気がつけば夕方になっていた。
どうやら眠っていたらしい。

優真はのっそりと起き上がり、大きく伸びる。

晩飯作らなきゃ

まだ頭がボーとする。
このまま二度寝したいところだが、空腹がそれを勝っている。

二階から一階に降りてキッチンへ。
昨日買っておいていたカレーの材料がある。
今晩の夜食はカレーだ。それも激辛だった。

しばらくして、マニアル通りの手捌きで作っていると、玄関から誰かの声が優真の名前を呼んだ。

千尋さん今日は早いな

ダッダッと走ってくる足音が響く。

いま帰ったぞー優真!

お帰りなさい

日下部千尋(くさかべちひろ)。
彼女はこの家に住んでいる優真の親代わりだ。

家族を失い、両親の友人だった彼女が優真の親として引き受けた。
数少ない親が残した形見とも言える。

んーいい香りがする! 今夜はカレーかね。苦しゅうないぞ!

喜んでもらえて良かったです。先に風呂入っちゃってください。臭いが染みつきますよ

おっとそれはいけない。女性たるもの日々女らしく淑女を守らなければならないのだ

そういって、慌てて風呂場へと向かった。

千尋の仕事は常に死体と隣り合わせであり、よく異臭が染みつく。
優真は彼女の仕事を何度か実際に手伝ったことはあるが、いまだにそれに抵抗を覚える。

だから、親として育ててくれていることに感謝はもちろん、限られた人材でしか熟せない仕事を真っ当にやり遂げる彼女に尊敬もしているのだった。

うん、上手そうだ

自分で作ったカレーが実に美味しそう。
我ながら上手く出来たと感心する。
初歩的な料理だけど。

そう言えば優真! 朗報を持ち帰ってきたぞ!

タイミング良く風呂から上がった千尋は、そんなことを言う。

朗報ですか?

カレーを乗せた皿と水の入ったコップをお盆から食卓に移しながら優真は訪ねた。

もしかして給料ですか。今日が確かそうでしたね

そうなのだ。お金持ちになったな優真! 一体何に使うのだ?

貯金しますよ。あるいは新しく家具を買うのも有りだと思います

げんなりと千尋はため息を吐いた。

それは年頃の男が言うセリフじゃない。
もっとあるだろう。友達と出かける時に使う資金だったり、彼女に奮発して高い宝石やカバン、時計なんて買ってあげたりなんかはどうだ?

そもそも彼女なんていませんけどね。まぁ、ボチボチ使います。とりあえず食べましょう。冷めるとあれなんで

うむ

互いにいただきますと手を合わせてカレーを一口。
激辛だけあって相当辛かった。
だからこそ美味しい。

話の続きをするが優真、よく聞け。金は働いた者が得る特権だ。それを何に使うかは自分の自由だが、使わなければ意味がない

全国民が貯金を始めた時のことを考えたまえ。金は回ることなく経済が狂ってしまうかもしれないぞ?

経済が狂ってしまうほどのお金なんて俺にはありませんよ

それもそうだ。少し大げさに言い過ぎたかもしれない

けどな、働いたお金は自分のものだ。だったらもっと自由に使うものだ。なにも全部を使えとは言わない。せめて羽を伸ばす程度には使ってもよいのではないか?

……分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます

うむ、そうしろ

納得いったようで、千尋はうんうんと頷く。
それはそうと優真は大事な話がることに気付いた。

食事中にすみません。実は千尋さんにお話しがあります

それは仕事の内容か?

はい

話したまえ

優真は今日起こった出来事を話した。
部活が無くなること、それを回避するために部員を集めなければならないこと。

このままでは仕事に支障する。
なんとかできないかと千尋にお願いするしか今の現状は方法がない。

優真、特務官とはなんだ?

社会には秘匿に存在している特別な機関がたくさんある。
その一部である特務官は、例えるなら工作員、あるいは暗部と同じ部類の役職だろう。

特務官とは、未成年者による非言動および奇怪な暴走を阻止、あるいは鎮圧を目的に存在する組織です

つまりは、学校内でのイジメや親による虐待などを受けている未成年の被害者を保護し、加害者に厳しい厳罰を与えることだ。

それが優真に課せられた仕事であり、故にタスケ部は利用しやすい部活だった。
ちなみに特務官は各教育機関に1人は存在している。

優真、特務官という生業はただの人では務まらないんだよ。暴力事件や法律関わる事件にも関わる。部活が廃部になるだ? 知るか。そんな難易度の低いことで躓くような奴に育てた覚えはないぞ

全くもってその通りだった。
正論過ぎてなにも言い返せない。

私に相談をするのは自由だ。なにせ私は優真の上司だからな。しかし、上司だからこそ迂闊に部下に答えを教える訳にはいかないのだ。

どんな企業でも、上司はなにより部下の成長を望んでいる。
だから見込みがある奴にはチャンスを与えるのだ。
そのチャンスをという試練を乗り越えて、自分に自信がつき、そうして成長する。

自分で考えたまえ、どうしたらいいのかを。それが優真の成長に影響するのなら、私は心を鬼にする

俺に出来るでしょうか?

やるんだよ。それとも仕事を放棄するのか。それでもいいんだぞ、人材は常に有り余っている

止めません。やらせていただきます

なら私はなにも言わない。安心したまえ。優真は軍更生アカデミーでの地獄の訓練で主席を勝ち取ったんだ。お前は天才だよ。やれば出来る奴なんだ

はい

この話は終わりにしよう。ところでゆうまー私はビールが飲みたいのだー!

はいはい、冷蔵庫の中でキャンキャンに冷えていますよ

ひゃほーい!

とても明るい笑顔だった。
その後、酒によって泥酔した千尋を部屋まで運ぶ。
子どものように無邪気な寝顔に優真は苦笑いするのだった。

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