臨時会議を終えた午後、向陽は一年A組の出し物である喫茶店の装飾準備の手伝いに取りかかっていた。

 机や椅子は必要分だけ残し、他は倉庫室となる別教室に運び終え、今は壁や天井、それからメニュー表作りといった仕事をしている。


あ、向陽さん。今手、あいてる?

向陽 眞桜

あいてるよー

華道部の部室から造花貰って来てもらえるかな? もうこっちで確保しちゃいたいから

向陽 眞桜

はーい






 装飾係担当の生徒から頼まれ、向陽は華道部の活動場所である生物室へと向かった。

 二つ下の階に生物室はあり、入ってみると装飾はあらかた終わっているようで部員の姿はなかった。



向陽 眞桜

あのー……スミマセーン。一のAなんですけど……造花を……




 そこまで言いかけると隣の準備室から部員が一人出て来て、目が合う。



あら、向陽さん

向陽 眞桜

神多羅木(かたらぎ)さん!
珍しいですね、部室にいるの

神多羅木 美華子

そうですか?




 向陽が神多羅木と呼んだ女子生徒はフフと笑うと向陽を準備室へと招き入れた。

 神多羅木 美華子(みかこ)、一年D組所属。

 新入生だが、校内で彼女を知らない者はもぐりと言われるくらいの有名人だ。



神多羅木 美華子

造花の種類は注文通り、これでよろしいでしょうか?

向陽 眞桜

えーっと……はい! 大丈夫です! ありがとうー




 段ボールに詰められた多くの造花の種類を向陽は確認し、神多羅木からそれを受け取った。

 だが、大きな段ボール二つを重ねて持ち上げようとする彼女を神多羅木が止める。


神多羅木 美華子

だ、大丈夫ですか? そんな二つも……

向陽 眞桜

平気ですよー、あたし力ありますし!

神多羅木 美華子

でもそれでは……前が……




 前を見ないでどうやって階段を上がるつもりなのか。

 見兼ねた神多羅木はもう一箱を持ち、一緒にA組まで戻ることになった。


向陽 眞桜

神多羅木さんのクラスは何やるんですっけ?

神多羅木 美華子

中庭で食品調理を、確か……焼きそばだった気が

向陽 眞桜

手伝いはしないんですか?

神多羅木 美華子

私(わたくし)は華道部の方で手いっぱいですから……事情を説明したら、皆さん快く承諾してくれました




 制服を膝丈という校則通りの着方をし、腰の下まである黒く長い髪は常に艶めき、こんなに暑い夏の日でも黒のストッキングを履いた立ち振る舞いの良すぎる女子生徒。


 宍高校からしばらく歩いた所に日本に似つかわしくない大豪邸があるのだが、彼女はそこのご息女である。


 カタラギコーポレーションと言えば、日本を代表する大手ブランド名であり、様々な商業展開を数多くこなしているのだが、そのご令嬢がこんな何の変哲もない公立高校に入学すれば大ニュースにならないはずがなかった。


 向陽は今年の文化祭の関係で華道部に度々訪れることがあり、その際に彼女と知り合う流れとなったのだ。

 色々な意味でたくましいと言える向陽とおしとやかな神多羅木が並んで立つと、その対比は実に面白い。


神多羅木 美華子

ところで向陽さん

向陽 眞桜

はい?




 階段を昇りながら、神多羅木が尋ねた。


神多羅木 美華子

今朝、貴女が応接室に入って行くのを見かけたのですが……何かあったんですか?




 生徒が応接室に入る時といえば、放課後の掃除の時のみだ。

 それもそこへ一人で入って行く光景を目にすれば、誰だって疑問に思うだろう。


向陽 眞桜

あ、それはね。ちょっと先生に呼ばれて……

神多羅木 美華子

先生?

向陽 眞桜

そう、社先生に。ちょっと進路相談しててね




 進路相談ではない相談ではあったが、社に呼ばれたことは間違っていない。

 しかし、神多羅木は社の名前を聞いて足を止める。


神多羅木 美華子

社、先生……ですか

向陽 眞桜

? そうですけど……どうかしました?

神多羅木 美華子

いえ……。……その、向陽さん。社先生って……凄く、人気ですよね

向陽 眞桜

そうですね。女子からは絶大ですけど、男子からもちゃんと人気ですよね!




 嬉しそうに向陽が答えるも、神多羅木の表情は浮かないままだ。


神多羅木 美華子

……恋人とか、いるのかしら……

向陽 眞桜

恋人ですか? ……うーん、そういうのはあんまり聞きませんけど……




 と、そこで向陽はハッとして神多羅木のことを今一度見る。


向陽 眞桜

も、もしかして……神多羅木さん、先生のこと……!




 恋愛対象にまで……!?

 と考えるも、別段そうだからといって蹴落とそうなどとは思わない。



 彼女はもちろん、願わくばそういう関係までなれたら……と夢見る日はあるものの、それは叶わない夢であり、しょせんは〝夢〟でしかない。

 仮に今後、神多羅木が卒業後に社と恋仲になったとしても、心の底から幸せを祝える。

 彼女はそういう人間だ。


向陽 眞桜

が、頑張ってね! 神多羅木さん!

神多羅木 美華子

え? ……えぇ?




 勝手に納得し勝手に神多羅木へエールを送る向陽だが、そのまま勝手に満足して再び階段を昇り出した。

 置いて行かれて呆ける神多羅木だったが、またうつむき、ボソッと呟く。


神多羅木 美華子

恋人、じゃ……ないのですね……


綾女 剛孟

ふざけるんじゃないぞ!




 ガシュッ、と音を立てたその手の中ではステンレスマグカップがぺしゃんこになっていた。


社 優仁

おい

綾女 剛孟

…………スマン、弁償する

社 優仁

よろしい




 社の私物であった鉄くずはカランと机の上に落ちたが、「弁償」の一言に社はそれ以上文句を言わなかった。




 臨時会議から数日後。

 綾女からの呼び出しにより再び応接室に揃った三人だったが、向陽が入って早々今の騒ぎである。


向陽 眞桜

どうしたんですか? 先輩

綾女 剛孟

一人伸(の)せば今度は三人だ! いい加減にしろ!

社 優仁

昨日また闇討ちに遭ったんだってよ、会長さん

向陽 眞桜

あらら、それはまた……。でも撃退したんですよね?

綾女 剛孟

…………




 向陽の問いに固まる綾女。

 まさか彼が敗けるはずはないだろうし、そんな姿は想像出来ないぞ? と返事を待っていると、代わりに社が答えた。


社 優仁

手が滑ったんだとよ

向陽 眞桜

と、言いますと?

社 優仁

大腿骨折るたぁすんげぇよな~

向陽 眞桜

うわ~~~……




 流石の向陽も青ざめる。

 綾女自身もやりすぎたという意思がある為か、怒りと後悔とに挟まれているようだが、しかしいい加減警察沙汰にならないかと心配になるものだ。


向陽 眞桜

もし向こうから訴えてきたらどうします? 警察っていうとあたしもちょっと……手が出し辛いですけど、出来なくも……




 おずおずと言う向陽だったが、社は頬杖をついたまま携帯をいじっていた。

 誰かにメールを送っているようだが……相手はわからない。


社 優仁

とりあえずオマエはしばらく綾女の周辺監視だな。警察が動くような気配があったらすぐオレに連絡しろ。警察の方にもパイプはあっけど…………アイツとオレ、仲悪いし

向陽 眞桜

わかりました! では綾女先輩。……あー、カメラとマイク付けさせてもらってもいいですか?

綾女 剛孟

…………、あぁ




 余程心労が溜まっているのか、普段なら絶対に許さないことを受け入れ、震える手で上着を向陽に渡す。というか、投げた。

 失礼しますと断りを入れてから小型のカメラ二つとマイクを付けて、上着を返すと綾女はまた震えながらも覚悟を決めて上着を羽織る。


向陽 眞桜

では後程、先輩のお宅にもお邪魔しますが……失礼しますね

綾女 剛孟

それはまぁ構わん。アイツらもいることだし、一匹増えた所で……

社 優仁

アイツら?

向陽 眞桜

綾女先輩の家の家族構成は、両親とお姉さん一人なんです




 それを聞いた社は

社 優仁

へぇ~

 といやらしい笑みを浮かべたが、今の綾女にそちらへ向ける気力は残っていなかった。

 綾女は切り替えよう。と目をつぶり、目を開くといつもの調子に戻る。


綾女 剛孟

で、どうするんだ。もういっそのこと、こちらから潰しにかからないのか?

社 優仁

短気だねぇ……そう焦るなって。それに、もうオマエのとこには行かないだろ。いい加減人員がもったいねぇ

綾女 剛孟

じゃあこのまま飲み込めと?

社 優仁

オマエと白雲はな

向陽 眞桜

え! 白雲君と連絡着いたんですか!?




 向陽が驚くと、そういや言ってなかったっけ……と社は頭を掻く。


社 優仁

『怖いから、今は外に出れない』ってだけ、聞いた

向陽 眞桜

怖いから……

社 優仁

尾行が過激になったんじゃねぇか? アイツはそもそも生き物(ニンゲン)嫌いだしな




 しかしそれでも白雲の安否が確認出来た。

 ならば残すはいよいよ犯人探しとなる。白雲はしばらく出てこれないだろうし、綾女もこれ以上攻められればいよいよ人を殺しかねない。


社 優仁

向こうさんが頭いいんなら手は出さねぇよ……。出すとしたら、




 社は向陽の方をチラと見るが、彼女は綾女の周辺をどのように監視するかの計画を立てているらしく、社の視線には気付かない。


綾女 剛孟

社か、向陽か、……か

社 優仁

だろうな。ま、こればっかりは待ってる方が早いし、放っておこうぜ

綾女 剛孟

…………

綾女 剛孟

そんな心構えで大丈夫なのか?




 そう心配するのは綾女くらいで、社も向陽も呑気なものだ。

 この「裏風紀委員会」という組織の活動が世間へ露呈すれば、とんでもない騒ぎとなるだろう。

 そういう領域まで手を出してしまっていると綾女自身も自覚はあるし、向陽は初めからそうだ。白雲は微妙な所だが、彼の場合世話になるのは警察よりも精神病院だろう。

 そして何より、この社という男は恐らく……。

 行く所まで行ってしまっている。

 警察内部に知り合いはいるらしいが、あの口振りからするとフォローをしてくれるような関係とは言い難い……。


綾女 剛孟

本当に、大丈夫なのか……? いくらあいつに考えがあるとはいえ……




 自分がやったことが倫理や道徳、法を犯しているという自覚もある。

 だが、それをして後悔を感じたことは一時たりともない。

 だから尚更、自分と同種であろう社や向陽に情を傾けてしまっているのだ。




 しかしそんな綾女の気を知りもせず、社はカレンダーを眺めてこう呟いた。


社 優仁

お、来週にはもう文化祭じゃねえか……。オマエ等、ちゃんと楽しめよ

04.才色兼備、百合系ヤンデレ令嬢 試し読み終了










「裏風紀委員会」をここまでお読み頂き、本当に有難う御座いました。


元々この作品はただイベント用に書くだけだったのですが、イベントに小説本を出すのは初めてなことなので……。

せっかくなら普段から文字を読む方の目に触れる場所に出してみよう、という気持ちから公開に至り、
多くの閲覧数とお気に入りを頂けてとても嬉しかったです。


本にする事が一番の目的なので、2話以降は一部掲載となりスミマセン……。

書籍版の方はもう入稿が終わり、全302ページ(挿絵5点)と予想以上の厚さになりました;
文庫サイズです。



本文の公開はここまでとなり、実は丸々非公開となっている話があります。

5人目、「排他主義、二面性的人気教師」

は美華子が加入した後の、社に焦点を当てた話です。
社より向陽の方がよく出ますが……(笑)


本についてのお問い合わせを何件か頂きまして、
次の更新はイベント・本・他ノベルティについてのお知らせをストリエ機能を使って上げようと思います。

作品情報にも書いてありますが、
参加イベントは「COMITIA116」、スペースはV18aに頂きました。

また通販に関してもお問い合わせや要望を頂きました。
この件に関しては、ほぼ確実に当日売れ残ると思うので、在庫が発生し次第通販を行う予定です。
詳しくはツイッターやぴくしぶにて随時アナウンスをかけます(流石にストリエでやると主旨がそれるので……)。

詳しくは次回更新、4月17日分をご覧下さい。



題材が暗めな話でしたが、作者的には「コメディ」として書いています(キャラに関して)。
一つのエンタメとして、お楽しみ頂けましたら幸いでした。

ここまでお付き合い頂き有難う御座います。
何かありましたら、コメント機能を宜しくお願いします。お返事は必ずします。

これにて「裏風紀委員会」試し読み終了です。

2の方は何も考えていませんが、……まぁ機会があったら……?ですね;

次回イベント詳細更新予定:04月17日










04.才色兼備、百合系ヤンデレ令嬢(3)

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