初めまして。というのも変ですよね。ずっとお会いしてきたのですから。でも私からすれば、言葉を交わすのは初めてなので。だから。

初めまして。

きっと驚いてらっしゃるだろうなと思います。

この手紙が読まれる頃には、すでにあなたは死んだ私を目の当たりにしているに違いないのですから。

でも安心して下さい。泣いたり怒ったりしないで下さい。

私があなたのいるこの部屋で自殺したのは、決してあなたを窮地に追いやろうだなんてためではありません。

決して、私があなたのいるこの部屋で首を吊ることで、あなたの手から逃れようと、あなたの行動を世間に告発しようと、そういったことを考えたのではありません。

むしろあなたへの贈り物として、あなたのためを思って、私は首を吊りました。

おそらくご混乱を招くことになってしまったのではないでしょうか。詳しく説明します。

あなたと出会う少し前の話です。

あなたがいらっしゃる少し前。私はある人に恋をして、でもその人にはその気がなくて、その結果、色々なものが上手くいかなくなりました。

細々と書くことは控えますが、恐らくぜんぶ私が悪かったのだと思います。好きになりすぎたのだと。

それ以来私は居場所をなくして、授業の他に外へ出ることもなくなって、自室に篭っていました。

驚きました。本当に私には何もなかったんだなって。色んな物を、居場所をなくしただけで、私はもうどうしたらいいのか、何をしたらいいのかわからなくて、途方に暮れるのです。

そんな女に誰かが興味を持つはずもない。そんな私が必要とされることはない。そんな思いが喉の奥に少しずつ溜まっていきました。

そんな頃、あなたが来てくれたのです。

最初はもちろん気付きませんでしたよ?

あなたはまるで煙のように跡を残さなかったから。けれど、私は少しおかしいから。

私はあらゆるものにあらゆる約束を持っています。こだわりと言ったほうがいいかもしれませんね。例えば、水道の蛇口を締めるとき、いつも少しだけ緩めておくし、カーテンは絶対に隙間なく閉めます。玄関のドアノブは、そのままにしてると少し下がってしまうので、閉めたあと持ち上げて直すようにしています。

そんな小さな約束がいくつも破られていました。たぶんあなたが初めて私の部屋に来た日です。

そんな細かな不自然に気付いた私は、今考えても恥ずかしいのですが、彼が来たのだと思いました。そう。少し前に失恋した相手です。

彼には私の部屋の合鍵を渡していました。送り返されたけど、こっそり複製して持っていたのかもしれない。それで私を心配して見に来てくれたのかもしれない。

そんなことあるはずないと思いつつも、期待が捨てられなくて、どうしても確かめたくなりました。

先に謝っておきます、実はそれからしばらくして、私はこの部屋にカメラを仕掛けました。

毎日ドキドキしながらその中身を確認しました。毎日が興奮で彩られた日々でした。

そしてとうとう、私のカメラは部屋に誰かが侵入する姿を写しました。それは彼ではなく、あなたでした。

私は唖然としました。だって、そこに映るあなたは見たこともない、誰でもない男の人だったから。

それでも唖然としながら、あなたの所作を一部始終見守りました。あなたは私に乱暴をするでも、不快なことをするでもなく、ただ話しかけて帰って行きました。ただそれだけでした。

きっと本当ならここで警察にでも連絡するところなのでしょうけれど、私はあんまりといえばあんまりな展開にどうすることも思いつきませんでした。というより、正直に言いましょう。

あなたがどうしてそんなことをするのか気になって仕方なくなりました。だから、そのまま私はカメラを置き続け、あなたを盗撮し続けました。ごめんなさい。

それでもわかってほしいのは、私があなたのことを知っていると教えなかったのも、ただあなたが二度と私の部屋に来なくなるのを怖がったためで、あなたを騙そうと思ったわけではないということです。

だからこそ、初めは不気味だと思っていたカメラ越しのあなたに、私は親しみを覚え始めました。

自分が誰かに必要とされているということが何よりも嬉しかったのです。たとえその方法が普通でないとしても、あなたにはきっとあなたなりの理由があったのでしょう?だから。だから。

私はあなたの語りかけてくれる言葉を聞いていました。あなたはたぶん私が聞いているとは知らずに語りかけたのでしょうけど、でも、ぜんぶきちんと録画して、一言も漏らさずに聞いていました。受け止めていました。そして私は勝手にあなたを支えているつもりになって。

でもごめんなさい。

私はこれ以上生き続けることができそうにありません。もちろんあなたのせいじゃありません。きっと誰のせいでもないんです。ただ私が弱かっただけで。私が誰にもなれなかっただけで。

でももし迷惑じゃなかったら。

私をもらってくれませんか?

そのために今度あなたが来た時は薬で眠ったふりをして、あなたが隣に座ってもそれをやめないで、あなたが席を立った隙に(ココアの粉に薬を混ぜました。ごめんなさい。あとココアの粉は処分していただけるとありがたいです)自殺をしようと思います。

私は死んでしまうけど、これからも隣に置いて語りかけてくれますか。必要としてくれませんか。それだけできっと私は救われる。

でも仮にあなたにとって私が邪魔なら、この手紙と一緒に遺書も用意しています。あなたのことについて一切触れていない遺書です。

この手紙を処分して、遺書だけ私と一緒に残してくれれば、きっと誰もあなたのことを疑う人はいなくて、私はただの自殺として片付けられると思います。

でもやっぱり私はあなたのそばに置いてほしい。あなたに必要とされたい。勝手なことを言っているし勝手なことをしたのはわかっていますけれど、どうか私のお願いを叶えて下さい。

最後に。もしあなたが私を捨てるとしても、これだけは言わせて。

今までありがとう。

嬉しかった。

僕は手紙を閉じ、彼女を見る。眠るように死んでいた。あ

ふれるような幸せに堪え切れないかのように口元が緩む。捨てる?とんでもない。そう思った。

彼女の隣に肩を寄せて、座る。

ありがとう

僕はそうつぶやいて、目を閉じて、彼女の手を握った。初めて握る小さな冷たい手。きっとずっとこれからも僕のそばにあり続ける手。

微かに彼女が握り返してくれた気がした。

そんなはずもないのに。

『それでも空から少女は降ってこなかった』

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