雑念の沙鳥さん

チーズバーガーとコーラで

日曜の午後。
僕はファーストフード店にいた。
今日は友人の宇佐美と映画を見る約束をしている。
ここはショッピングモールにある映画館の、
すぐ下にある店だ。

待ち合わせの時間までは、あと１０分。
宇佐美はまだ来ていないので、
先に店内に入って注文することにした。

コーラを飲みながら、
僕は今日見る映画のことを考えていた。

ハリウッド製アクション映画
『スパイラルス』の最新作。
人気シリーズの続編で、七年ぶりの新作だ。　

宇佐美は、女児向けアニメ映画
『魔導少女ミスティ・ブリリアント４～ウィッチルネサンス』を見たい、
と主張していたんだけど、
僕が抵抗して、こっちに決まった。

なぜなら、まず「ミスブリ」は、
一般的な男子中学生が２人で見るものではない。

さらに。
僕は「スパイラルス」シリーズのファンなのだ。

登場人物は、
みんなバラバラの職業についているのだが、
それぞれが個性的な特殊能力を持っており、
実は正義の組織に属している。

そして、力を悪用する組織と、
戦いが繰り広げる内容だ。

前情報によると、
正義の組織に属している仲間の一人が、
悪の組織側に寝返ってしまう、
という展開があるらしい。
だが、それが誰で、
どういった経緯なのかは明かされていない。
今回の一番の見所だ。

ハンバーガーのセットを受け取って、席に移動しながら、僕は考えた。

いったい誰が裏切るのか。

主人公の教師の男は違うだろう。
相棒のような存在のパイロットが裏切ったら衝撃だ。
ヒロインの女弁護士は、前作で怪しい動きを見せていたけど、あれはフェイクかな。
意表をついて、組織のボスで政治家秘書のあいつかも……。

思いをめぐらせながら席につくと、
僕の頭の中に突然、女子の声が聞えてきた。

ええっ！　主人公以外全員裏切り者だったんですか！

ブハッ！

あまりの衝撃に、僕は飲んでいたコーラでむせた。

なんで……。
なんであいつの……。沙鳥の声がするんだ……？

僕と、僕のクラスメイトの女子、
沙鳥蔦羽は、
「テレパス」と呼ばれる超能力者だ。

そして、沙鳥は普段、
テレパシーで授業の邪魔をし続ける。
僕の成績に下降線を辿らせている犯人だ。

休日は、
沙鳥から解放される至福の時間。

全力で休日を満喫するために映画を見に来たのに。
なぜ、沙鳥の心の声がするんだ……？

しかもボスの正体は異世界人だったんですね。驚きです

そして、
なぜこれから見る映画のネタバレをする。

考えられる可能性は一つ。

この店は、映画館のすぐ下にある。
今の時間は僕が見ようとしている回の、
前の回の上映が行われている。

つまり沙鳥は今、
上の映画館で映画を見ている真っ最中なのだ。

なるほど。それが主人公の腕にあるアザの理由だったんですね……

言うなよ、沙鳥……。
絶対、言うなよ。
アザの理由、絶対言うなよ！

ボスが本当のお父さんだったんですね！

あーあ！　言っちゃった！

つまり、主人公にも異世界人の血が半分流れていると！

わー、わー、わー。聞こえない聞こえない。
と、耳をふさいでもテレパシーはふせげない。

だから、悪の組織の持つ『非実在実体安定装置』を……

初めて聞く単語が出てきた。
きっと今回出てきた新しい要素。

あれを破壊してしまうと、主人公の存在も消えてしまうというわけですね！

大事っぽいことバラすなよ！

僕は味のしないコーラをストローですすりながら、
たまらず沙鳥に抗議の念を出した。

……すみません。沙鳥さん

え？　あれ？　え？

突然、僕の声が聞こえて、
沙鳥は動揺しているようだった。

芯条ですけど

あ。なんだ芯条くんですか。ぽっくりさせないでくださいよ

沙鳥が死んだ。

びっくりな

どちらにいるんです？

映画館の下の店

私はその横の上の横の映画館です

なんで一回横にずれた

芯条くん。ごめんなさい。今、映画見てるんで

できれば邪魔しないでもらいたいんですが

まさか、
沙鳥に邪魔するなと言われるとは思わなかった。

しかし、これだけは言わなければ。

沙鳥。僕も次の回にその映画見るんだよ

だから、できれば、あんまりネタバレするような念は――

え、なんですか

すみません。今、主人公が撃たれたとこで、ちゃんと聞こえませんでした

だから、ネタバレになるから――

ああっ。パイロットさんが撃った犯人！　……で、なんです？

いや、だから――

ああ、でも弁護士さんがかばってました！

だめだ。沙鳥が止まらない。

僕は映画を見る前に、
レビューが書けるくらいの内容を知ってしまいそうだ。

沙鳥め。
普段あれだけ授業中関係ないことを考えてるくせに。
なぜ、映画はきちんと見るんだ。

なるほど。大統領は向こうサイドだったわけですか

この集中力を授業中に発揮してくれ。

時間を考えると、もう最後の方のシーンだろう。
クライマックスまでバラされたら、
たまったものじゃない。

よし。
こうなりゃ普段の仕返しだ。

テレパシーで沙鳥の邪魔をしてやる。

沙鳥さん。沙鳥さん

おっと、いよいよ古代遺跡で最後の対決ですね。なんですか、芯条くん

沙鳥さん。僕、今、ハンバーガーを、そのー、食べようと思うんだけど

あのー、食べたら

……えーっと

ど……。どんな味がする、かなあ……

だめだ。
なんだ、この質問は。
いくらなんでも意味がなさすぎる。

沙鳥みたく、どうでもいいながらも、
何か気になる話題がとっさにひねりだせない。
意外と才能がいるのか。

おいしいんじゃないですか

あっ、ボスがついに、ずっと抜かなかった背中の剣を抜いちゃいましたね

ど……。どんなふうにおいしいの？

何バーガーですか？

ええっ、概念そのものを切り取る剣！　そんなものが！

チーズバーガー

では、チーズはとろっとして、お肉はジューシーです

大変っ！　このままでは、主人公の負けです！

沙鳥め。
なんて器用なんだ。

僕のどうでもいい話に付き合いながら、
映画もきちんと見ていやがる……。

ああっ。人々の記憶から、主人公の存在が消えてしまいます

私も映画終わったら、食べたいですね

セットでいくらですか？

むしろ積極的に話しかけてくる余裕すらあった。

僕はジューシーなチーズバーガーを食べながら、
沙鳥のネタバレ実況を聞く羽目になった。

皮肉なものですね。人間ではない証であるあのアザが第六実体『マザー』を呼び起こし、人類を勝利に導くなんて

もう、新規の用語が多くてよくわからない。
ともかく戦いは主人公がトンデモ設定を発揮して、
戦いに勝利したらしい。

良かった……。氷に覆われてしまった地球は元に戻りました

あとは、ラストシーンのみってとこだ。

最後の抵抗をしよう。
沙鳥のテレパシーからシンプルに逃れる方法。

それは、この場から離れること。

テレパシーには可聴範囲のようなものがある。
話者のいる方向の特定はできないものの、
範囲の外にさえ出てしまえば関係ない。

さっき、
席に着くまで沙鳥のテレパシーは聞こえなかった。

レジのあたりまで退避……。
いや、そんなところにとどまっていたら変だ。

店外まで出てしまおう。
幸い、メニューは完食済みだ。