村外れにある山の麓(ふもと)に建てた山小屋は父親が自然と共存してきた獣人の家を真似ている。
山は村を囲むように三方に広がり、その先は獣人の国へと続く深い森に繋がっている。

人間と獣人の戦争で、俺達の父親は片腕しか戻ってこなかった。
もしかしたら片腕を失っただけで何処かで生きているかもと最初の何年かは信じて待っていた。しかし、何年待っても戻らない父親に、俺達はゆっくりと諦めの感情を抱え始めていった。

母親が死んだとき、見晴らしの良い山の中に墓を作った。
獣人の国との境界にある森や山まで村人は入って来ない。
布に包み木の箱にずっと大切に保管していた父親の腕と共に母親を埋葬したことは、”俺は体験していない”はずなのにしっかりと”覚えている”。

お兄ちゃん……?

どうした、沙月

今日、出発するんだよね

ああ


不安そうに自分の荷物を確認する沙月には、森を抜けるまでの保存食のいくつかを持ってもらっている。
鳴太の荷物には調理器具や細かい生活用品。
そして、俺の荷物には毛布を繋げて作った大きい寝袋や缶詰などの重い持ち物だ。

最後に墓参りをしてから出発する


そう俺が言うと、沙月は目を潤ませた。
出立の準備は万全とは言い難かったが、これ以上ここに留まり続ける未来に意味を感じなかった。
俺達は、長年住んだ最初の家を後にした。朝日が俺達を照らす。

***

鳴太?どうしたの


墓への山道で、鳴太が度々歩みを止める。

お父さんと、お母さんに、でも、まだ春には早いのかな


そう言って鳴太が差し出したのは道中に生えていた一本の花だった。野草が咲くにはまだ時期が早いようで他に咲いてる花は見当たらない。
決して軽くはない荷物を背負って大変だろうに鳴太はわざわざ中腰になってまで花を探して歩いていたのだ。

鳴太、荷物持つからお前が気に入る花をちゃんと探せ

……兄貴、いいの?

いいよ、

鳴太の荷物は私が持つよ、お兄ちゃんの方が荷物重いでしょ


沙月も鳴太の意図に気づき、俺の傍に寄る。
しかしその提案は長男として受け入れるわけにはいかない。

一旦荷物置いて三人で花を集めるか


意識的に口角を上げ、目を細める。
前世では協調性のある人間ではなかったが、可愛い弟と妹のためなら俺は聖人にだってなってやれるのかもしれない。

ま、流石に聖人は無理だけどな


全員で探すと他の背の高い野草に混ざって小さな花はちらほらと見つかり、なんとか見栄えの良い数集めることができた。

お母さんとお父さん喜んでるかな?


墓石代わりにと樹の根本に埋葬したためぱっと見そこが墓だとは家族以外分からない。
その樹の根の上に花を置き、三人で暫し無言でそれを見つめる。

俺達を育ててくれてありがとう、さようなら


それは心からの感謝の言葉で、同時に”もう再びここに戻ることはない”意志の表れだった。

旅立つんだね


鳴太がぽつりと呟く。
沙月が静かに頷き、眼下に広がる村を見る。
これまで色んなことがあったが、両親がいなくなってからは村は俺達にとって恐怖の対象であった。
これから進む土地は違うという確証は勿論ないし、人間である俺には難しい決断だった。

……それでも

将来のことを考えたら、このままここにはいられないから


俺は改めて決意を抱く。
今日この日の景色は決して忘れないだろう。

転生した俺には、この世界の人には知り得ないことを知っている

あと数年…もしかしたらもう1年無いかもしれない

近い未来にこの世界は、人間、獣人、魔人を含めた大陸全土に渡る世界大戦が始まる


そう、神様に見せられた”あの日”を止めるために俺は転生したのだから、それまでの未来は確定しているに違いない。

次回予告
「森の中はデンジャラス?!いいえ、一番危険なのは……」

第三幕:旅立ちの日に小さな花を添えて

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