俺の本当のお婆ちゃんは、叔父が高校入試間際に亡くなったそうだ。詳しくは知らないが、病気だったと思う。それからしばらく経ち、今のお婆ちゃんとお爺ちゃんが結婚した。

 俺の親父含めて四人の兄弟がいたんだが、年齢が年齢なだけに今のお婆ちゃんとはうまくいかなかったそうだ。

 確かに、お婆ちゃんと叔父は一緒の家で暮らしていた。だけど、二人の間には、笑顔一つ見たことがない。口喧嘩をしているのを聞いたことはあるが、俺から見てもそんなに仲が良く見えなかった。

今回のことはあまり気にするな……

思ったんですけど……お婆ちゃん……可哀想ですよね……

 お婆ちゃんはいつも一人だった。叔父と暮らしてるとはいえ、部屋は別々。話す相手はいない。完全に孤独だったと思う。幼い時の俺は、よくお婆ちゃんの部屋に遊びに行っていたが、成長した俺は部活や学校が忙しいという理由で行かなくなった。

 めんどくさかったという思いが強いかもしれない。ただ話すネタがないから行くこともないだろうと思っていた。

いつも一人でニコニコ笑って、辛いことは口に出さないで、全部抱え込んで……。皆には嘘ばかり吐いてたけど、どれも俺を立派に見せるための物で……

そうだな……

 もう自分でも何言ってるか分からなかった。ただ押し寄せてくる気持ちがいっぱいになって涙が溢れて止まらない。

 それから色々と話したが、あまり覚えていない。ただ一言だけ覚えている……。

お婆ちゃんに……恩返ししたかった……

 叔父は黙って聞いていた。

 次の日、結構大きなホールを借りて、通夜が行われた。会場には叔父達や従兄弟の姿もあり、皆その表情は暗い。他にも、お婆ちゃんにお世話になっていた人たちがたくさん来て、お婆ちゃんの死を悼んだ。

 通夜が終わると、皆が棺桶に入っているお婆ちゃんの顔を一目見て帰っていく。皆が帰ったあと、俺や親戚の皆でお婆ちゃんの顔を見た。

 こう言うのもあれだが、綺麗な死に顔だった。本当に寝ているように見える。

 それが終わると、俺と弟はもう片方のお婆ちゃんとお爺ちゃんに家に連れて行ってもらった。途中、お婆ちゃんに食べに連れて行ってもらったことを思い出した。

今日はどれにする? 何でも頼んで良いよ

 俺と弟の二人でとても高いステーキを頼んだが、お婆ちゃんはそれでもニコニコしていた。

良いよ。遠慮しないで他にも食べたいのがあったら言っていって

 毎度笑っているお婆ちゃんはいつものようにこう言う。

陸人君と連君はお婆ちゃんの宝物だもん!

 車の中でそんなことを思い出してしまい、引っ込んだはずの涙が再び溢れる。唇を噛みしめ、必死にお婆ちゃんの姿を消そうとするができない。

 今まで一緒に暮らしてきた分、その思い出がより強く頭に残っている。両親がよく仕事でいないくなる日が多く、幼い時はほとんどお婆ちゃんの部屋に入り浸っていた。

 その時は部屋で飼っていた犬もいてとても楽しかった。特に、その犬を連れてどこかに出かけることが好きだった。

 だけど、俺が小学六年の時にその犬が死んだ。犬が死んだあと、お婆ちゃんに声を掛けた。だけど、その時でもお婆ちゃんはニコニコしていた。

死んじゃったけど、またお婆ちゃんの所に来てくれると嬉しいな

 うん、そう頷いた俺だったがそれをきっかけに部屋にあまり行かなくなってしまった。

 翌日、葬式が始まった。朝早くから皆が集まり、棺桶をジッと眺めている。色々な気持ちが複雑に絡み合いながら、いよいよ葬式も終盤へと向かった。

 お婆ちゃんの棺桶に蓋がされる前に皆が、お婆ちゃんの顔を目に焼き付ける。一人ずつ花を棺桶に入れていき、別れを惜しむ。

 俺も花を棺桶に入れ、その顔を見る。安らかに眠っているその顔に、俺は手を伸ばす。確認したかったのが純粋な答えだろう。お婆ちゃんの温度を……。

…………

 お婆ちゃんの頬を軽く触ってみると、確かに生気は感じられなかった。感触こそは柔らかいが、伝わってくる温度は冷ややかだった。例を挙げるなら、冷え性の人の手や足と変わらない位の温度。

 皆が別れを済ませると、棺桶の蓋が閉まる。鍵も掛けられ、棺桶の蓋の小窓も閉じられる。

 そして、俺達は棺桶を持ち上げ、火葬場まで持っていく。

 棺桶を火葬場に持っていくと、ホールの従業員の人が火葬炉の扉を開ける。人が一人、寝転べるほどの広さだ。その中に、棺桶を入れ、扉を閉める。

 数分待ったところで、棺桶は取り出された。見る限りもなく真っ黒で、その中に白いものが幾つも残っていた。

 たぶんこれが骨だ。従業員の人は棺桶だったものをストレッチャーみたいなものに乗せ、俺達遺族を連れて別室に向かう。

 ここで遺骨を骨壺に入れていく作業に入った。一つ一つ骨を入れていく時、どこの部位の骨か伝えられる。聞くだけでゾッとしたし、身内が骨になった所を見て複雑に思った。

 もし、過去を変えられるならあの時のバカな行いを変えて、もう少しお婆ちゃんとの時間を増やしたい。

 骨壺は大体入ると蓋がされ、それを誰かが持つことになっている。持つことになったのは叔父で、自分から持ち出した。負い目を感じたのかもしれない。

 こうして葬式は終わった。何もかも失った気分で、しばらく何もする気が起きなかった。

 しばらく日にちが経ち、俺が社会人になった頃。お婆ちゃんの部屋を掃除することになり、俺もその作業に加わった。全然使われなかっただけあって汚れやほこりも多く、苦戦はしたが何とかこなした。

 粗方掃除は終了し、後は物を移動させるだけの作業になった時、ふと仏壇へと視線が向かった。そこにあるのは前にみたお婆ちゃんの写真。だけど、少し変だった。

 俺はその写真を手に取り、同じく掃除をしている母に尋ねた。

お母さん……お婆ちゃんって……こんな顔してたっけ?

 俺は手に持っている写真を母に見せて、言った。

そうよ、どうしたの? 急に……

いや、別に……

 仏壇に戻される写真。そこに写ってるのはニコニコとこちらを向いてる顔じゃなく、苦しくて声も上げられない程にやつれた顔のお婆ちゃんだった。

死んじゃったの?

facebook twitter
pagetop