたルキに、サンザシはおやすみなさいと頭を下げた。

ま、待ちなさい! 構わないのです、別に、行くのは自由ですよ

そ……そうですか?

 おそるおそる頭をあげつつ、サンザシが首をかしげた。ええ、とルキが心配そうな表情を浮かべる。

禁止はしていません。ただ、何が起こるか……気まぐれな方ですし、そもそも、会ってくれるかどうかも

会いたいと思っただけなんです

 サンザシが、目を輝かせる。

私、魔族なのに一度も魔王様に会ったことがないんですよ! 

生きているうちに一度、お目にかかりたいじゃないですか

……生きているうちに、ねえ

 ルキは困ったように笑って、いいでしょう、とうなずいた。

青い宝石様には、私が伝えておきます。くれぐれも、無理はなさらないように

はい! ありがとうございます、オルキデア様!

 サンザシはぴょんとはねて、ルキの手を握った。わいわい、と跳ねる姿が愛らしい。子どものようだ。

うふふ、嬉しそうですこと。仕事が始まる時間までには、戻ってくるのですよ

もちろんです! 
そうと決まれば、すぐにでも!

 いってきまあす! と叫んで、サンザシは駆け出した。

追おう!

ああ

 さあ、走るぞ、と思い一歩を踏み出した瞬間、周りの景色が突如変化した。

7 記憶の奥底 君への最愛(10)

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