ここはどこだろうか。
自分はなぜここにいるのだろうか。
分からない。分からない。
わたしは、ただ学校に行っていただけなのに。
どうして、こんなところに縛られて監禁されているのだろう。

よくわからないけど……まずいみたい。
どうしよう……。

この日も、彼女は学校に来ていた。
とは言っても、授業はサボって、倉庫で友人達と一緒に昼寝をしているような不良だったが。
彼女は花園羽美(はなぞのうみ)という。
ちょっと外見が変わった高校生。

羽美

ねえ、みんなー
次の授業なんだけどさー
斎藤のハゲが来るらしいけど、出るー?

マットで上で寝っ転がってゲームをしている少女たち。
それぞれが適当に返事をする。

羽美が出るなら出るよ

もうそんな時間?
私はパスするわ

羽美

うーーっす
わたしも出ないよクー

仲良し三人組の女の子たち。
花園羽美、氷室空(ひむろくう)、大江陸(おおえむつみ)。
仲良し三人組はゲーム大会をしていた。

羽美

然し、暇だね

ひまだねー

何か面白いことないかしらね

三人は、ゲームをクリアして揃いも揃ってそんなことを言っていた。

羽美

クーにリク、帰りに駅前のゲーセン寄ってこうよ
新作の筐体入ってるんだって

羽美は仲良し二人を渾名で呼ぶ。
付き合いの長い二人は、それぞれ了承。

うん、いいよ
羽美が行くなら空もいくよ

えぇ、いいわよ
本屋も寄って行きたいんだけど、いいかしら

羽美

ん、了解

何か面白いこと起きないかな、なんて軽口を言いながら、放課後遊んで帰ろうと言っていた、平凡な日常。
何処にでもあるハズの風景が。
まさか、こんなことになるなんて……。

羽美

思い出せ、わたし……
何故ここにいるかという疑問を解決するためにも

混乱する頭を落ち着かせて、深呼吸。
ゆっくりと、記憶をたどる。

確か、あのあと授業を適当にこなして、放課後駅前のゲーセンで遊んで、本屋で立ち読みして、二人と帰路についている。
……そこからの記憶が曖昧だ。
全然思い出せない。
誰かに、後ろから何かを口元に押し当てられて、急速に眠気に襲われた気がする。

羽美

誘拐かな……

現状を確認。
恐らく自分は誘拐されているのだろう。
目的は現時点不明。
現在後ろに両腕を縛られている。
足は問題ない。
立てるので、器用にもがいて立ち上がる。
首だけ回して確認すると、恐らくこれは荒縄。
太く、粗雑な縄だ。刃物が無ければ切れそうにない。

周囲を確認。
いらないものを適当に放り込んだプレハブのような室内。
使えそうなものを探すが、見当たらない。
窓らしきものもないし、制服のスカートの中に入れておいたスマホなどの情報端末は当然見当たらない。
薄暗い裸電球だけが、室内を照らしている。
ここじゃあ時刻も分からない。

頑張ってドアノブを握ってまわそうとしたが、案の定開かない。当然か。

羽美

やりたくないけど……仕方ない

急務なのは、両手の自由の確保。
彼女は上着ポケットの中にある感触を感じて、それは奪われていないことに安堵した。
床に座ると、埃塗れになりながら転がる。
反動で、ポケットからそれが落ちるのを拾う。

羽美

こいつだけは奪われてなくてよかった……

彼女が持っていたのはシンプルな銀のオイルライターだった。
慣れた指さばきで蓋を開けて、点火。
縛っていたのが縄でよかった。
我慢すれば、きっと何とかなる。

羽美

…………

なるべく身体から離してはいるけれど、熱を感じる。
燃え広がる前に、縄をオイルライターで焼き切ることにしたのだ。
どの道イチかバチかの賭け。
失敗すれば火だるまになってくたばるだろう。

羽美

……とれた!

うまいこと、縄の一部分を焼き切ることに成功。
既に燃え広がりつつある縄を振りほどいて、床に落とすやスニーカーで踏み消す。
溶けちゃうかもしれないけど、こうしないと火事になってしまう。

羽美

やれやれ……面倒なことになった

独り言を言う癖がある羽美。
室内を何度も往復しながら、自分で制服を改造して作った隠しポケットの中にあったブツを取り出す。

羽美

一服しながら考えるか……

彼女が取り出したのは、何とタバコ。
未成年の少女が、タバコを吸っているのだ。
無論いけないことであり、バレれば大事だ。
とはいっても彼女の通う学園に入って二年程経つが、未だにバレたことは一度もない。
何せ、共犯者が何人もいるのだ。

羽美

さて……

適当にあった道具に寄りかかり、大きくゆっくりと吸い込み、味を楽しみながら銜えて腕を組み考える。
くわえ煙草をしていると名案が閃きそうな気がする。
彼女が吸っているのは安さがウリの超ロングセラーで大人気のタバコだ。
但し中毒を起こす成分は普通のタバコの数倍である。
しかも雑味も多くて、好みが分かれるらしい。
羽美は好きだが。

羽美

気にしないでタバコ吸えるのは嬉しいけど……
ここから先、どうするかな

脱出は現実的ではない。っていうか、でられない。
使えそうな道具もなければ、知恵もない。
いっそ燃やすかと思ったが、そんなことすれば自分が焦げた肉になるだけだ。
脳内で某ゲーム風に真っ黒に焼けました、とファンファーレが鳴り響く。

羽美

待つか……

誘拐されたのなら、何かしたの動きが必ずあるはずだ。
取り敢えず言うこと聞いていれば死にはしないと思う。
こういう時はおとなしくしておくのが吉。

羽美

あー……暇だな……

携帯用の灰皿も残っていたのでそこにタバコを押し付けて消して、もう一本吸い始める羽美。
タバコをふかしながら、時間を潰すことにした。

動きがあったのは、ボーっと過ごしていた頃。
どんどんどん! と金属の扉が叩かれる。
そして分厚いのかよく聞こえないが、人の叫び声らしきものも聞こえる。

何だろう、と眺めていた羽美。
特にアクションを起こすこともなくぼぅっと眺める。
すると、今度は大きなものがぶつかるような音がする。

そして。

裂帛の声が、ハッキリと羽美にも聞こえた。
女の子の声で、明らかイメージとは違うモノだった。
部品の断末魔が聞こえた。
扉は外部から破壊されて、室内に倒れ込む。

羽美、大丈夫ッ!?

そこに立っていたのは、空だった。
大きな工具を持って、彼女は中に飛び込んでくる。

羽美

あ、クー
無事だったんだね?

空が見たのは割と平然としていて喫煙している羽美。
何時も通り笑いながら、紫煙を吐き出す。
彼女を見つけて、ホッとする空。

よかった……
閉じ込められていただけなんだね?

羽美

まぁね
特に問題はないよ
見てのとおり余裕でタバコふかしてるし

最後の一本を吸い終えた彼女は、身体を離すと、恐らくは助けに来たのだろう友人に近寄る。

羽美

リクは?

大丈夫だよ、リクも無事

誘拐時、同じ場所にいた友人も無事だと知らされる。
空に導かれ、彼女は閉じ込められていた室内から脱出した。

羽美

学校……?

うん……
変な学校に連れてこられたみたいなの

出た先は、夕暮れどきの学校の廊下に似た場所。
空が羽美を連れ出した廊下。
待っているかのように数名の男女が立っている。
空はそのなかの誰かを手招きした。

奈々さん、羽美を見つけたよ

女性の名前だろうか。
彼女が呼ぶと、一人の女生徒が制服姿で近づいてくる。

奈々

ちゃんと見つけられたみたいだね
うんうん
後輩君が優秀で先輩は嬉しいよ

彼女は笑いながら、空を褒めた。
そして、首を傾げる羽美に名乗る。

奈々

キミとは初めまして、かな
私とは、面識はないよね?
見たら覚えているはずだし
君は目立つ瞳をしているね

奈々

私は志田奈々
君たちの学園の一つ上になる
好きなように呼んでね

陽気にウインクして名乗る志田奈々という女子生徒。
同じ学園の三年生だという。
こんな奴、いたかなと思い出す羽美。
その前に奈々が異変に気付く。

奈々

……確か、花園さんだっけ?
タバコ臭いよキミ

羽美

それが何か?

奈々

細かいことは言わないけど、人前で吸うのはやめてねー
分煙が昨今の主流だよ?

羽美

了解です、先輩

この人は話のわかる先輩らしい。
目配せする空の意味を理解する。
やめろとか、いけないことだとか、一切言わないで、分煙だけはしておけに止めていくのは、理解をしているからか。

奈々

ってか、私にも一本くれない?
口が寂しいんだよね、ガムじゃ

むしろ欲しがっていた。同類だったのか。
投げて渡すと、銘柄を見て奈々は目を丸くする。

奈々

おぉ……三級品だこれ……
花園さん、通だね

羽美

それ程でも

ライターも貸して、二人して一服しながら空を混じえて現状の状態を聞く。
空は因みにマスク装備で、粉塵などを吸い込まないようにしている。
分煙はどうした。

奈々

現状よくわかってないでしょ?
私もさっぱりだけど、誘拐じゃないかな
同じ学園の生徒だけをさらってきて、なんかさせてるってのを報告上がってきてるから
まさか自分が巻き込まれるとは思わなかったけど

奈々

一筋縄ではいかないのは確かだね
二人とも、騒いでも逃げるのは無理だから諦めて
完全に隔離されている場所に放り込まれているみたいだし

羽美

マジですか……

羽美が逃げられない現状に項垂れると、奈々はクスクス笑った。

奈々

なるようにしかならないよ
世の中、甘くはないからね
適当に頑張ろう

奈々は現在、誘拐されている生徒を回収するために動き回っているらしい。
理由は、そういう風に指示されているから。
連れ去りを行なった連中が、端末を通じて連絡をよこしている。
奈々は羽美の分の端末を手渡して、彼女は二人にも付き合うことに言う。
連中からの言いつけだと言われて、二人は従うするほかない。

何がなんだかわからない。
それでも、いくしかない。
羽美のゲームがこうして、幕を開ける。

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