春の暖かく心地よい風が、夕陽と共に窓から流れ込む今日この頃
外からは我が言ノ葉高校野球部の元気な声が響いていた
橘先輩、一目見たときから好きでした。僕と付き合って下さい！
春の暖かく心地よい風が、夕陽と共に窓から流れ込む今日この頃
外からは我が言ノ葉高校野球部の元気な声が響いていた
ごめんなさい。
そんなむさ苦しい声とは被ることなく、俺の片思いの相手、橘小雪姫（たちばな こゆき）さんの澄んだ声が耳の中に入って、何度も頭の中でリピートされていく
…………ですよね、気持ちを伝えられただけでも良かったです
……そう
話したことも、目を合わせたことすら無い、ただの一方的な片思い、ここまで結果が見えていた告白をそれでもしたくなったのは、心底惚れていた証拠だろう。
そりゃ俺の消失感ときたら半端なかった
ドーナツのようにぽっかりと空いた心の穴は、俺の淡い期待や、叶わぬ願い云々を漏れなく抜き取っていった。
それじゃ失礼します。ありがとうございました
先輩に軽く一礼して、俺は教室の後ろの扉から出ていった。本当は颯爽と机を避けながら出ていきたかったものだが、今の俺にそんな気力も無く、結果、何度も机にぶつかり、何度も机を直しながら、ノロノロとでていった
今日この日、俺“雨宮鳴海”（あまみやなるみ）の初恋はあっさりと終わりを告げた
はぁ……退屈だ……
事の発端は一ヶ月前の入学式の日だった
まだ高校生活が始まったばかりで、表しようのない空気が漂うクラス、同じ中学の奴も運悪くいないので、出席番号３番で窓際の俺は、登校する人の群れを窓から気怠そうに眺めていた
えっ
そんな中で唯一俺の目を釘つけにしたのは、言わずもがな、橘先輩だった。
その歩く姿、顔だち、ついでに言えばショートヘアーが良く似合う。とにかく、
…………………
一瞬で俺の心ごと持ってかれた。
これまで“可愛い”や“綺麗”と思うことはあっても“好き”と本気で思った事の無かった俺にとって橘先輩は、まさに砂漠に咲いた一輪の花だった。
それから一ヶ月、部活には入らなかったが、少しずつ高校生活にも慣れてきて、平凡な毎日を過ごすようになった俺が考えたのは、橘先輩への告白だった。
それで退屈な毎日を変えられるなら……
そんな淡い期待は当然と言うべきか、無惨にも今日散っていった
本当に何してんだろう……こういうのはもっと距離が近くなってからするもんだろうが、ましてや“雪の女王”相手に………
がむしゃらに現実逃避して、やってきたのは学校の屋上だった。そこで振り返ってみたものの、やはり告白すべきでは無かったと改めて後悔する。
雪の女王、それはこの学校での橘先輩の通り名みたいなものだ。人とあまり関わろうとしない、無口で無表情、気品溢れる美しさ、それにプラスで小雪姫という名前から雪の女王と呼ばれるようになったらしい
はぁ……本当に、何やってんだか
どうした、迷える少年よ！
っ！だ、誰ですか！？
不意に背後から声が聞こえ、驚きのあまり瞬時に振り返る
おぉ、すまんすまん。驚かせたかな？
……だれですか？
俺は改めて目の前の人の名前を乞う
何を隠そう、俺が言ノ葉高校三年の伊月真人（いづきまこと）だ！
いや、何も隠してないじゃないですか
何ですか？中二病気取りですか？
「名は体を表す」という言葉を知っているか少年？名前というものはその中身をよく表すという意味だが、名前は真人なのに、俺は絶対的に詭弁を愛している。つまりは真人という言葉の中には詭弁が隠れているというわけだ！
だから俺の自己紹介は間違ってない！
わけわからないです。
いや、詭弁？何故今それを？
そもそも、「何を隠そう」というのは秘密にしていた本当の事を言う前に述べる言葉であって……………だから伊月先輩の言う、名前に詭弁が隠れているというのは論点がすり替わってますよね？
なので伊月先輩の自己紹介は理論上間違っていると思います
…………………
？？
………………
あの～どうされました～？
………ふふっ
！？
何故か反論されて笑う伊月先輩に、今更ながら関わっちゃいけない人に関わってしまったんじゃないか、と後悔する
はははっ！まさか俺の詭弁が正論で打ち負かされるなんてな、一年ぶりだ！
何この人？ドＭなの？
君、名前は何と言う？
あ、雨宮鳴海です。
反射的に答えてしまった……
変な先輩に目を付けられた＋名前を覚えられてしまった
俺の高校生活詰んだかも
そうか…雨宮鳴海………よし！
何も良くないのだが、まぁ俺には関係ないし、
君は、我が詭弁部に入りたまえ！
…………はっ！？
奇しくも、これが俺の高校生活のスタートラインだった。
